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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十七章 王太子の断罪
196/199

191.王太子は考える

遅くなりました

「そなたとユーマとの婚約は、許可いたしません」


 王妃の言葉に体が強張る。

 血の気がひいていくのがはっきりわかる。

 大声を上げて否定したい自分がいる。抗おうとする自分がいる。

 なのに、声をあげようにも動けない。拳を振り上げようにも小指一本動かない。

 当たり前だ、と詰る声がある。当然の仕打ちだと、諦めようとする自分がいる。


 無理筋なのはわかっている。

 一方的に想いを押し付け、半ば強引に結んだ婚約を、一方的に破棄した相手。

 再び縁を結ぼうなどと、望むこと自体が間違っているのだと、そう囁く声がする。

 あんな形で別れておいて、あれほど傷つけておいて、いまさらなにをと言われるのがオチだと。


 でも。


 彼女以外を向くことができなかったのだ。

 そして、彼女が誰かの手を取ることも、耐えられないと。

 離れたからこそ、自覚した。

 彼女以外、要らない。

 そのために必要ならば何だって差し出せる。

 そう、思っていたのに。


 母上の言葉に決心が揺らぎそうになる。

 王族としてこうあらねばならないと、叩き込まれた価値観が邪魔をする。

 父上に、母上に()()()()()()()()と、ずっと()()()()()()()振る舞ってきた。


 でも。


 あの人は……父上は誰でもいいと言った。

 自分で選べと。

 ならば……譲らない。


「……聞けません」

「ミゲール」


 咎め立てる声に、ミゲールは顔を上げる。

 眉根を寄せた王妃の目を正面から真っ直ぐ見据えると、王妃は視線をひたと定めたまま、口を閉じた。


「父上と約束しました。だから」

「ミゲール」


 母上の言葉は聞きません、と続けようとしたミゲールの言葉を、より強い語調の王妃が遮る。

 だが、母上の目に浮かぶのは怒りではなかった。

 逸さぬように力を込めて王妃の視線を受け止めれば、やがて王妃はため息をつき、目を伏せ。


「……だめよ」


 弱々しく呟いた母上は、次に目を開けたときにはもう王妃の顔をしていた。


「ならば聞きましょう。……あの子をここに再び迎え入れるために、そなたはなにをしましたか?」


 その問いかけに、ミゲールは上がりかけていた口角を下げる。

 王妃は深々とため息をついた。


「昔話をしましょう。……十四年前、転地療養から戻ったそなたが私たちに言った言葉を、覚えていますか?」


 十四年と言われてミゲールはほんの少しだけ目を細めた。


「ええ、もちろんです」


 ベルエニーから戻ってすぐ、王位を目指すことを宣言した。そのための鍛錬も勉強も、それこそ死ぬ思いでこなしてきた。

 レオを王太子にと傾いていた貴族たちの心を、再び自分に傾けさせるのは簡単ではない。

 今もまだ、レオを推す勢力が完全に消えたわけではないし、自分が再び病を得る可能性だって捨てきれない。

 事実、少しの間とはいえ仮病で公務を休めば、雀どもがうるさく動き出した。

 それでも王位を手にすると、家族に宣言したのだ。


「あの時、そなたは何と言った? 彼女の笑顔を守りたい、と、そう言ったであろう?」

「はい」


 子供の戯言、と言われても仕方なかった。

 今ならわかる。

 王子が辺境の男爵位の娘を欲しいと言ったとて、誰も本気にはすまい。

 それでも両親は、体の弱かったミゲールが自らやる気を出したことの方を重視した。

 息子の希望を頭ごなしに潰すのではなく、鼻先にぶら下げた人参として使った。

 結果、こうして自分は立っている。

 彼女を守るために。


「そしてそのために婚約を破棄したことも」

「はい」

「ならば、ミゲールよ。今のままで彼女を呼び戻して、笑みが消えぬと思うのか?」


 睨みつけられてミゲールは眉根を寄せる。

 次期王妃として相応しくあらねばならない、と言い続けられ、笑みを削られ、やりたいことの一つもままならず。

 婚約者となれば、他の三人に気兼ねせず、好きなことができるようになると思っていたのに、あの誕生祝いの日にそれも叩き潰された。


 今やるべきことは、彼女が安全に宮中で暮らせるようにすること、彼女のやりたいことを阻害する要因をなくすこと。


 あの事件は、三家のどれかの仕業か、もしくは三家が結託した結果だと言われている。

 男爵……今は子爵だが……の小娘一人、簡単に潰せるという意思表示だ。

 子飼いの影に捜査はさせたが、綺麗に隠されてしまったのも気に入らない。本来なら互いに貶める格好の機会であったのに、三家が三家とも綺麗に口を拭い、ユーマの心配だけを口にしたのだ。

 三家がそんな口清い存在でないことくらい、ミゲールも知っている。だからこそ、その余裕っぷりが逆に胡散臭い。

 それに、もし本当に主犯だったとして、三家を完全に排除することができるかと問われれば、すぐには難しいと言わざるを得ない。せいぜい家長の更迭までだろう。それでも一定の力を削ぐことはできる。


 三家の姫がユーマを慕っていることは嬉しい誤算だった。最近では三人が集う隠れ蓑にされているが、その分三家の動きが読みやすくなった。

 三人ともが女性ながらそれぞれに自分の夢を叶えようと努力していることも、手紙のやり取りを仲介するようになって知った。

 彼女たちの夢に対する熱い思いは、王妃教育の一環として、義務的に月に一度茶会で顔を合わせるだけでは知り得なかった。

 そして、ユーマも同じように夢を持っていたことも。……ユーマが盛大に勘違いをしていたことも、教育係から受けていた嫌がらせも。

 王宮内で彼女の身を守りつつ、彼女の心も夢も守る。

 それがミゲールが推し進めようとしている、女性騎士団の正式発足の目的である。


「手は考えています」

「考えるだけで物事は動かない」


 ぱちりと扇を閉じた王妃の言葉に、ミゲールは目を眇める。


「そなたがユーマのために動いているらしいことは聞いているし、そなたから正式に報告が上がってくるまでは任せるつもりであった。……今回の騒動がなければ」

「……はい」

「他の者と同様の罰を与えれば、そなたは春まで動けなくなる。……それでは困るのよ」


 弱々しく付け加えられた言葉に目を見張ると、王妃は眉尻を下げ、王妃の仮面を外して微笑んだ。

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