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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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53.子爵令嬢は主席と次席を迎える(4/16)

 今日は朝から館の中が慌ただしい雰囲気に包まれている。……正しくは、昨日からだけれど。

 明日で二人が帰って来てから十日。王都に戻る日数を考えると、そろそろ王都からの迎えが来てもおかしくないはず。

 馬車で戻ることになるとすると、王都まで十日。来月からの就任のはずだから、二十日までには出発することになる。

 迎えには護衛もついてくるはずよね。到着したら一晩体を休めていただいてから、翌日朝に出発になるはず。十日も旅してきた馬たちにも休みは必要だし、場合によってはわが家の馬と交換することになるかもしれないわね。

 その辺りはきっと、父上が手配済みだろうとは思うのだけれど。


 そんなこんなで、いつお迎えが来てもいいようにと今日、卒業祝いにささやかなガーデンパーティを開くことにした。

 本格的な夜会もできるように作られた春の館は、ちょうど花のシーズンを迎えていて、今日使う中庭には色とりどりの花が咲いている。

 主役二人は男の子だけれど、花を嫌う人はいないわよね。

 わたしも水色の柔らかなドレスに身を包んで春の館に移動する。

 ここって実は庭がとんでもなく広いの。

 もし何か起これば、領民がすべて避難できるように、そして有事の際に受け入れることになる王都からの兵士を収容できるように作られている。

 だから、この広い庭には、複数の館が作られている。

 本館のほかに、春の館、月の館、夏の館、北の館とある。北の館は今では倉庫代わりになってしまっているけれど、どれも季節に合わせて作られているのよね。夏の館は青々と生い茂る森を、月の館は秋の美しい月を、北の館は冬の雪景色を楽しむの。

 それぞれの館の間は結構離れているから、移動には馬車や馬を使う。厨房もあるから、今日使う食材はもう春の館に運び込み済みのはず。朝食の手配が終わったあとは、厨房スタッフも移動済み。

 わたしも馬車で移動をする。もちろんセリアも一緒に。今日はわたしがホストなのよね。


「お嬢様、お茶会のホストなんて久しぶりですね」


 向かいに座るセリアはにっこりと微笑んだ。


「そうね」


 王宮にいた時は、公務として月に数度、ホストを務めたものね。時には王妃様がいらっしゃったり、フェリス様がいらっしゃったり。

 もちろん……楽しいお茶会ばかりではないけれど。

 お茶や茶菓子の手配、飾る花やテーブルセッティングもお客様に合わせてわたしが選び、指図する。

 今日のお客様はカレルとセレシュ。二人のためのお茶会。


「そういえば、お祝いは何か決められたのですか?」

「それが……」


 わたしは顔を曇らせる。


「わたしがもう少し器用なら、間に合ったんだけど……」

「お嬢様の刺繍の腕なら十分だと思いますけれど……」


 時間のある時はずっと刺繍枠を手にしているのを知っていたセリアは首を傾げた。

 そりゃあ、何しろ特訓しましたもの。公務で行く救貧院や孤児院には、王妃様や貴族の夫人や令嬢の刺した刺繍やぬいぐるみを持っていくことが伝統になっていて、できないでは済まされなかったのですよね……。


「……まさかセレシュまで一緒に来るなんて思ってなかったのよね」


 実は、カレルの分だけはできたのよ。わが家の紋章の入った真っ白なアスコットタイ。でも、カレルだけに渡すわけにはいかないものね。

 それに、もうじきフェリスの誕生日。……あのブローチのお礼に、彼女にも紋章入りのハンカチを贈ろう。


「お祝いはあとで贈ることにするわ」

「そうですか。喜ばれると思いますよ」


 馬車がゆっくり止まる。扉を開けると、花の香りがふわりと風に乗って漂ってきた。春の館に入るのも何年ぶりだろう。


「では、お嬢様は庭の方へどうぞ。わたしは厨房の様子を見てまいります」

「わかったわ。カレルたちが来たら庭の方へ案内してね」

「かしこまりました」


 館に向かうセリアを見送って、わたしは庭へ続く木戸を開けた。


 ◇◇◇◇


 館の方から弟の声が聞こえる。わたしはガーデンチェアから立ち上がると、二人を迎えた。


「いらっしゃい、カレル、セレシュ」

「ユーマ姉様! お招きありがとうございます」


 二人は、いつもの動きやすい服ではなく、紺色の騎士服に身を包んでいる。髪の毛もきれいに梳り、まとめてある。

 騎士服の胸元には、小さな花を模したブローチが止めてあった。

 セレシュのブローチは金、カレルのは銀色だ。これが首席・次席に与えられるものなのだろう。

 このままで夜会に行ける格好だ。思わず見惚れてしまう。

 二人を席まで案内する。萌えはじめた春の草花が太陽の柔らかな日差しを受けて輝いて見える。

 セリアがワゴンを押してきた。セリアに礼を言うと、わたしは茶葉のセッティングを始める。


「えっ、姉様が手ずから入れてくれるんですか?」

「ええ、今日はわたしがホストですからね」


 ポットにお湯を注いでティーコゼをかぶせる。暖かい室内ならいらないだろうけど、外だと少し冷たい風が吹くから、念のためね。

 葉が開くのを待つ間に、茶菓子をセットする。今日は料理長の作ってくれたロールケーキ。クリームの中に刻んだフルーツが入っていて、とても美味しいのよね。わたしの大好物。


「これ、姉様の手作りですか?」

「いいえ、料理長の自信作よ」


 手作り、と言われてポットを持つ手が少し揺れる。幸いカップからこぼれることはなかったけれど、動揺は隠せなかった。

 カップをそれぞれの前に置いて、わたしも自分の席に戻る。


「どうぞ、召し上がれ」


 ふわりと風が吹き、紅茶のいい匂いが広がる。


「改めて、卒業おめでとう、セレシュ、カレル。お祝いの品物を準備したかったんだけど、ちょっと時間が足りなかったの。あとで王宮に送るわね」

「わ、お祝いくれるの? 嬉しい!」


 セレシュはにっこり微笑む。


「カレルに無理言って来て、本当によかった」

「そう? 何もないところだったでしょう? 王都みたいににぎやかじゃないし、物もないし」

「そんなことないよ! 姉様に会えたし、北の砦はすごかったし、しょうぐ……隊長にも会えたし。市も面白かったよ。迷子になったのは……あれだけど」


 最後だけ声のトーンを落としてぼそぼそと喋るセレシュは、気恥ずかしそうに目を伏せ、頬を染めた。


「ピクニックにも行ったし、お茶会にも呼んでもらえたしね。北の大門と南の大門も見ることができた。砦の中の様子も知ることができたし。……きっと王都に帰ったら、視察に来るなんてできないから、すごくいい機会だったよ」


 そういって顔を上げたセレシュの紫の目に強い意志を感じる。

 セレシュはいずれ軍務の実務トップになるのだと以前聞いた。現在の軍務の実務トップはチェイニー公爵。将軍でもあるチェイニー公爵の上に立てるのは王族以外いない。

 だから、セレシュは騎士団の一兵卒から総帥権を持つ将軍まで登らなきゃならないのだと。

 体格や性格から考えれば、レオ様の方がよほど将軍職には近いだろう。それはセレシュ自身もわかっていると言っていた。

 でもそれが自分の役割だと、幼いながらにわきまえて微笑んだ入学前のセレシュを、わたしは今も覚えている。

 だからだろう、北の砦も軍務の視点できちんと捉えている。

 成長したのね。


「北の大門の修理についても、現場を見せてもらったよ。王都に戻ったら、現状を父上に報告してできるだけ早く決裁を通すようにするね」


 そう得意げに胸を張って話すセレシュがなんだかかわいく見えて、わたしはにっこり微笑んだ。


「それは頼もしいわ。現状を見に来てくれる人なんていなかったらしくて、なかなか修繕費用の決裁が通らないの。あ、そうだ。砦に泊まった時、雨漏りしなかった?」

「ああ、してたな」

「雨降ってないのにって不思議だったんだよね」


 二人が顔を見合わせて頷く。


「やっぱり。……たぶん天井を覆う石に隙間ができて、水が溜まってるんだと思うの。以前から修繕の決裁を上げてるんだけど、業務に支障がない部分は後回しされるのよね……」

「あれ、十分業務に支障あると思うけどなあ」

「兵士の宿舎部分だから、我慢しろってことみたいね」

「じゃあ、それも報告しとくよ」

「ありがとう、父上が喜ぶわ」

「そこは姉様もうれしいって言ってよ」


 セレシュはちょっと拗ねたように唇をとがらせる。まだまだ子供ね。くすくすと笑うとさらに頬が膨らんだ。

 そのあと父上たちが来るまで、わたしたちはなんだかんだとおしゃべりをつづけた。

 幸いだったのは、王都の話やほかの王族の話が一切出なかったこと。ロールケーキの一件だけは動揺したけれど、あとはたぶん、意図して話題から遠ざけてくれたんだと思う。

 それにしても、こんなにセレシュが北の砦やお師匠様のことを気に入るなんて思わなかったわ。お茶会の話題の中心はほぼ、お師匠様や砦の話だった。

 明日顔を出して、少し話を聞いてみようかしら。

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