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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第四章 子爵令嬢をめぐる人々の事情

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26.第一王女は手紙を配る(3/18)

本日二本目の更新です

「まったく……愚兄ときたら」


 王宮の奥に向かう道をフェリスは歩いていた。

 先ほど兄から取り上げた四通の手紙――ユーマ姉様が自室に残していた手紙を配るためだ。

 無造作にポケットなどに突っ込んだものだから、すっかりしわが寄ってしまっているが、封は外れていない。


「それにしても、いつ届けたのかしら。ユーマ姉様を見送りに行ったのって結構早い時間よね」


 王太子妃の部屋は王宮のプライベートエリアにあって、そこまで入れる人間は数が限られている。

 いかにベルエニー家の人間と言えども、そこまで入り込むことはできないはずだ。侍女が荷物を取りに来てから、鍵は基本的に愚兄が持っている。

 スペアキーはある。今日、フェリスが兄を連れ出す前に立ち入った際も、スペアキーで中に入った。

 持ち出しの記録は取ってあるはずだから、後ほど確認はするつもりだけれど。

 今夜ユーマ姉様に手紙を書くから、その時に聞いてみようと心に決め、一人目の部屋の前に立った。


「レオ兄様、入りますわよ」


 ノックに続いて部屋に入ると、執務机の前で何やら書き物をしている兄が見えた。


「ああ、フェリスか。少し待って」


 勝手知ったる兄の部屋、フェリスは応接室のソファに腰を下ろした。侍従がさっとやってきて、紅茶のサーブを始める。

 紅茶の香りを楽しんでいる間に、レオはやってきてはす向かいの一人掛けに座った。


「で、何の用かな? あ、手紙は今書き終えたところだから、あとで渡すよ」


 ということは、今書いていたのがユーマ姉様に送る手紙だ。今日送るとどうして知っているのだろう。


「わかりました。じゃあ、姉様からこれ」

「ユーマから?」


 差し出した封筒を受け取りつつ、レオは眉根を寄せた。

 こちらからは出していない上に、封筒には名前以外の宛て書きがない。


「これ、どこにあったの?」

「あら、さすがね。……ユーマ姉様の部屋の机よ。いつ置かれたのかはわからないのだけれど」

「宛て書きがないし、ずいぶんしわくちゃだしね。……ユーマらしいな。お前の分もあったんだろ?」

「ええ。……見せないわよ?」


 わかってるよ、と言いながらレオは封を切った。

 愚兄とは違って、あっさりと便箋を広げたレオは、微笑を浮かべた。


「いいことでも書かれてまして?」

「まあ、ユーマらしいあいさつ文だね」


 兄がぽいと机の上に放り出した便箋に手を伸ばしてちらりと兄を見ると、小さくうなずいた。読んでもよい、ということなのだろう。

 内容はどうということはない挨拶だ。ただ、文のあちこちから『王族の方から姉と呼ばれる云々』『家族のようなものなどと云々』ととにかく恐縮しまくっていることだけは読み取れた。


「そうですわね。でも……どうしてユーマ姉様はこんなに自己評価が低いんでしょう?」

「まあ、仕方がないね。……ここに来た当時は本当に純朴な田舎の少女だったもの」

「それのどこが悪いのです? それは姉様の美点ですわっ」


 フェリスが憤慨すると、レオは苦笑を浮かべた。


「いや、別に悪くない。ただね……場所が悪かった。王宮なんてところは悪意の集うところだからね。まあ、フェリスももうわかってると思うけれど」

「……ええ、重々わかっていましてよ」


 デビューからこちら、あちこちの夜会や茶会に出て顔を売ってはいるが、今までユーマ姉様べったりで、他の派閥の令嬢との行き来がないものだから、苦慮することが多々ある。

 さすがに王女という立場が守ってくれることが大半だが、ユーマ姉様にはその立場もないに等しかったわけで、相当お辛かっただろうことは理解している。


「ユーマ姉様、本当に腰が低いものね」

「お前が真似しても何にもならないけどね」

「それはそうだけど……」

「それにね」


 レオはカップを取り上げて紅茶で唇を湿らせた。


「ユーマは全然弱くなんかなかったよ。夜会や茶会で悪戯を仕掛けられても、騒ぎ立てなかったし、むしろ加害者の不利益にならないように立ち回ってた」

「えっ? どういうこと?」

「騒ぎになること自体を回避してたよ。……自分の立場をよく知ってるなと思ったよ」

「どういうこと?」

「位の低い貴族の娘が、位の高い貴族の娘に食って掛かることはマナー違反だ。それは知っているね?」

「ええ。もちろんよ」

「だから、ユーマは文句を言えない。でも、物証があれば、何かがあったことを咎められるだろう?」

「物証って?」

「例えば、ワインをユーマのドレスにこぼしたとか」

「ええ」

「そうすると、今度はやった側が弱者になる。意味は分かるかい?」


 まるで授業のようだわ、とレオの口調を聞きながら、フェリスは頭を働かせる。


「えっと……ユーマ姉様が王太子妃候補だから、よね」

「正解。候補とはいえ、王太子の隣に座ることを許された人間に楯突いたわけで、それはひいては王太子に対して楯突いたも同じことだ。そうなると、やった側は圧倒的に不利になる」

「下手をすれば処罰もされるわね」


 そういう小説が確かあったなと思い出す。


「そう。だから、ユーマは立場をよくわきまえていた。人の観察もよくしてたしね。控え目も控えめ、欲がないんじゃないかと思ったぐらいだもんな」

「そういえばそうよね。ユーマ姉様の部屋にはいっぱいドレスや宝石があったけれど、ユーマ姉様自身が欲しがったものって一つもないって聞いたもの」

「そうらしいね。……ユーマらしい」

「ええ。……ユーマ姉様にはもっと自分に自信を持ってほしいと思っていたけれど、要らぬお節介なのかもしれないわね」

「そうだな。今のままで十分だ」


 レオはくすりと笑い、うなずいた。


 ◇◇◇◇


 次に向かったのは母上の部屋だった。

 今日は公務はないと聞いているけれど、休みというわけではないらしく。忙しく文官たちが出入りしている。

 先ぶれを出すべきだったなと思いながら部屋の前の護衛に声をかけると、すんなり案内してもらえた。


「母上」

「――それはナタリアのを手本にして頂戴。あら、フェリス、手伝いに来てくれたの?」


 部屋の真ん中に絨毯が敷かれて、ぐるりとクッションが並べてある。十人ほどの女性が車座になって座り、真ん中に山と積まれた端切れを手繰っては手を動かしているようだった。

 女性たちは入ってきたのが第一王女だと気が付いて起き上がろうとしたが、王妃がそれを制した。


「母上、これは何の騒動ですの?」

「端切れを縫い合わせてぬいぐるみを作るのよ。孤児院に差し入れるの。あなたもどう?」

「あとでお手伝いに参りますわ。あの、これを」


 少ししわの寄った封筒を差し出すと、王妃はそれを受け取って泣きそうな目をした。


「フェリス、あなたいったいこれをどこで……?」

「姉様のお部屋です」

「そう。……これを一つ持って行きなさい」


 王妃は手紙をそのまま執務机の引き出しにしまうと鍵をかけた。

 それから、棚に並んだぬいぐるみを取り上げ、フェリスに差し出してきた。いろいろな布をつぎはぎして作られたかわいらしいうさぎのぬいぐるみだ。


「わたくし、お人形さん遊びは卒業いたしましたわよ?」

「いいから。……あの子に送ってあげて」


 母上は声を潜めた。周りにいる女性陣の中にはユーマのことを快く思っていない人もいるのだろう。

 ぬいぐるみを受け取ると、フェリスは早々に部屋を後にした。


 ◇◇◇◇


 父上に会えたのは、夕食の後だった。

 今日は会議と執務に追われていて、夕食も執務室で摂ったと聞いて、フェリスは執務室へと足を向けた。

 今日は王宮の公的エリアにある執務室にいるらしい。

 先触れを出してから護衛を一人連れて執務室に行くと、すぐに取り次いでもらえた。護衛を扉の前に残して入れば、執務机の前に山と積まれた書類があった。


「父上」

「ああ、ここにいる」


 書類の山の向こうで、なにかが揺れている。左手らしいと気が付いて、机をぐるりと回る。

 微妙なバランスで山が積まれているらしく、侍従がひやひやしながら山の様子を見ているのがわかった。


「これを預かってきましたの」


 サインの手を止めて国王が顔を上げたのは、フェリスがそう告げて、書類と目の間に封筒を差し込んでからだった。

 よほど忙しいらしい。


「これはどこで?」

「姉様のお部屋ですわ」


 父上はすぐに封を開けると、すぐに目を通して、深くため息をついた。


「父上?」

「……どうしてミゲールは婚約破棄などしたのだろうな」


 便箋を机の上に置き、インクで汚れているのもかまわず顔を両手で覆った。


「姉様はなんて?」

「……恨み言一つなかったよ。わしら王族への感謝と忠誠しか書いておらん。よい娘だというのに……」

「父上。伺ってもよろしいですか?」


 フェリスの方に向き直った国王のほっぺたにはインクが付いていた。

 侍従にお湯とタオルを持ってくるように命じて下がらせると、フェリスは傍に寄って小さな声で尋ねた。


「父上は、兄上とユーマ姉様の関係が元に戻ればいいと思いまして?」

「それは……難しい質問だな」

「では、兄上が姉様を思っていて、姉さまが兄上を思っているのなら?」

「互いに思いあっているなら、問題はないだろう」

「ですわよね……」

「フェリス、お前は何を知っているのだ?」


 怪訝な顔をして見上げたところで、侍従がたらいを手に戻ってきた。父上の顔についたインクを拭い取りながら、フェリスはにっこりと微笑んだ。


「別に何も。二人には幸せになってもらいたいと思っているだけですわ。……インクは落ちましたわ」

「……そうだな。ありがとう」


 国王は手紙を元のようにしまうと、引き出しに収めた。フェリスは、再び父の手がインクにまみれながらも書類の上を走り始めるのを横目で見ながら、部屋を辞した。


 ◇◇◇◇


 四通目。これはセレシュ兄様宛ての手紙。セレシュ兄様はまだ寮から戻らない。

 寮に転送することも考えたけれど、もうじき卒業だと聞いている。

 王都から離れた学校まで送っている間に本人が帰ってくるかもしれないし、悩んだ末に、お部屋に置いておくことにした。

 部屋の鍵を借りてセレシュ兄様の部屋に入ると、机の引き出しの一番上に手紙を置いて、元通りに鍵を閉めた。

 本当は直接渡して反応を見たいところだったけれど、そうすると渡せるのはずいぶん後になる。

 遅れたら遅れたで詰られそうな予感もするので、あっさりと置いておくだけにした。

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