189.子爵令嬢は努力を始める
結局、あの後はブレンダの愚痴大会になり、おばさまたちがこっそり置いていった紅茶で酔っ払ってーーわたしやマリーの話になる前に二人は撃沈した。
うん、おばさまたちが紅茶のカップに何か垂らしているのは知っていたの。わたしの方を見てウインクして寄越すんだもの、何か企んでるのは丸わかりで。
わたしの前に置かれたティーカップからはアルコールの香りはしなかったけれど、二人はむしろいい香りだと喜んでいた。
のでまあ、そのままにしておいたのだけれど。
……ブレンダ、相当頭に来てたのね。寝入るまでずっとグレンの文句ばかり言っていた。
その上、グレンはわたしを引き合いに出してブレンダをからかっていたみたい。
……聞いている限りでは、途中からからかいの範疇超えてた気もするのだけれど。
おかげで恨み節まで聞かされてしまった。……六年も不在にしたことまで。
本当に良い友達だ。わたしにはもったいないほどの。
寝入ってしまった二人は客間に運んでもらって、わたしは部屋へと戻った。
机の引き出しから封筒を取り出す。聖誕祭の時に贈られたカードは色とりどりで、孤児院の子たちからのものも入っていた。
春が来ればもう一年。
あっという間だった。いろいろなことがあったし、新しい出会いもあった。
まだ一年、と思うけれど、こうやって時を重ねて、辛いこともいつかは忘れていけるのだろう。
子供たちももう、わたしの顔を覚えていないかもしれない。
それに、今のわたしは日にあたらず真っ白な肌のままではないし、髪の毛も短くなった。……まあ、少し伸びたけれど。
だから、そろそろ思い切るべきなのだ。
やすらげない。
ブレンダの口にした言葉。
完璧な王妃様をお手本にして、完璧であろうとした。……そうしろと教育係は言っていたのだもの。
山猿丸出しな田舎娘を気まぐれで面白がって選んだのだから、せめて隣にいて笑われることのないよう、王太子様の疵になるようなことのないように、と。
だから、完璧であろうとした。
誰からも笑われることのないように。
でも。
……だから、あの方は笑わなくなっていったのかもしれない。
茶会でも夜会でも。
王宮に上がった頃はまだ、微笑みかけてくれたし笑った姿も見た気がする。
それが大人になることなのだ、と言われてしまえばそうなのかもしれないと飲み込むしかなくて。
……わたしが間違っていたのかもしれない。
でももう、今さらだ。
ほんのり青いカードを子供達のカードで隠して、わたしは引き出しを閉じた。
机の上に置いてあるのは、北の館から取り戻してきた、わたしの覚え書き。何冊も積み上げられている。
王宮に上がったデビュタントの翌日からあの日までの。
六年間の、わたしの軌跡。
これだけのものを読むのにどれくらいの時間がかかるだろう。
ただ読むだけではない。
目録と照らし合わせながら、欠けたものがないかを調べなくてはならない。
なるべく事務的に、書きつけられた事象のみを抽出して、載せられた感情を、その時の思いを思い出さないようにしなければ。
「セリア」
「はい」
「しばらく篭るわ。誰も中には通さないで。食事や飲み物は外に置いておいて。適当に食べるから」
「お嬢様……」
「父上には許可をもらっているから。……お願いね」
「……かしこまりました」
微妙な……ううん、わたしを心配しているのだろう、不安そうな顔をして、セリアは出ていった。
六年間と向き合うのに、何日かかるだろう。
わたしは、ちゃんと思い切れるだろうか。
手ずから茶を入れて、席について。
心を決めて、ページをめくった。
書くの忘れてた!
ユーマの領主代行業はこれで終わりです。
続きはしばらくまたお時間いただきます
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