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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第六章 子爵令嬢の兄は王都に戻る

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33.子爵令嬢の兄は王都に向かう(3/29)

本日二話同時更新しています

 早暁、館の前には黒い馬がすでに準備を終えて繋がれている。今回は妹も護衛も伴わない単騎での王都行きだ。多少無茶をしてもいいように考えてある。

 闇月で戻ろうかとも思ったが、思ったより白妙との仲がいいらしい。今年のシーズンに種付けをするのだと妹が楽しみにしているから、今回は二頭とも置いていくことにした。

 家令のベルモントからコートとぼろきれのようなマントを受け取り、身にまとう。


「兄様」


 扉の開く音に振り返ると、妹が寝間着の上にガウンをひっかけただけの姿で出てきた。思わず眉根をひそめると、足早に妹に近づく。


「馬鹿、そんな薄着で出てくるんじゃない。寒いんだぞ、まだ」

「でも、着替えてる暇、ありませんでしたもの」


 歩み寄って妹の頭に手を乗せる。長かった髪の毛をばっさり切り落としたふわふわの栗毛を撫でる。


「父上と母上に会って行かないのですか?」

「挨拶は昨日済ませたからな」

「……兄様はときどき冷たいです」


 拗ねたように唇を尖らせる妹に口角が上がる。

 別に冷たいわけじゃない。親子の情がないわけでもない。

 必要な話は全て、昨日のうちに済ませてある。

 とりわけ父上には砦の件をくれぐれもお願いしておいた。

 この件だけは、放置してよい結果にはなりそうにない。

 諜報員が領内を跋扈しているのは見て見ぬふりしてもかまわないが、工作員や暗殺者なら許すわけにはいかない。とりわけその刃が妹に向かうのなら、全力で叩き潰す。

 その点だけは、父上も同意してくれた。

 フィグは妹を撫でつつ、目を眇めた。

 王都での情報収集はおそらく砦の手の者の方が得意だろう。今後どういう立場になるかはわからないが、今までのように貴族たちに睨みを利かせられなくなる可能性は高い。


「父上母上と仲良くな」

「もちろんよ。兄様も気を付けて」

「ああ。……お前もお転婆はほどほどにな」

「お転婆って……昔とは違いますっ」

「まあ、木登りはしなくなったよな」

「それだけじゃないわよっ」


 むぅ、と唇をとがらせる妹に、フィグは柔らかく微笑んだ。それから表情を引き締める。


「お前も分かってると思うが、街に出るときは十分気を付けてな」

「はい」

「一人で勝手にふらふら出歩かないように。……お前はもう十四歳の子供じゃないんだからな」

「わかってますっ」

「どうだか。……出かけるときは必ず誰か信用のおける者に一言言っていけ。でないと兵たちが総出でお前を探すことになる」

「ええ。――幼馴染たちでもいいの?」


 妹の言っているのは、ゲイルやトミーたちということだろう。だが、長く付き合いが途切れている状態では信用できるとはいいがたい。

 何とも返事をしないでいると、妹は大体察したのだろう。


「ベルモントかセリアに伝えるようにするわ。それでいい?」

「ああ、そうしてくれ。でないと父上と母上の心臓が持たない」

「大げさよ。……でも、気を付けるわ」

「それから――」

「まだあるの?」


 そろそろ寒くなったのだろう、ちょっと唇をとがらせる妹にフィグは苦笑した。


「闇月と白妙を頼む」

「ええ、任せて」

「……あんまり無茶はするなよ」

「はいはい。――お説教はそれくらいにして」

「わかった。……行ってくる」


 ぷんとそっぽを向く妹の頭を最後にぽんと叩いて、フィグは馬の方へ戻った。


「手紙、書きますから」

「……返事は書かないぞ」

「わかってます。兄様は筆不精ですものね。でも、たまには思い出してくださいね?」

「当たり前だ」


 手綱を受け取り、馬に乗る。妹は数歩寄って来て立ち止まった。


「フィグ」

「父様、母様」


 父上の声にフィグは馬の頭を巡らせる。妹と同じく寝間着の上にガウンを羽織っただけの姿だ。


「ごめんなさい、父様、母様。うるさかった?」

「いや……しばらく会わんと思うのでな。一応見送りにだな……」

「そうよ、なのに見送りはしないとか強がるんだから」


 なるほど、母上が強引に引きずり出してきたらしい。

 見送りはしない、と昨夜すでに言った手前、出て来づらかったのだろう。父上らしい。

 二人は馬の傍までやってきた。ついでにユーマもくっついてきて馬の鼻づらを撫でている。


「気を付けて行け」

「はい」

「それと、リューイにこれを渡せ」


 フィグは馬上から手を差し伸べた。父上の紋章で封緘がされた、少し上等な紙の封筒だ。中に何が入っているのか分からないが、随分分厚い。


「これは?」

「臨時で雇い入れた者たちの、次の職場の紹介状だ。中に手紙も入れてある。リューイが上手くやってくれるだろう」

「わかりました」


 王都の館は社交シーズン以外は使わないから、普段は最低限の人数で回して、シーズンになったら臨時で雇うようにしていたはずだ。

 シーズンの始まりにいきなり自領に引っ込むことになって、雇ったばかりの者たちの身の振り先を準備したのだ。

 どこも似たような状態で雇い入れたばかりで、再就職先を探すのは大変だったはずだ。

 フィグはもう一度その存在を確かめると、濡れたりしないように馬の背に括り付けた鞄の一つに丁寧にしまい込んだ。

 館には戻るつもりはなかったから、これは誤算だった。王宮に上がるより前に立ち寄った方がいいだろう。それに、旅装のままで御前に出るのも失礼にあたる。

 館で身だしなみを整えてから行くしかない。


「では、行ってまいります」

「ああ」


 扉の前で見送る三人の家族に軽く会釈をすると、フィグは馬の頭を巡らせた。

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