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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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52/199

51.子爵令嬢は後始末をする(4/14)

「この度はお騒がせいたしました」


 砦の主であるダン・グレゴリ隊長の執務室で、わたしは頭を下げた。もちろん、砦に来てすぐに、全員が集まっている訓練場で弟とセレシュに謝罪をさせたあとだ。

 隊長は、厳しい顔のまま腕を組み、執務用の机に寄りかかって立っている。


「全くだ。おかげでいい訓練にはなったが」


 ベルモントには帰宅直後に三人そろって頭を下げた。

 案の定、館の者や市の警備にあたっていない兵たちを総動員して、ついでに砦に残っていた者も招集をかけていた。

 すぐに二人が見つかったと連絡を受けて、平常業務に戻ったとは聞いたけれど、それでも諸々の作業には遅れが出たはず。

 かき集めた非番の兵士たちへの手当てもしないといけない。こちらはわたしの権限では出せないから、父上に出す書類を作らなければならない。

 今日ここに来たのも、謝罪だけでなく、その人数把握の意味も強いのだけれど。

 

「申し訳ございません」


 非常時の訓練という意味合いではたしかにそうかもしれない。……そうそうあってはたまったもんじゃないけれど。

 隊長は、不意に口元を緩めた。


「意味が分かってないな?」


 文字通りに受け取ったけれど、何か違うのだろうか。訝し気に首をかしげると、隊長の目じりが下がった。


「お前たちが来るのは奥方から聞いておったからな。警備兵たちにはお前たち三人の警護を命じてあった」

「……え?」


 まるで悪戯が成功した時みたいににやりと笑う。わたしは目を丸くした。お師匠様、どういうことですか!


「グレンたちを連れて行くことにしたのは正解だったが、あの人混みだ。はぐれる可能性もあるだろう? じゃから、訓練もかねてな」

「一体どこから……」

「舘の門をでてからずっとじゃよ。警護対象者を『お忍びの王子様一行』ってことにしてな、対象に気付かれることなく警護するようにと命じておいた。広場はもちろん、通りでも路地でもお前たちは見られていたし見張られていた」

「お師匠様……ご存じだったんですか?」


 お忍びの王子様、だなんて。知らなければ出てこないキーワードよね。

 驚いてお師匠様を見つめると、やっぱり嬉しそうに笑う。


「騎士養成学校の今年度主席卒業者が誰かぐらい、知っておるわ。わしのところにも卒業者名簿は回ってくるんじゃぞ?」

「あ……そうでした」


 そうよね、初めて連れてきた日、二人と手合わせしたんだった。主席卒業と次席って話、してたわね。


「だから、あそこで嬢ちゃんとあの二人がはぐれた時も、その後もずっと、すぐ近くに警備兵がおった。一挙手一投足、見逃すなと言うてあったしのう」

「そうだったのですか……ありがとうございます」


 ほっと胸をなでおろす。ずっと二人は警護されていた、万が一にでも誘拐などということは起こりえなかったのだ。

 それでも、あの人込みで至近距離で悪意に晒されてしまっては間に合わない。

 今回はそういう意味合いでも運がよかっただけなのだ。


「まあ、めったにできる訓練じゃないからな。いい経験になった。あの坊主たちもだいぶ反省したみたいじゃな」

「ええ、まあ」


 昨日は帰ってからたっぷりお説教をした。

 お忍びと気軽に言うけれど、もう少しセレシュは自分の立場を考えておくべきだし、その行動の結果を考えるべき。

 ……なんてわたしが知った顔で言うようなことでもないのだけれど。

 それに、得物を持っていて、自分の腕に自信があるからと言って、過信しちゃいけない。多人数相手には勝てないこともある。

 今回のことは、警護の三人にも非はある。警護対象から目を離したのだから。こちらの処罰は、おそらく父上が帰って来てからになるだろう。ただ、処罰するかどうかは微妙なところだろうけど。

 だって、そういう危険な場所に行くことを選んだ側にも問題があるんだもの。今回は、市を横切ることを選んだ私の判断ミスもある。

 市の様子を肌で知りたかったという理由はあるものの、彼らを連れていくべきじゃなかった。

 カレルがはぐれかけたセレシュをきちんと警護してくれたのは評価するけど、やはり一人での護衛は限度があるわ。

 連携をうまくしないと……。

 そこまで考えて、きちんとカレルは警備兵たちと連携を取っていたことに気が付いた。そうよね、近くにいた兵士に詰所への伝言を頼んでくれたおかげで、捜索隊を出さずに済んだ。

 カレルは気が付いていたんだ。周りに警備兵が配置されてること、自分たちが常に見られていること。


「まあ、カレルもずいぶんできるようにはなってきたみたいだから、その程度で勘弁してやれ」

「……はい」

「お忍び王子も懲りてくれればいいんだけどな。あれで主席となると、今年の卒業生はあまり期待できんのう……。さて、嬢ちゃんも訓練していくか?」

「いえ、次の予定があるのでこれで失礼します。……両親が帰ってきたら、改めてお詫びに参りますね」

「気にするな。これも仕事の一部だ。まあ……それでもっていうんなら、奥方のケーキがいいなぁ」


 お師匠様は笑いながら手を振り、ウィンクをする。そうだった、お師匠様はあのクルミケーキを毎月楽しみにしているものね。


「わかりました、母に伝えておきます」


 わたしは頬を緩めると、そう告げた。


 ◇◇◇◇


 カレルとセレシュを砦に置いたまま、わたしは街に降りた。

 広場に面した酒場には、グレンについて来てもらった。あの時、お代を支払う時間がなかったのよね。

 それに迷惑料を上乗せして支払うと、気のいい店主は気にしないと笑い、ホットミルクをおごられてしまった。

 次回は夜、酒を飲みに来ることを約束して店を出る。それが『改めてお詫びに領主夫婦が来る』かわりに店主が求めたお詫びだった。

 こればかりは両親に許可をもらって、護衛も連れてこなくちゃね。

 アルコールは夜会などでも口にするから、飲めないわけじゃないけど……あまり量を飲んだことがないし、このあたりのお酒は夜会で出されるものよりきついのは知っているから。

 領主の娘が酔っぱらって道端で寝てたなんて醜聞だけは避けなきゃ。


 そのあと、昨日閉まっていた二軒の古着屋を訪ねた。

 昨日は市でいい商いになったらしく、両方とも店主は上機嫌だ。片方などは祝杯をあげたのか、まだ少し酒精の匂いがした。

 あいにくわたしが欲しくなるような服は新たに入荷していなかった。

 外から来た人にしかわからない、市での不満や改善すべき点を聞いてみたのだけれど、わたしが領主の娘だということはもう知られているせいか、あまり喋りたそうにしない。

 他の店主たちは気にせずにあれやこれや喋ってくれたけれど、やっぱり領主の娘ってだけで敬遠されるのかしら。気が付いたことがあれば手紙でも何でもいいから知らせてほしいと告げて店を出る。


 そういえば、市の古着屋でカレルが買ってきたものを見せてくれた。

 王国騎士団の、しかも近衛の制服だと聞いた。前のと同じく徽章が付いたままのものが一式。セレシュは、手触りから素材も本物と同じだと言っていた。

 先ほど砦に行った時にお師匠様に預けてきたけれど、やはりかなり険しいお顔をされてらっしゃった。

 これを売った人物の特徴は、二軒のうちの一方の古着屋の店主と一致する。

 カレルは、好事家を装って他にあれば売ってくれるよう交渉したと言っていた。

 グレンの名前を使ったのはちょっと軽率だったと思うけど、本当に『モランボのウダ』からグレン宛てに連絡が来たらチャンスだとお師匠様も言っていた。

 王都での調査は、二人が王都に戻ったら極秘に人を動かすらしい。近衛の服まで流出しているのでは、近衛兵にスパイが紛れ込んでいる可能性があるわけで、信用して情報を預けるわけにはいかないからだ。

 兄上も事情を知っているから、うまく連携するように二人には伝えてある。

 できれば王都の古着屋も調べたほうがいいのだけれど、兄上とカレルでは無理だし、騎士や兵士は姿勢がいいから平民に扮してもすぐに分かるのよね。――相手が裏黒いことをしているのならなおさら。

 協力者を、と考え始めて、すぐに首を横に振る。子供たちを危ないことに巻き込みたくはない。それに……王太子妃候補でなくなったわたしにはもう、縁遠いものだ。

 あの子たちは元気にしているだろうか。会いに行く約束を破ってしまったことを、怒ってないかしら。

 もし、今後王都に行く機会があったら覗きに行こう。行って謝ろう。……王都に行ける日なんか、来るのかどうかわからないけれど。

 落ち着いたら、子供たちに手紙を書こう。それと一緒に何か贈れないかしら。帰ったらセリアと一緒に考えることにしよう。

 色々山積みだけど、一つ一つ片付けていかなきゃね。

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