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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十六章 子爵令嬢の領主代行業
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186.子爵令嬢は文をしたためる

 夕食を終え、子供たちを見回ってから部屋に戻った。夕方から吹雪いてきたから、全員我が家で預かることにしたのだ。

 熱を出したというサムも夕方には起き上がれるほどまでにはなっていた。みんなと一緒の部屋がいいと言っていたけれど、小さい子と一緒では落ち着いて眠れないと思うのよね……。

 見舞いに来た子供たちの様子から、サムはみんなに慕われているのがよくわかる。一緒に寝たいとぐずる子もいて、結局は同じ部屋に戻っていった。


 それにしても、リリーには驚かされっぱなしな気がするわ。

 ……そうね、春がきてリリーが王都に帰れるように、してあげなくちゃ。

 やらなければならないことはわかっている。

 こうやって忙しくしているのは逃げだってことも。

 いずれ……ううん、父上が回復して、聖誕祭が終わったら。

 ーーわたしもきちんと向き合おう。


 机の引き出しを開ければ、あの封筒がある。執務が終わって戻ってきたときに持ち帰ったものだ。

 ふわりと香る匂いに胸を締め付けられながら、封を開ける。


 いつもより分厚いのは、フェリスからのもの。ベルエニーを実際に見て感じて、思ったことがたくさんあったみたい。色々あったけれど、行ってよかったと締めくくられていた。


 ライラ様からも分厚い資料。……資料?

 そういえば、来年の計画がどうとか言っていた。資料はそのためのものみたい。

 本格的な屋根付き闘技場の建設計画まである。資材と人員の試算表も。建設に携わる人たちの寝泊まり用に建てる住宅は、最終的には武闘会参加者の宿として使うところまで考慮に入れてあった。

 ライラ様には申し訳ないけれど、あの場所は市場としても広場としても使うから、認めるわけにはいかない。

 そもそも、そんな広い屋根を持つ施設なんか作ってしまったら、雪下ろしが大変だわ。雪の重みで一日で潰れてしまうかもしれない。屋根をつけないのなら仮設のもので充分だ。

 これは申し訳ないけれど、諦めてもらおう。


 ミリネイア様とシモーヌ様からは、王都にお店を開く準備をはじめたとあった。ミリネイア様が各国の伝手を使って集めた品物を、シモーヌ様のお店に置くのだとか。

 まずは国外から集めた希少価値のあるものばかりを並べる貴族向けのお店。それから庶民向けのお店も予定しているのだそうで、国内の質が良くて庶民にも手ごろな品物を探しているのだとか。ベルエニーにも買い付け商人を派遣したいとあった。

 これは……父上に相談した方がよさそうね。もし来るとしても春になってからでしょうけれど。

 接客するのは孤児院から引き抜いた子たち。読み書きを教えて呑み込みの早い子を店番として雇って、貴族の相手もできるように徹底的に立ち居振る舞いを学ばせたのだとか。

 わたしが慰問に訪れていた孤児院からも何人か引き抜いたとあって、いくつか顔が思い浮かぶ。


 そんな話を聞くと、春になったらこっそり王都に戻ろうか、なんて気になってしまう。

 でも、まだ無理ね……。貴族向けのお店に出向けば、きっとわたしを知る人と鉢合わせてしまうに違いない。春になれば一年が経つけれど、大手を振って王都に顔を出せるほどの度胸はわたしにはないわ。

 春には買い付けに商人を差し向けるとあったから、その方と一緒にこっそり王都まで行こうかしら。それなら、カムフラージュになるかもしれない。


 レオ殿下からは、丁寧な詫び状が送られてきていた。

 兄上がお咎めを受けるようなこともなかったそうだし、少し胸のつかえが降りる。そういえばどうして兄上を伴ってレオ殿下が来たのかしら。そのあたりは聞いておきたかったけれど。……でもまあ、兄上はわたしに何も言わなかったし、行き会ったのは本当に偶然で、お遊びの延長だったのかもしれない。


 最後の一枚、セレシュ様の手紙だろうと思って開いた便箋からは、ふわりと香りが広がった。……あの方の。

 どうして、と視線を落とせば、ほんのり青い便箋の真ん中に、たった一行だけ。


 ――もう雪は降っているか?


 記名も何もない、その一文は間違いなくあの方の手によるもので。じわりと視界が滲む。

 ……中身はともかく、たったそれだけで心が騒ぐのを抑えられない自分がとても情けないけれど。

 でも、どうして……?


 雪の話を、あの方にしたことがあっただろうか。

 週に一度の茶会でも、大した話はしなかったはずなのに。

 ああ、でも最初の頃は、ベルエニーの話を聞きたがっていたように思う。幼いころから体が丈夫でなかったというあの方は、あまりあちこち行ったことがなかったのだとかで、知らない土地の話を聞きたがった。

 その時に話したのかもしれないわね。……そんな昔の話を、よく覚えていたものね、と感心すらしてしまう。


 でも。

 じゃあ、なんで今さらここの雪の話なんか聞きたがるの……?

 それとも、何かの暗喩なの?


 色々思い返してみたけれど、わからない。

 ただ単に、この地の天気が知りたかっただけなのかもしれない。雪が降り始めてしまえば、北の大門を超えて隣国が攻めてくることはないから。

 その程度の話なら、クリスに直接聞けばいい。

 そうしなかったことに――わたし宛の手紙に紛れ込ませたことに、何らかの意味があるのだとしたら。


 そこまで考えて、頭を振る。

 考えたところで仕方がない。……わたしはもう、婚約者でも次期王妃でも何でもないのだもの。


 心を落ち着かせてから便箋を机に広げ、フェリスたちに返事を書いていく。明日クリスが取りに来る時間が分からないから、今日のうちに書いてしまわないと。

 次回は取りに来る時間をを決めてもらおう。

 明日も、父上の代わりをこなさなければならない。なにより聖誕祭はささやかな祭りとはいえ、本格的な冬を迎える前の唯一の楽しみだもの。

 わたしも久しぶりに楽しみたいし。


 そんなことを思いながら、筆を進める。

 フェリスやライラ様と会ったのが昨日のようにも思えるのに、あっという間ね。


 全員分の返事を書いた後、わたしは薄黄色の便箋を取り出し……さらりと一文だけ書いた。


 ーー雪下ろしが大変です。


 誰宛とは書かず、それだけ。

 フェリスたちへの返事を書きながら、あの方の手紙の意味をずっと考えていた。

 婚約者でもなんでもなくなったわたしに、送る文に、なんの意味があるのかを。

 だって……いまさら、ですもの。

 ……ええ、未練を捨て切れていないわたしが言うことではないでしょう。けれど……それならばなおさら、意味のない文など送っても仕方がないはずで。

 そこまで考えて、わたしは考えることをやめた。

 ……自分に都合の良い理由をつけてしまいそうになったから。

 だからーー裏を読むのはやめて、ただ文面通りに受け取ることにした。


 それに、これがあの方に確実に渡るかなんて、分からないから。

 薄黄色の便箋を一番外側にして、封筒に収める。

 ……願わくばーー誰かの目に止まりますように。誰かの目に止まりませんように。


 そう願いつつ、封をした。

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