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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十六章 子爵令嬢の領主代行業
193/199

188.子爵令嬢は領主代行を返上する

 リカオンと蜂蜜酒を配り終えたあとはわたしもみんなに混じって語り合った。


 母上の料理教室はなかなか好評らしい。ブレンダや同年代の子はもちろん、母上の世代の奥様方からも春以降の継続を期待されている。

 我が家に集まる子供たちも、毎日の楽しみになっているみたい。日に日に増えてたりするのよね、人数が。

 ぜひあなたも参加を、と促されたけれど、父上の代行で忙しいからとかわす。

 いいのよ、今年の春こそちゃんと自分で編み物を完成させるんだから。


 砦の方はと兵士たちに混じって話を聞けば、視察団の後片付けやら年度末の整理やら報告書やらで大忙しだったみたい。

 砦の居住区も改修された効果はあったらしくて、硬い寝床はそのままだけれど骨身に染みる寒さは若干緩和されたらしい。

 視察団の人たちは、この時期に実際に寝泊りしてあまりの寒さにびっくりしたそうだ。さらに改善するべきだと追加予算を奏上してくれているらしい。


 そんな感じで話の輪を渡り歩いていたら、冷たい風が吹いた。

 一斉に皆が顔を上げる。

 冷たい風が吹き始めると、聖誕祭は終わりだ。冬の暖かな日差しはあっという間に傾く。

 みんな手慣れたもので、あっという間に片付けは済んだ。締めくくりの挨拶もない。そんなことをしていたら、せっかく蜂蜜酒で暖まった体が冷えてしまうから。


「よい聖誕祭だった」


 広場を足早に去っていく人たちは、わたしや両親にそう言い残して行った。


「ユーマ、ご苦労だったな」

「父上」


 声をかけられて振り向けば、父上と母上が揃って立っていた。


「忙しくさせてすまなかった。このとおり、十分休ませてもらったからな、明日からは復帰できる。もういいぞ」


 そう告げた父上の笑顔が少しだけ恨めしかった。





「それ、もしかして仮病だったんじゃない?」


 そんなことをさらっと口に出すのは宿屋のマリーだ。幼馴染で昔からよく出入りしていたからだろう、マリーもブレンダも、ここにはいないけれどハニーチェも、結構遠慮なく話してくれる。もちろん、父上のことだって容赦はない。

 二人の親も、父上とは幼馴染なのだ。よく飲みに誘われたりしているのをわたしも知っている。


 聖誕祭が終わってから執務に復帰した父上は、会合と称して毎日のように街に降りていく。わたしがやっていた時のように陳情が上がってくるのを待つのではなく、直接歩いては些細なことでもくみ上げる。

 父上がみんなに好かれている理由でもある。今日も早々に出かけている。

 毎日毎日、散々酔っ払っては運ばれてくるので、母上の機嫌はだだ下がりだ。今日のお菓子教室はパンに変更になったと聞いたけれど、鬱憤晴らしなのかもしれない。


「でも、聖誕祭の朝だって相当痛がっていたもの、嘘には見えなかったわよ?」

「そりゃあ演技が上手いんでしょ、領主様だもの」


 その理屈がわからない。が、二人は知っているらしく、アイコンタクトで笑っている。

 近くにいた子まで頷いているところを見ると、本当にそうらしい。

 父上が演技? ……想像もつかない。


「それより、どうして来ないのよ。もう領主代行はなくなったんでしょ?」


 ブレンダが目を釣り上げている。母上のお菓子教室のことだ。忙しいから参加しない、と言う口実はなくなったのだもの、と詰め寄られても、参加できないことには変わりない。


「……やらなきゃいけないことがあるから」

「やらなきゃいけないことって?」

「ちょっと、ブレンダ」


 マリーの制止にわたしは薄く笑う。……彼女たちに説明できない理由を口実にするのは、気がひけるけれど。


「それってもしかして、王太子様がらみ?」

「ちょっとっ!」


 マリーがブレンダの口を手で塞ぎ、周りを見回す。この部屋には女の子達だけじゃなくて、編み物や織物を教えるおばさま達もいる。

 わたしたちだけの時ならばともかく、迂闊なことを言えば問題になってしまうかもしれないのに。


「もういいじゃない、向こうから縁を切って来た相手のことなんか、気にしてやる必要あるの?」

「だから、黙ってってば!」


 マリーの手を引き剥がしてブレンダが言い放つ。

 女の子たちのきゃらきゃらと笑う声がピタリと消え、薪の弾ける音だけが響く。


「忘れなさいよ。そうしなきゃいつまでも前に進めないじゃない。男なんていくらでもいるんだから」

「もう、ブレンダったら……そんなこと言って、また振られるわよ」

「もう振られた!」


 マリーが苦笑する横で、ブレンダは胸を張ってきっぱり言う。わたしから見てもブレンダはいい女だと思うんだけど。


「見る目のない男ね」

「全くよね。だから振られて正解!」

「あんたってば、本当に前向きねえ」

「いいのよ、世の中に男は星の数ほどいるもの。もっといい男はいくらだっているわ。でしょ?」


 マリーの心底呆れたって声に、ブレンダはにやりと笑う。

 これくらいの強かさがわたしにもあれば、きっぱりさっぱり思い切れるのだろうか。


「そうね、もう済んだことよ」


 わたしはどんな顔をしているだろう。きっと、ぎこちない笑顔になっているだろう。それくらいはわかる。


「でも、やらなきゃならないから」


 そう押し出して、一瞬だけ目を伏せる。

 わかってる。

 こうやって皆と一緒に過ごすのはとても楽しくて居心地がいい。

 でも、その裏でやらなきゃならないことを明日に先延ばししている自分がいて。

 本当の意味では全然楽しめない。

 いつかくるその時を、必ずくることがわかっているその時を、じりじりと見つめながら来るなと念じて。


「ユーマ、ほんとあんたってば真面目すぎ」

「本当にね。ユーマ、もう少し肩の力抜きなさいよ?」

「……ええ?」


 深々とため息をついた幼馴染二人に口々に言われる。


「領主様……あんたのお父上だってうまーく力抜いて手を抜いてやってんの。わたしらだって一緒」

「ユーマは真面目だから、なんでも頑張っちゃうのよね。それはあなたのいいところではあるけど、四六時中気を張りっぱなしじゃ疲れるわよ」

「そうね、そばにいても安らげないって言うか」

「……やすらげない」

「そうそう、あいつ振る時に何て言ったと思う? 『君はいつも怒りっぽくて一緒にいても安らげなかったよ』ですって! 馬鹿にしてくれるわ! あたしがいつもいつも怒ってたのは、あんたが怒らせてたからでしょーがっ! まったく、冗談じゃないわよっ!」

「ええ、彼そんなこと言ったの?」


 どうやらマリーはブレンダの彼氏を知っていたらしい。まあ、狭いこの町の中だもの、みんなだいたい顔見知りだわね。


「王都に行って変な女に引っかかって苦労すればいいわっ!」

「ええー、そんなこと言っていいの?」

「知らないわよっ! 勝手にすればいいのよっ!」


 王都にって……ええ?

 視察団について山を降りたのは、ミーシャ親子を除けばグレンしかいない。


「まさか、グレン……?」

「聞きたくないっ!」


 ブレンダはそう言って両耳を覆ってしまった。

 えええ……嘘。全然知らなかった。いつから?


「本当に?」


 ちらりとマリーの方を見れば、肩を竦めて見せる。どうやら本当みたい。


「ちょっとっ、マリーっ!」

「ユーマだって聞きたいわよねえ?」


 だって、グレンはわたしの護衛にもよくついてくれていたし、気心が知れた相手でもある。

 そんな彼と、ブレンダでしょう? 気にならないはずはない。うん、はしたないことはわかっている。でも。

 首肯はしなかったけれど、否定もしなかった。


「……っ、そのかわり、あんたたちの話も全部聞かせなさいよっ!」


 マリーの攻勢にブレンダは真っ赤な顔で怒っていたけれど、照れて怒っているのは丸わかりで。

 二人の馴れ初めと照れて可愛いブレンダの話と、グレンのロクでもない話は、あっという間に領内に知れ渡ったのは言うまでもないーー。

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