24.子爵令嬢の弟は頭を抱える(3/18)
「嘘だろ……」
掲示板に張り出された最終試験の結果を見て、カレルは眉根を寄せた。
王都からは程近い山間部に建立された全寮制の王立騎士養成学校。騎士を目指す者はその身分によらず入学が許可される。
カレル・ベルエニーも例にもれず、騎士になるために入学した。
もちろん、何の訓練も受けない者がたかだか二年で騎士になれるはずがない。それまでにどこかで基礎的な訓練を受けているのが前提だ。
その点、カレルは恵まれていた。
自領の警備兵たちのための訓練場は館の敷地内にあったし、砦に北方国境警備隊が駐留しているため、訓練する場も相手も困らなかった。
兄も姉も同様に騎士職を目指していたのも向上心に火をつけた。
特に姉に負けるのは堪えた。
冷静に考えれば、四歳年上の姉に勝てるはずもないのだが、それでも負けず嫌いのカレルは勝とうと踏ん張った。
姉に負けるたびに訓練メニューを増やし、体を鍛え直した。知識の面でも、姉の読んだ本はすべて読破した。
おかげで、入学時からずっと、座学も実技もトップを維持し続けてきた。
この学校では、卒業前の最終試験で主席を取れば、自分の希望通りの部署に配置される。それ以外では希望が通ることはまずない。トップ三十名が王宮内の各部署に配置され、以下は各地に散らばる王国騎士団の警備隊に振り分けられる。
その、最も大切な最終試験のトップにいたのは、自分ではなかった。
愕然と掲示板を見上げるカレルの肩をぽんと叩く者があった。
「残念だったね」
何が残念だ、と沸騰しかけた心を何とかやり過ごしてのろのろと振り返ると、そこに立っていたのはやはりあの男だった。
掲示板のトップに掲載された名前の男。……第三王子セレシュ。
銀髪を顎より長く伸ばして後ろでひとくくりにした王子は、制服である紺色の騎士服を身にまとっている。支給品だから自分と同じものであるはずなのに、なぜかあちこちに金銀の刺繍が施されているのは、洗濯から戻るたびに増えるのだともっぱらの噂だ。
「……お前に言われたくない」
「まあ、そうだろうけど。……でもこれで、僕の専属になるのは決定したことだし、これからもよろしく頼むよ、カレル」
差し出された手を叩き落せればどれほど楽だろうと睨みつける。
賭けに乗ったのは自分で、負けたのも自分なのだ。
「……俺はあんたのいいなりにだけはならないぞ」
ぐいと手を握り、力を籠めると同程度の力で握り返された。
「だからだよ。――真正面からぶつかってくるのなんて、カレルぐらいじゃないか」
騎士養成学校は、騎士を目指す者であれば身分を問わず入学でき、学内では平等に扱うとなっている。――建前上。
実際には親の爵位や身分によるヒエラルキーが存在していて、それを飛び越えることで被るダメージを無視するものは少ないのだ。
だから、王子たるセレシュにおもねる者は多くとも、物申す同級生など一人もいなかった。
「フィグ兄様とユーマ姉様の教えがよかったんだな」
にっこり微笑むセレシュの顔をカレルは憎々しげに睨みつけた。
試験の前に飛び込んできたニュースに心を乱されたのは事実だ。
姉が王太子に婚約破棄された。
直接姉から詫びる手紙が届いたが、それよりも先に噂で知っていた。
学内では知らない者はいない。おかげで、冷やかしに来る者やら励ましに来る者やらが後を絶たない。
それと同じぐらい、しれっと知らぬ顔をする者が増えた。未来の王太子妃の身内だからとすり寄ってきた者たちだ。
とりわけ、入学以来友だと思っていた者が離れて行ったのは少なからず動揺した。
自分も人を見る目がないらしい、と落胆もした。
試験の実技でその彼と当たったのは不運だったとしか言いようがない。
その試合はかろうじて勝てたものの、トーナメント決勝戦ではセレシュにあっさりと敗北を喫した。
姉の一件がなければ、勝てたはずの一戦。
姉を恨むつもりはない。婚約破棄してきたのは王太子なのだ。
だが、姉の名をセレシュから聞かされると嫌な気分が胸の内にわだかまる。
「姉は関係ない」
カレルの言葉に、セレシュはくすりと笑った。紫色の瞳が細められる。
「ともかく、卒業したら一か月後には王宮勤めだ。それまでにベルエニー領へは戻るんだろう?」
「一応、両親へ報告のためにな」
「そっか。……なあ、カレル」
名を呼ばれて、カレルは伺うようにセレシュの顔を覗き込んだ。
「ユーマ姉様は、年下はお嫌いだろうか」
「……は?」
思わず目を見開いたカレルは、セレシュがその白い肌を桜色に染めてぷいと横を向くのをまじまじと見つめた。
何の冗談だ。いや、何のために自分を揺さぶろうとするのだ。
姉の婚約破棄でただでさえ疲弊しているのに、こともあろうに第三王子の世迷言まで聞かされるとは。
しかも反応が……まるで少女のようではないか。
ここが学内で本当によかった、とカレルは目を伏せてため息をついた。
「……とりあえず、こんなところでする話じゃないだろ。そんなに噂になりたいのかよ」
「いや、その……すまない」
頭をかくセレシュの周りに人だかりができる。こうなるとカレルに向けられる視線も面白いものばかりではなく、握られたままだった手を離してさっさとその場を離れる。
「カレル! 先ほどのは本気だからなっ!」
背後から追い打ちをかけるように飛んできた声にげんなりと肩を落として、カレルはため息をついた。




