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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第六章 子爵令嬢の兄は王都に戻る

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36.子爵令嬢の兄は王太子と再会する(4/4)

 早朝、きれいに仕上げられた礼服を身に着け、馬に跨って館を出た。

 すでに市門は開いていて、大通りには人が歩いていたが、昨夜ほど混雑はしていない。

 夜勤帰りの兵士向けに開けている店を眺めながら城へ向かう。騎士用の門をくぐるときに見覚えのある顔を見つけた。近衛のリニーだ。出仕してくる騎士たちの対応に追われて会話をする暇もなかったが、眉尻を下げて困ったような顔をしていたのが若干気になった。

 謹慎と停職は昨日で解かれていたらしく、門を通るのは問題なかった。

 馬をいつものように厩に預けて城の中を進む。この時間ならば王太子はまだ私室の方にいるだろう。

 今までなら、私室のすぐわきに自分の部屋があったから起こすところから自分の仕事だったが、今日から元の職に戻っていいかは聞いていない。

 王太子の私室に向かおうと足を向けたが、近衛に止められた。


「ベルエニー様には、王太子殿下の執務室で待つようにと伝言をいただいております」


 そう告げられては無茶もできない。おとなしく執務室へと向かう。

 書面の上では謹慎と停職は昨日で解かれているはずだ。

 だが、実際に職務に戻れるかどうかは別の話、ということか。

 覚悟はしていたが、それなりに喪失感を抱えつつ廊下を歩いていると、向こうからリニーが走ってきた。


「ベルエニー様。申し訳ありません。門のところでお止めするように言われていたのですが」


 ということは、もしかしたらここまで入りこんだのもまずかったのかもしれない。


「すまない。特に何も言われなかったものだから」

「王太子殿下の執務室にてお待ちくださいとお伝えする予定だったのですが……すみません」

「いや、わざわざ追いかけてきてくれたのか。ありがとう。……君にはいろいろ迷惑をかけているな。すまない」

「いえ、お気になさらないでください。これも仕事ですので」


 リニーに案内され、王太子の執務室へと向かう。

 この時間だとまだ来てはいないだろう。扉の前に立つと、護衛には話が通っているらしく、すぐに中に通された。

 案の定、まだ王太子はいない。

 いつもなら、執務机の傍が定位置だが、今日はまだその位置に立てるかどうか分からない。フィグがいない間、代理の者がここには立っていたはずだから。

 机の前に歩み寄って、王太子を待つことにした。

 待つ間に部屋の中をぐるりと見回す。一か月離れたところで、大して何かが変わったわけではないらしい。一護衛騎士が居なくなったところで、王太子の職務や生活には影響しない。

 だから、一か月の謹慎と停職も受け入れた。ぶん殴った時点でやめるつもりだったのだ。

 今さら免職も怖くはない。


 バタバタと派手な足音が聞こえて、勢いよく扉が開いた。


「フィグ! なぜ使いをよこさない!」


 聞きなれた怒声に振り返ると、王太子ミゲールが怒った顔で歩み寄ってきた。


「ご無沙汰しております。……使い、ですか?」

「……王都に戻ってきたのなら、なぜ知らせない」

「戻ってきたのが昨日夜遅くでしたし、急ぎの案件でもありませんので」

「お前の所在は重要案件扱いだ。……一度ぐらい連絡をよこせ」

「すみません」

「それから……その口調はやめろ。お前に敬語を使われると堪える」

「ですが」


 王太子は眉根を寄せてフィグをにらみつけた。


「……お前の停職と謹慎はもう解けている」

「ですが、私室への立ち入りは制限されました」

「だから、その口調をやめろ」


 フィグはため息をついてミゲールに向き直った。


「……俺はまだ、お前の護衛騎士でいていいのか?」


 その言葉が何を意味するのか、ミゲールには伝わったはずだ。

 あちこちからユーマの兄をいつまで傍に置くのか、と言われているに違いない。

 ユーマが王太子妃候補になる前からミゲールの護衛騎士だったにもかかわらず、婚家の人間が取り入っているだのなんだのとさんざん言われたのだ。

 自分たちがいろいろ言われるのは別にかまわない。だが、それでこいつに迷惑がかかるのは望ましくない。

 切り捨てるのなら今のタイミングだろう。

 だが、ミゲールは眉尻を下げた。


「俺の方こそ聞きたい。……お前にとって王宮はおそらく今までより居心地の悪い場所になるだろう。それでも、俺の傍で護衛騎士として居続けてくれるか? 俺を、助けてくれるか?」


 学友の言葉に、フィグは目を見開いた。それからおもむろに額に手を当ててため息をついた。口元には笑いが浮かぶ。


「……何だよ」

「いやー……久々に聞いたな、お前の熱烈なラブコール。懐かしいわ」

「……気持ちの悪いことを言うな」


 ミゲールはじろりとフィグをにらみつける。

 フィグは笑いをこらえて口元を押さえた。


「お前、卒業前のあの時とおんなじ顔してた」


 卒業前、と言われてミゲールは目を見開き、ぷいと顔を背けた。


「八年も前のこと、ほじくり返すなよ」

「いやあ、あれは熱烈だったからなあ。生涯忘れられねえ」

「……忘れろっ」

「いいや。忘れねえ。……それに、約束だからな。お前が必要としなくなるまで、俺はお前の傍にいる」


 フィグはにやりと笑ってそう告げた。八年前と全く同じ言葉を。

 それはミゲールも忘れていなかったのだろう。フィグの顔を呆然と見つめたあと、にやりと笑った。


「そうだったな。……フィグ・ベルエニー。今後も俺の専属護衛騎士として勤めよ」


 ミゲールは真顔に戻ると威厳を持った口調で告げる。フィグはミゲールの前に片膝をつき、頭を垂れた。


「謹んで拝命します」


 その仕草も、受任式の手続きなどまるで知らなかった八年前と全く同じだった。

 顔を上げたフィグはミゲールが差し出した手を掴んで立ち上がり、顔を見合わせてにやりと笑った。


「大体なあ、その程度の理由でお前を手放すと思うか?」

「分からないだろう? 護衛騎士なんて代わりはいくらでもいる」

「……お前以上に得難い人物がいないのに、代わりなんか見つかるものか。お前がいなかった一か月間、どれだけ苦労したと思う」

「そりゃお前、買いかぶりすぎだろ。俺ぐらいのならどこにでもいる」


 フィグはミゲールの大袈裟な言葉に苦笑を浮かべつつ口を挟む。ミゲールは首を振りつつ執務机の前に座った。フィグもいつものように机の横に立つ。


「……王太子でない俺を見る奴はそうそういない。お前、俺が王太子でなくなったらどうする。縁を切るか?」

「それも八年前に話したろ。ミゲールはミゲールだ」

「……そう答えられる人間は少ない。八年前も今もな」


 そういやそんな話をしたな、とフィグはちらりとミゲールに向ける。山と積まれた書類を取り上げながら、ミゲールは口を開いた。


「だから、お前は気兼ねなくそこに居ろ」

「ああ、約束だからな」


 そうして、フィグは王太子専属の護衛騎士に復帰した。

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