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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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48.子爵令嬢は第三王子を見失う

本日二話同時更新しています

 詰所を出て、市の中を歩く。ここは通り抜けるだけだから先頭を歩くことにして、皆には後ろについてきてもらうことにした。

 お店を見て回る余裕はない。通り過ぎながら、左右の店をさっとチェックするので精一杯ね。

 それにしてもすごい混雑ね。歩こうと思わなくても後ろから押されて歩かざるを得なくなる。店と店の間の通路は一方通行で、戻ることができないようになっている。と言うか、戻ろうとしても実質戻れないわね、これ。

 こんな状態でもしも誰かが転んだら、大変なことになってしまう。

 以前はこんなに混雑してなかったように思うのだけれど、あれは封鎖解除直後の市ではなかったからなのかもしれないわ。

 これなら確かにスリもやり放題ね……。ただし、スった側も逃げようがないから、リスクは大きいけれど。

 なんとか店の間をすり抜けて、人がまばらになる辺りまで抜けてようやくわたしは足を止め、振り向いた。

 すこし離れた後ろにはグレンがいた。でも、わたしとグレンたちとの間にいたはずのカレルとセレシュがいない。

 ざぁっと血の気が引いていく。くらっとめまいがした。

 慌てて視線を巡らせるものの、二人の姿はない。

 弟と王子が行方不明? 父上と母上がいないこんな時に……。


「グレン、カレルとセレシュはどこ?」

「え……」


 額を押さえながらグレンに聞くと、グレンたちは目を見開いて周囲を見回した。


「ご一緒じゃなかったんですかっ」

「ええ、てっきりすぐ後ろにいるとばかり……」


 あれだけ混雑していては、すぐ後ろに誰がいるかなんて気にしていられない。

 だからグレンたちにはその後ろについてもらっていたのに……これでは何のために護衛を増やしてもらったのか分からないわ。

 目を離さないようにと言ったのに、と思わず口走りそうになってきゅっと唇を閉じる。

 あの状態では一瞬たりとも目を離さないなんて無理だ。

 どれだけごねられても一人ずつ護衛についてもらうべきだった。……わたしの判断ミスだ。

 まさか、二人ともいなくなるなんて……。

 迷子……よね?

 まさか、誘拐なんてこと、ないわよね……?

 市には不埒者が紛れ込みやすいのは分かっていたけど、せいぜいがスリ程度だろうと思って油断したわ。

 少し良い服装をしていたから、良家の子息と思われたのかもしれない。


「待ち合わせ場所を見に行ってきます。お嬢様はそこにいてください!」


 ミケがそう言い放ち、走っていく。グレンとボーノは、周りに目を配りながら、わたしの左右に立つ。


「ユーマ」


 グレンの声に顔を上げると、グレンは視線を周りに向けたまま話し始めた。


「すまない。……俺たちが目を離したせいで」

謝罪それは後よ。それに、あの人混みでは仕方ないわ。ただの迷子かもしれないし」


 ここで彼らを詰ったところで始まらない。分かってる。まずはは二人の安全を確認するのが最優先。

 もし二人が一緒にいるのならまだ安心ができるのだけれど。

 カレルはセレシュの護衛として付き従っている。セレシュがはぐれたのに気が付いてカレルが付いていったのなら、きっと大丈夫。あの子ならちゃんと守れるに違いないもの。

 でも、そうでなければ。……最悪の結果を考えると手が震えそうになる。

 ちらちらとこちらを見る視線が増えてきた。

 広場の端で突っ立っているわたしを、街の人たちが訝し気に見ている。

 今のわたしは領主の名代。狼狽えた姿は見せてないはずだけれど、あまりここに長くいると、何かあったと思われてしまう。


「ボーノ、ここでミケを待ってくれないか」


 不意にグレンが口を開いた。ボーノはうなずき、わたしの方を見る。


「ユーマ、近くの店で待とう。ここは目立ちすぎる。それに、顔が真っ青だ」


 言われてはっと顔に手をやる。表情は何でもないように繕えていたと思っていたのに。


「……そうね。ボーノ、お願いできる?」

「了解しました」


 グレンに促されて、その場から離れる。待ち合わせの目印になっている像の方にちらりと視線を走らせたけれど、人波に隠れて何も見えなかった。


 ◇◇◇◇


 グレンに連れられて来た店は、広場に面した酒場だった。

 子供のころはよく遊びに来てたのよね。一階が酒場で、二階が宿屋になっているのを知ったのは、それからずいぶん後のこと。

 店主もわたしを覚えてくれていた。月に一度の市を目当てにやってきたお客さんで酒場の半分は埋まっていたけれど、カウンターの隅っこに通してくれた。


「珍しいねえ、ユーマちゃんがグレンと来るなんて」

「からかうなよ、おっさん。人待ちなんだ」


 からかいの混じった口調でいう店主に、グレンは顔をしかめた。

 ホットミルクに砂糖を入れてもらって一口飲む。長く外に立っていたせいか、それとも血の気が引いていたせいか、暖かさがじんわりとしみてくる。

 内側から温まるにつれて、細かい震えが収まってきた。混乱していた頭もちゃんと物事を考えられるようになってきた。パニック起こしかけてたんだ、わたし。

 ホットミルクの入ったカップを両手で包み込む。この暖かさのおかげで落ち着けたんだ。

 グレンは一つ離れた席に腰を下ろした。匂いからすると、飲んでいるのはホットジンジャーね。


「グレンが酒飲まないとか初めて見るな」

「仕事中だっての」


 にやにやする店主を手で追い払うと、グレンは窓の方に目をやった。わたしもつられて窓の外を見る。

 ミケが二人を探しに行って、どれぐらい経っただろう。ただ単に迷子になっただけなら、こんなに時間がかかるはずがないわよね……。

 ここにとどまったのは間違いだったかもしれない。

 すぐに館に戻って、ベルモントと……ううん、まずは詰所に、お師匠様に連絡して手配してもらうのが先ね。


「グレン、詰所に行きましょう」


 わたしは顔を上げてグレンの方に向き直った。

 話が大きくなってしまうけれど、お忍びがお忍びじゃなくなってしまうけれど、背に腹は代えられない。


「ボーノにはあの場所で待ってもらって、わたしたちは詰所に」


 そうと決まったら早い方がいい。

 腰を浮かした時、酒場の扉が荒々しく開いた。振り向くと、ボーノとミケが戸口に立っているのが見える。

 わたしが立ち上がるより早く、グレンが戸口に飛んで行った。店主に断りを入れて後に続くと、戸口から出たところで三人が固まっていた。


「お嬢様、こちらへ」


 戸口から少し離れて、路地の方へ向かう。人気のなくなったところで、ミケは足を止めた。


「待ち合わせの場所で待っていましたが、こちらには来ていません。ただ、お二人に似た背格好の人影が市に向かって歩いていくのを見たので、取り急ぎご報告に」

「二人は一緒だったのね? 他に誰か一緒にいなかった?」

「人混みの中でちらりと見えただけなので、本人とは断定できません。周りも人混みでしたので……」

「そう……」


 息をついて目を伏せる。

 もしそれが二人なら、買い物をしに戻ったのだろうと考えることもできる。だが、そうでなければ、やはり行方不明のままだ。


「詰所に行きます。警備の力を借りましょう。ミケ、待ち合わせ場所でもう一度待機してもらえる? もしかしたら二人が来るかもしれないから」

「かしこまりました」


 ミケは一礼すると素早く広場の方へ戻っていく。


「ボーノ、館へ連絡をお願い。家令のベルモントに事の次第を伝えてくれる?」

「伝えるだけでよろしいので?」

「ええ、終わったら詰所へ戻って。グレン、行きましょう」

「わかりました」


 ボーノも小走りで路地の奥へ向けて駆けていく。わたしたちも詰所への道を歩き出した。

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