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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第七章 子爵令嬢は弟と第三王子を迎える

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42.第三王子は砦の鍛錬に誘われる(4/10)

 それから二日ほどは何もなかった。

 一週間の馬上行軍に体力も精神力もごりごり削られていたようで、セレシュはカレルとともに翌日は一日ベッドの中で過ごす羽目になった。

 帰りは絶対馬車にする、と心に固く誓う。十日間かかってもいい、体が横にできるなら。


 朝食と昼食はベッドで食べ、夕食までの時間は体を軽く動かしたり休めたりというありさま。若干情けないとは思いつつも、心づかいに甘えてしまった。

 そんなこんなで、子爵や奥方、ユーマ姉様やカレルと顔を合わせるのは、晩餐の時のみだ。

 相変わらず、子爵とカレルは盛装をしているが、奥方は初日以外は簡素なドレスを身に着けている。ユーマ姉様とそろえているらしい。以前王宮で見た盛装の姉様は凛としていて美しかった。夜会で一度踊ってみたかったけれど、バカ兄が許可してくれなかった。レオ兄様は踊っていたのに。

 でも、普段着のドレスをまとった姉様は、柔らかくて暖かい感じがした。笑顔も張り詰めた感じではなくて、自然だ。


 ユーマ姉様に昼間の話を聞くと、二日とも近隣の村に見回りに行っていたらしい。最近は子爵の代わりにユーマ姉様が村の見回りに出ることが多いと子爵が話をしていた。

 馬で一日で行って来られる距離なら、護衛を二人ほどつけて騎馬で行くらしい。

 ユーマ姉様が馬に乗れるのは知っていた。

 二年前、寮に入る前に参加した狐狩りで一緒に馬を走らせたユーマ姉様は実に優雅に馬を操っていた。横乗りでなく普通に馬に跨って颯爽と風を切るユーマ姉様は美しかった。

 きっとこちらでも風を切って走っているのだろう。

 村の方でも、帰ってきたユーマ姉様を一目見たいと、村を上げての大歓迎になるらしい。

 姉様としては複雑なところらしくて、あまり嬉しそうな顔はしなかったけれど。

 機会があれば一緒に行きたい、とセレシュが言うと、ユーマ姉様はちょっと困った顔をしたけれど頷いてくれた。


「そういえば、カレル。ダン・グレゴリから連絡が来ていたぞ」


 ユーマ姉様の話の合間に、子爵が思い出したように口を開いた。向かいに座っていたカレルがあからさまに顔をゆがませたのが見える。


「戻ってきたのに顔も見せないのはどうしたことか、とな。お前が来ないなら向こうから来ると行っていた」

「……そのうち行くと返事をしておいてください」

「それだと明日には攻めてくると思うが、かまわんか?」


 子爵は少し楽しそうにしゃべっている。それに対してカレルはぼそぼそと眉根を寄せてつまらなそうに応対していた。


「ユーマ姉様、ダン・グレゴリって誰ですか?」

「ああ、北の砦の主よ。王国騎士団の北方警備隊があるのは知っている?」


 隣のユーマ姉様にこっそり声をかけると、にっこり微笑んで応じてくれた。


「ああ、北の砦ですね」

「そこのトップがダン・グレゴリ隊長。わたしや兄様、カレルの師匠でもあるわ」

「師匠? 姉様の?」

「ええ。剣を教わったのよ」


 セレシュは目を丸くして目の前の女性を見つめた。フィグ兄様やカレルならわかるけれど、どうしてユーマ姉様が?


「わたしは女性騎士になりたかったの。だから、幼いころから剣と乗馬を習ったのよ」

「えっ、女性騎士?」

「ええ。王妃陛下やフェリス様にもついているでしょう?」


 確かに、男性王族には男性の騎士が付くけど、女性王族は女性の騎士と決まっている。――騎士との恋に落ちて云々、という例が後を絶たなかったから、だそうだけど。


「知らなかった……」

「明日は見回りにも出ないから、もしよかったら案内するわ」

「えっ、いいの?」


 セレシュは声を弾ませた。北の砦にも興味はあったが、ユーマ姉様が剣を習ったというその北の砦の主を見てみたかった。


「じゃあ、朝の鍛錬に一緒に行きましょう。朝食前だから少し早いけど、向こうで朝食をいただけるから」

「お願いします。カレルも一緒に行くよな?」

「……俺はいい」

「カレル、行ってこい。……砦の主に攻め込まれても面倒だ」


 首を横に振るカレルに子爵が少しきつい口調で言った。嫌そうに顔を上げるカレルは、しかし子爵の視線に負けて顔をそらした。


「わかりました」

「セレシュも動ける恰好をしておいてね? 剣は向こうで訓練用のものが借りられるから」

「わかった」


 嬉しそうに笑ったユーマ姉様は、手合わせが楽しみね、とつぶやいていた。

 まさか……今も鍛錬に通っているんだろうか。まさか、ね?


 ◇◇◇◇


 翌朝。

 まだ明るくなる前に起こされたセレシュは素早く身支度を整えると部屋を出た。最初の日にこの部屋まで案内してくれた家令の案内で玄関に向かうと、すでにカレルとユーマ姉様が待っている。


「おはよう、カレル。ユーマ姉様」


 少し元気に声を上げると、ユーマ姉様が唇に人差し指を当てた。まだみんな寝ている時間だ、あわてて口を閉じると、ユーマ姉様はにっこり微笑んで小声でおはよう、と返してくれた。


「サンドイッチを用意したの。空腹だともたないから食べていきましょう」


 玄関そばに置かれた椅子はもともとなかったはずだ。わざわざ準備してくれたのだろう。ワゴンにはティーポットとカップ、サンドイッチの盛られた皿が置いてある。


「……食べない方がいい」


 それまで無言だったカレルが口を開いた。


「あら、食べないの? わたしは食べるわよ」

「姉さんはいいけど、セレシュは食べない方がいい。……砦の朝練はかなりきつい。吐くともったいない」

「せっかく作ったのに……」

「いただきます!」

「……忠告はしたからな」


 カレルの忠告は確かに気になったけど、ユーマ姉様が作ったサンドイッチを逃す手はない。さっとサンドイッチを取り上げると、口に放り込んだ。

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