50.子爵令嬢は第三王子と合流する
詰所に戻ると、お師匠様はいなかった。それでも、わたしとグレンを知っている人はいて、顔を見るなり詰所から飛び出してきた。
「グレン! お嬢様! よかった、行き違いにならなくて」
「え?」
「さっき、カレル様から伝言を預かったんだ。客人を連れて露店を楽しんでいるから、心配しないで次に行ってくれって。後追いしますって」
「えっ……本当にカレルだったの?」
伝言を伝えてくれた若い兵士に思わず食いつき気味に聞くと、兵士は顔を赤らめながらこくこくと首を縦に振った。
「砦の訓練で顔を合わせたことがあるから、間違いないです。それにお客人も、この間お嬢様が連れて来た方ですよね? 間違いありません!」
その言葉に肩の力が抜ける。膝の力が抜けないように踏ん張る。こんなところで膝を折ってる場合じゃないの。
今のわたしは、父上と母上の名代だもの。
「よかった……」
鼻の奥がつんと痛くなるけど、泣いてる場合じゃない。
とりあえず、ボーノに連絡に走ってもらったけれど、無事見つかったと連絡を入れておくべきだろう。きっとベルモントのことだから、手を尽くすべく準備してるはず。
無駄な準備をさせてしまったことになるけど、こればっかりは仕方ないわ。あとで二人を連れて謝りに行かなくちゃ。
用事が終わり次第こちらを追いかけるというのなら、銅像のところで待ってもらっているミケと合流しなくちゃ。ボーノとも合流して、古着屋巡りに行こう。
「ごめんなさい、人を借りたいのだけれど」
「ええ、いいですよ」
舘への連絡をお願いすると、快く引き受けてくれた。
「グレン、ボーノが戻るのを待って、ミケを迎えに行きましょう」
「ああ。とにかくよかった」
「ええ。……まったく」
帰ったらたっぷりお灸をすえなければね。
でも……本当によかった。
セレシュに何かあったら、ベルエニー家なんてあっさり潰されてしまう。ううん、それよりも……どうやっても、償えるものじゃない。
セレシュと、彼を取り巻く仲の良い家族たちを思い出して、つきりと胸が痛む。
あの方たちが悲しまないように、明日から、セレシュの警護計画を練り直さなきゃ。
ベルエニー家が預かっているんだもの、無事に王都にお戻しするまでがわたしたちの仕事。
役目は、きちんと果たさないとね。
◇◇◇◇
ボーノが戻って来て、ミケと合流すると、わたしは予定通り、古着屋巡りに繰り出した。
三人も護衛を引き連れるのは、実はちょっと気恥ずかしい。普段はいても一人で、砦の訓練で顔を合わせたことがある人が多いから、あまり緊張せずに済む。
でも、今回は三人。うち二人は、今回初めて会った……はずよね。わたしが忘れているのでなければ。
グレンが横を歩いてくれればよかったんだけど、なぜか護衛三人とも後ろにぞろりと並んで歩く。まあ、わたしも丸腰じゃないから、なにかあっても対応はできるんだけれど。
早いところカレルたちが合流してくれることを期待しつつ、路地をめぐる。
古着屋へは町へ降りるたびに順繰りに覗いているのだけれど、今日は市が立つ日でもあるし、あちこちから人が流入してるから、なにかの動きがあるかもしれないと思っているのよね。
広場に近い方から順に回っていく。
一つ目と二つ目は、市の日だからなのかお休みだった。ここはもともとあった古着屋を外から来たオーナーが買い取ったところだ。と言うことは、市の方にお店を出しているのかもしれない。
三つめはパディ爺さんのところだ。
護衛を残して店に入ると、パディ爺さんは嬉しそうにやってきた。
「やあ、いらっしゃい、お嬢」
「こんにちは、パディ爺さん。あれからどう?」
そう言いながら、店のなかをざっと見回す。先日来た時から考えて、大きく品物が動いた様子はない。
「そうさな。お嬢の気に入りそうな服ならあるけど、いまのところ持ち込まれてはいないよ」
「そう、見せてもらってもいい?」
パディ爺さんは山と積まれた古着の中から、数着の簡素なドレスと動きやすそうな仕事着を見せてくれた。どちらも柔らかい綿地だ。ドレスはサイズが大きすぎるみたいだから、仕事着の方をもらうことにする。ちなみに仕事着は、スカートとシャツで上下が分かれていて、洗いやすく動きやすいのがポイント。
「はいよ、お待たせ」
くるりと包んでくれた服をパディ爺さんが持ってきた。今日は大して買ってないから重たくはない。
「ありがとう。……そういえば、向こうの筋のお店、両方とも閉まってたわね」
「ああ、あれだろ。余所者が店丸ごと買ったとこ。どうやら市に店出してるらしいよ」
月に一度の市は、場所代さえ払えばほぼ誰でも店が出せる。
他所からわざわざやってくる商人は、領に入るときに持ち込む商品に対して幾ばくかの税金がかけられる。その上高い場所代まで払わされてまで商人は来てくれない。
だから、間口に応じて金額が変わるものの、場所代は安く抑えている。
街に店を持つ商人がわざわざ露店を開く場合は、他から来た商人より有利なため場所代はかなり高い。だから、普通はわざわざ開かないんだけど。
それを払ってでも市に店を出したかった理由は何だろう。古着屋が店を出すのは珍しくないけど。
「じゃあ、また何かあったら連絡をお願いしますね」
「ああ、もちろん」
パディ爺さんに手を振って、わたしは店を出た。
◇◇◇◇
カレルたちがやってきたのは、八軒目の古着屋を出たところだった。
「ユーマ姉様!」
「セレシュ、カレル! 無事だったのね」
セレシュはわたしたちの前まで来ると、深々と頭を下げた。
「ユーマ姉様、ごめんなさい。途中ではぐれちゃって……カレルがいてくれたから何とかなったけど……」
「セレシュ、頭を上げて」
できるだけ柔らかい声で語り掛ける。
そろそろと頭を上げたセレシュをじっと見つめる。笑顔は浮かべない。
「……お説教は館に戻ってからにしましょう」
「……はい」
後ろに立つカレルに視線を向ける。あいかわらず視線をそらしたままだけれど、不機嫌度は最高に悪い。
王都に行けば、いよいよ騎士としての仕事が始まる。その前の骨休めのはずの休暇で、二人には羽を伸ばしてもらいたいと思っていたけれど、今回は無視できない。
二人とももっと大人になってもらわないとね。
わたしはにっこりと笑みを浮かべて二人を見た。
「さあ、次に行きましょう。セレシュ、荷物を持ってもらえる?」
「はいっ」
古着屋で買った服をセレシュに渡すと、嬉しそうに微笑む。
嬉しそうに揺れるしっぽが見えるような気がするのは、気のせいよね……?




