40.子爵令嬢は弟の連れに驚く
食堂に足を踏み入れると、すでにみんな席についていた。
「遅れてしまってごめんなさい」
「かまわんよ。いろいろおしゃべりをしていたところだから」
長テーブルの短辺に座った父上がにっこり微笑んで手招きしてくれる。わたしはくるりと見回した。
父上の左側、はす向かいに母上。さすがにわたしの服装を見てほんの少しだけ目を見開いている。そりゃそうよね、指示したはずの緑色のイブニングドレスではなく、普段着用の水色のドレスを着ていてアクセサリーもしていない。
正式な晩餐としてはいささか礼儀に欠ける。実際、父上も母上も、きちんと盛装して席についているもの。
でも、母上は特に何も言わず、目をそらした。
それから、弟のカレルに目を移す。二年ぶりのカレルはすっかり成長していた。がっしり筋肉のついた兄上とは違って、カレルはまだ成長途中なのかそれほど筋肉は感じさせない。
二年前のカレルはまだかわいいところが幾分残っていたけれど、目の前のカレルは大人の男に見えた。
「カレル、おかえりなさい」
「……うん」
こんな声だったろうか、と思いながらカレルを眺める。そういえば、男の子は声変わりをするんだった。きっとそのせいで声が変わったのだろう。
カレルは不機嫌な様子で、わたしと目も合わせない。……今日戻ってきたばかりで疲れているのかしら。
「なんだ、カレル。機嫌悪そうだな」
「……うるさい」
カレルの向かいに座る人物の声に、わたしは視線を移した。
銀色の髪を背中に流し、後ろでひとつにくくったその人は、声から男性だと知れた。
「ユーマ、席に着きなさい」
父上に促されてテーブルに歩み寄る。母上の向かい、客人の左隣に向かいつつ客人であろう人を見ていると、不意にその人が振り向き、席を立った。
「ユーマ姉様! ようやく会えた!」
「……え」
流れるような銀の髪、嬉しそうに細められた紫色の瞳。十人が十人振り返るほどの美貌ながら、母性をくすぐる幼さの残る青年の顔をまじまじと見つめる。
わたしより背の高いその青年は、さっと動くとわたしが座るはずの席を引いた。
「いっぱいいろいろ話したいことはあるけど、とりあえず座ってよ、ユーマ姉様」
「あの……」
自分をこれだけ知っていて、親し気に話しかけてくる人に誰、と聞くのは失礼だろう、とじっと青年の顔を見つめる。
自分を姉様と呼ぶ人はそう多くない。弟カレルと第一王女フェリス様。あとは……。
まさか。
「……セレシュ様……?」
目を見開きながらつぶやくと、目の前の青年は嬉しそうに笑った。
「やったっ、覚えててくれたんだ。久しぶりです、ユーマ姉様」
セレシュは椅子から手を離すと、立ち尽くしてしまったわたしの右手を取って額に当てた。
「本当にセレシュ様……?」
「やだなあ、前みたいに呼び捨ててよ。養成学校でぐんぐん背が伸びちゃって、カレルを追い越したんだ」
「そうなの……」
呆然としながらカレルの方を見ると、カレルは苦虫を噛み潰したような顔で目の前のグラスを睨みつけている。
「姉様が自領に戻ったって聞いたから、カレルについてきたんだ。あ、いちおうお忍びだから、様とかつけないでね?」
「……わかりました」
「敬語もなし。カレルと同じく弟だと思って扱ってよね」
それはフェリス様につい先日手紙で言われたことと同じで、ついわたしはくすっと笑ってしまった。王宮にいらした時も、フェリス様と競うようにわたしのところに遊びにいらしてた。
フェリス様を呼び捨てにしてるのを聞いて、自分もそうしろと強請られたっけ。
「わかったわ、セレシュ」
わたしがそう言うと、セレシュ様はにこっと笑った。体が大きくなっても笑い方は一緒なのね。なんだか懐かしい。
「久しぶりに会えて本当にうれしいよ、ユーマ姉様。さ、座って。おなかペコペコなんだ」
「ええ」
席に座って父上や母上の方を見ると、わたしとセレシュ様の会話を聞きながらはらはらしっぱなしだったみたい。父上は額に汗をかいてるし、母上は目を伏せてため息をついている。
「お待たせしてごめんなさい。父上、始めてもいい?」
「……ああ」
まだ視線の定まらない父上にかわってベルモントに合図を送ると、給仕たちが忙しなく動き始めた。




