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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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47.子爵令嬢は街に出かける(4/13)

 今日は街に降りる日。

 いつものように街をひとめぐりして、古着屋や小売り店の物価のチェックをする予定。

 しかも今日は広場で市が立つ月に一度の日。広場じゃ面積が足りなくて、街の外にまで広がってるって聞いたのよね。その様子もチェックしておきたい。

 市が立つと、どうしてもスリなどが出やすくなる。我が家の護衛と北の砦の騎士様たちが巡回してくれるとは言え、どんな感じかとかは肌で知っておきたい。

 それにずいぶん暖かくなってきたし、のんびり歩いて行ってもいい感じの日差しも出ている。町まで散歩がてら歩いて行くつもりで普段着のしかも動きやすいように乗馬服の下と長めの上着を合わせてで玄関に出てみると、


「ユーマ姉様!」


 なぜかセレシュが嬉しそうにぶんぶん手を振っていた。

 その横でカレルが煩わしそうに目を眇めている。二人とも訓練に行くときと同じく動きやすい服装だ。今から砦に行くのだろうか。


「あら、どうしたの?」

「ユーマ姉様を待ってた。街へ降りるんでしょう? 護衛断っといたから」


 とっさにカレルを見る。が、こちらを見ることもない。

 家族の他に今日のスケジュールを知っているのは、ベルモントかセリアぐらいよね。

 父上と母上は朝早くからお隣の領主様に呼ばれてお出かけ。今日は帰らないだろうと言っていた。

 そこまで考えて、はたと気が付いた。……今日は三人だけなのね。いつもなら両親がいるからと気軽に村の巡回に出ていたけれど、いないのなら放って出て行くわけには行かない。


「ええ、今日は市が立つ日だから、巡回に。母上から詰所に差し入れを頼まれてるの」


 手にしたバスケットを持ち上げて見せると、セレシュがさっと取り上げた。結構な重さのはずだけど、軽々と持ち上げている。さすがは男の子ね。


「ありがとう」

「このくらいどうってことないです。今日は馬じゃないんですよね?」

「ええ、ずいぶんあったかくなってきたから、歩いていくわ。二人は?」

「歩きますよ。運動になっていいし。な?」


 セレシュはそう言ってカレルを振り返るが、カレルは全く動じない。それどころかさっさと歩きだしてしまった。


「おーい、カレルってば」


 セレシュがカレルの後を追う。わたしもついくすくすわらいながら後ろを歩きだした。

 いつもなら馬で広場までつけるところだけど、今日はいつもに増して人が多いから、馬や馬車で行くにはちょっと危ない。

 昔はどんな遠いところでも平気で歩いて行っていたけど、大人になった今ならそれがどれだけ無謀かよくわかる。

 いつも無事に行って帰ってこられたのは、周りに守られていたおかげなのよね。

 門のところまで行くと、薄茶色の髪を短く揃えたグレンの姿が見えた。今日は警備の青い制服に身を包んでいる。

 グレンは、カレルと王子の姿を見るとすぐに略礼を返した。

 時々砦の訓練にグレンやトミーもやってくるのよね。おかげで先日は久しぶりにボビーも含めて四人でおしゃべりができた。

 わたしが戻ってきた理由はもう知ってるみたいで、誰も口には出さないでいてくれた。それもうれしかったし、昔と変わらない様子でしゃべってくれるのもうれしかった。

 昔馴染みの子たちが今どうしてるかも、結構教えてもらった。半分はもう結婚してるらしい。早い子はもう結婚して子供が何人もいるとか、麓の村に嫁に行ったとかも聞いた。

 だから、グレンとはもうすっかり昔と同じ感じで喋ることができる。


「グレン、ごめんなさい。二人も一緒なのだけれど」

「ああ、それはかまわないけど……護衛が足りないよな。誰か呼んでこようか?」


 わたしが声をかけるとグレンが顔を上げた。


「そうね……せめてあと二人は……」

「要らないよ」


 会話に割って入ってきたのはセレシュだった。ちょっと機嫌悪そうに唇をとがらせて、わたしではなくグレンの方を睨みつけている。


「ユーマ姉様には俺とカレルが護衛としてつくから、護衛は他には要らない」

「いえ、そういうわけには」


 グレンは眉根を寄せて、近くにいる護衛兵に視線を投げかける。なおもセレシュが強硬にグレンを引き離そうとするから、わたしは仕方なく口を開いた。


「セレシュ、せめて一人ずつ護衛連れて行きましょう。市の日だし、いつもよりごった返しているのよ。はぐれたら大変だし、危ないわ」

「俺たちがユーマ姉様から離れなきゃいいんだろ? せっかくのお忍びなんだし、護衛なんか連れて歩きたくないよ」

「だめよ。本当ならここまで降りてくるのだって、護衛の一人もつけてなきゃ怒られるのに」

「でも、このあいだの遠乗りは三人だけだったじゃないか」


 それはそうだけど、あのあと父上にこっぴどく怒られたのよね。

 護衛としてカレルがついていたし、わたしも多少なら剣は使えるから足手まといにはならないはず。それに馬での移動だから、何かあれば逃がせるとも思っていたのだけれど。

 父上が怒ったのはそこじゃなかった。

 わたしとカレルを守る者がいないこと、だった。

 以来、どこに行くにも護衛を連れるようにしている。


 お忍びなのに、とセレシュは何度も言う。でも、王都でのお忍びでも普通護衛が何人か、見えないところでついているものよ。

 わたしとカレルはともかく、王子が護衛なしで出歩くなんてありえないのに。

 仕方ない、とわたしはグレンを手招きして、少し離れてついてきてもらうようこそっとお願いする。人数はやっぱり三人。それぞれ一人ずつ守るようにとお願いすると、グレンは頷いてすぐ同僚たちのところへ駆けて行った。


「ユーマ姉様、何言ったの?」


 拗ね気味のセレシュが寄ってくる。こういうのは王宮や王都で経験済みのはずなんだけど、よほど近衛兵たちはうまくカモフラージュするのね。


「護衛をお願いしたのよ」

「ええっ、僕らがいるのに」

「ええ、わたしは二人が守ってくれるんでしょ?」


 信用してるわ、と微笑んで見せると、セレシュは嬉しそうに破顔した。後ろにいるカレルは眉間にしわを寄せてセレシュを見ている。

 まあ、今日は動きやすい恰好にしたし、短剣も一応ぶら下げているから、万が一の時にはわたしが守ればいいのよね。

 グレンが同僚を連れて戻ってくるのが見える。


「じゃあ、行きましょうか。市でいいものが見つかるといいわね」


 わたしはにっこりと笑いながら二人に声をかけた。六年ぶりの市の日だもの、楽しまなくっちゃ。


 ◇◇◇◇


 ……甘く見ていたわ。


 今日って封鎖が解除されてはじめての市の日だったのね。いつもの市のつもりだったのに、混雑度が尋常じゃない。

 館の方から広場に入る大通りにもずらりと列ができていて、なかなか前に進まない。道が二つに分けられていて、広場から出るためのスペースが確保されている。

 領主の娘だからって割り込んだりはしないけれど、わたしの目的は広場の市場そのものじゃなくて詰所なのよね。

 並んでいる人たちを観察すると、半分が町の人みたい。あと半分は外から来たお客様ね。髪の色が濃い人も多いところから、わざわざ南や西の方から来た隊商キャラバンがあったのかもしれない。

 町の人たちはわたしの顔をみて先を譲ろうとするんだけど、お断りした。

 事情を知らない外からのお客様にしてみれば、特別扱いされているように見えるだろうし(実際そうなんだけど)、長い時間待たされているはずだから、苛々させることになってしまうもの。


「……裏道を行きましょう」


 わたしは二人を振り返ってそう告げた。

 カレルはともかく、セレシュと護衛三人を連れて行くと考えるとちょっと悩んでしまうけれど、このままではいつまでたっても差し入れを持って行けない。

 行列から少し離れて立つグレンたちを手招きすると道案内をお願いした。わたしもかつては知っていたけれど、六年で変わっているかもしれない。グレンたちは地元育ちなだけに広場を迂回するルートはよく知っているはず。


「こっちです」


 細い路地に入り込む。先頭はグレン、その後ろにわたし、セレシュ、カレルと続いて一番最後に護衛の残り二人が後ろを警戒しながら歩く。

 いつもは護衛の名前を確認するんだけど、今日はばたばたで聞きそびれてしまった。あとでグレンに聞いてみよう。

 角を曲がりながら、そういえば以前にも同じような道を歩いたことを思い出した。あれはいつだっただろう、まだ十歳ぐらいだったかな。

 市が来たからって町に遊びに降りた時だ。いつも一緒に遊んでた子たちと一緒に。そうそう、兄上もいたっけ。途中で男の子が一人いなくなって、詰所まで連絡に走った。

 そのままわたしも探しに出ようとしたけれど、入れ違いになるからと引き留められたのよね。その代わりに兄上が探しに行って――兄上が見つけたんだった。顔はよく覚えてる。名前、何て言ったっけ……。


「もうじき着きますよ」


 グレンの声で我に返ると、細い路地の向こう側が明るく開けているのが見えた。

 路地から大通りに抜けると、市場の詰所は目の前だった。広場の入り口で帰り路を逆流する客を止める係の兵士に声をかけると、すぐに詰所に案内された。

 柱を立てて梅雨避けの幕を張っただけの詰所はこの混雑のせいで相当忙しいのだろう、誰一人としてじっと座っていない。連絡役がひっきりなしに出ては入り、立ったままで上役らしい兵士が指示を出している。

 その中に見慣れた顔を見つけて、わたしはお邪魔にならないように近寄った。


「お師匠様」


 後ろから声をかけると、いつものように青い訓練服……ではなく、青い護衛兵の制服を着た砦の親方が振り返った。


「おお、嬢ちゃんか」

「ええ、カレルとセレシュも一緒です」

「そうか」


 後ろをちらりと見やると、二人と三人の護衛が離れたところで待っている。別に知らぬ仲ではないのだし、ここまでくればいいのに。


「お師匠様、お忙しそうですね」

「ああ、いつも最初の市の日はこんなもんじゃな。客も警備にあたる者も慣れた者ばかりではないからな、トラブルはつきものだ」

「そうですか」

「それでも、今年は大きなトラブルはまだ起きてないからマシな方だ」


 そこで言葉を切って、お師匠様はちらりと弟たちを見た。


「まあ……何事もなければいいがな」


 そういえば、お師匠様にセレシュの身分を話したことはなかった気がする。お忍びだし、わざわざ教えるまでもないだろうと思っていたけれど、お師匠様が警備にかかわっているのなら伝えておいた方がいいだろうか。


「それで、今日はどうした? 市を見ていくなら……」

「あ、いえ、母様から差し入れを預かって来て……」


 渡そうとして、自分が持っていないことを思い出した。振り返ってセレシュに手招きをすると、嬉しそうに駆け寄ってきてお師匠様に軽く会釈をした。


「おお、坊主か。元気にしておるか」

「はい。ユーマ姉様のおかげです」

「そうか」


 ニコニコ……というにはちょっと険のありそうな笑顔のセレシュから、荷物を受け取る。

 籠の中には母上が手ずから焼いたクルミケーキがいくつも入っていた。それぞれ食べやすく切り分けてあって、くっつかないように油紙で巻いてある。

 詰所は二か所あるから半分ずつ渡せばいいはずだから、と唯一置いてあるテーブルの上に出そうとしたら、お師匠様はバスケットごと取り上げた。


「おお、こりゃ美味そうだ。奥方は料理ももちろんだが、このケーキは絶品なんだ。月に一度の楽しみというやつだな」

「ありがとうございます」


 驚きを何とか押し隠して、お礼を述べる。

 母上が毎月こんなにケーキを焼いていたとは知らなかった。料理が上手いことも……。


「おい、グレン。これ半分、下の詰所に持って行ってやれ」


 お師匠様はそういうとバスケットをぐいと差し出した。


「あの、お師匠様、グレンは今日はわたしたちの護衛なので……」


 グレンを振り返ると、仕方なさそうに歩み寄ってきたグレンはバスケットを受け取ってどこかへ行ってしまった。護衛はどうしたのよっ。

 目を丸くするわたしの頭に、お師匠様の手が置かれる。


「少しぐらいお茶につきあえ。その間にグレンは戻ってくるさ」


 そういってお師匠様はそこらへんにあった椅子を持ってくると、わたしとセレシュを座らせてお茶の用意を近くにいた兵士に頼んだ。


「カレル、お前も来い」


 唯一まだ入り口で立ったままだったカレルは、お師匠様の声に渋々やってきた。

 それからグレンが戻ってくるまでの間、護衛についてくれていた二人――ミケとボーノという名前だと判明した――も一緒に母上の焼いたケーキとお茶でおしゃべりをした。

 意外にも、セレシュは積極的にお師匠様に話しかけていた。そういえば、前に砦に行った時は訓練でくたくたになっていたから、ろくにお師匠様とは話してないのよね。

 そうそう、お師匠様の武勇伝を聞きたがっていたのはびっくりしたわ。今日は時間がないからと断られてたみたいだけれど、やっぱり男の子はそういった話が好きなのかしらね。

 グレンは、わたしたちが仲良くお茶をしていたのを知って、ずいぶん他の二人に当たり散らしていたみたい。ちゃんとグレンの分のケーキは取っておいたんだけど、足りなかったのかしら。


 詰所を出るとき、お師匠様はセレシュにまた砦に遊びに来い、と言っていた。

 これって社交辞令じゃないのよね……。ほっとくとまたこの間みたいに父上宛てに手紙が届くに違いない。

 こっちにいる間にもう一度砦に連れて行くしかないわね。

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