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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十六章 子爵令嬢の領主代行業
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185.子爵令嬢は宰相夫人の秘密を知る

「それぼくのだっ」

「早い者勝ちに決まってんだろ」

「おい、トム!」

「悔しかったら早く大きくなってみろってんだ」



「……ずいぶん賑やかね」


 わいわいと走ったり飛んだりしながら喚く子供たちに圧倒されながら、わたしは手元の編み物を手繰り寄せる。


「今日はこれでも大人しい方なんですよ」


 にこにこと子供たちを見守るのはリリーだ。

 その目には子供たちへの愛が満ちている。

 リリーって子供が好きなのね。宰相夫人っぽくすました時のリリーからは全然想像できない。


「これで?」

「ええほら、今日はサムがいないから」

「サム?」

「トムの相棒なんです。子供達の中では一番背が大きくて、いっつも薄着で走り回っていて。室内だからいいんですけれど、外にもあの格好で出ようとするから」

「それはダメよ」


 冬の寒さを知らないのだろうか。この町で生まれた子供たちなら知っているはずなのに。


「ええ、案の定風邪をひいたみたいで、別室で暖かくして眠っています。……どうも我慢大会をしていたみたいなんです、庭で」


 こんな寒さの中で我慢大会だなんて。うっかり吹雪に踏み出して方向が分からなくなったら、あっという間に凍えてしまうのに。


「庭でもダメよ。何かあってからじゃ遅いのに」

「ええ、アンヌさんにこんこんと叱られてましたわ」


 アンヌでよかった。ベルモントだったらお説教だけでは済まないもの。


 部屋で賑やかに過ごす子供たちをぐるりと見る。

 あの事件に関わった子供たちも何人かいる。でもその表情に憂いはない。

 そういえば、わたしが小さい頃もこんな風に街の子たちが集まってわいわい遊んでいたわね。

 あの頃はカレルも小さくてやんちゃで、兄上が仲裁に入ったりして、それなりに賑やかだった気がする。ここまでじゃなかったと思うけれど。

 本を引っ張り出して読む子もいたし、見守る大人たちと一緒に縫い物や編み物を覚える女の子もいた。菓子作りやお料理を教わる子もいたわね。

 雪が小止みになると庭に出て雪合戦をしたり、雪像を作ったり。もちろん暖かい格好をして、だけれど。

 それから、お茶の時間に出るお菓子がとても美味しかったのを覚えている。子供たちの親が持たせてくれたものをみんなで分け合ったり、子供たちが作ったものを食べたり。

 ……もしかして、母上も同じように作ってくれていたのかしら。今度母上に聞いてみなくちゃ。


「そういえば、リリーも母上のお菓子教室に通っていると聞いたわ」

「え……」

「昨日セリアがね」


 すると、途端にリリーは青い顔をしてわたしの手を両手で握ってきた。


「……内緒にしていただけますか?」


 その様子がとても真剣……いいえ、むしろ鬼気迫るものがあって、わたしは目を見開きながらも頷いた。

 リリーが菓子を作っていることを知られてはまずい、ということよね?

 でも、教室に参加している者たちは知っているわけで、わたしに口止めしてもあまり意味はないように思うのだけれど。何より母上が知っているのだし。

 ……もしかして、宰相夫人が料理を習っている、という事実そのものが問題なの……?

 だとしたら、セリア にも口止めしなくては。


「あの、ユーマ様……?」

「ごめんなさい、わたし、ちっとも知らなくて。……セリアには口止めしておくわ」

「え、あ、あの」

「他に知られたくないことがあれば、遠慮なく言ってくれる?」

「いえ……その、ここではちょっと」


 リリーはそう言いながら部屋の中を見回す。そういえば静かになったわね、と見れば子供たちは皆一様にこちらを見ている。にやにやとあからさまにからかいを含んだ笑顔に、わたしは編み物を手に腰を上げた。


「……場所を変えましょう」

「は、はい」


 何故か子供たちが何やら囃し立てるような様子に首を傾げると、リリーが俯き加減に先に立った。


「さあ、参りましょう、ユーマ様」

「……ええ」


 彼女の背を追いながらあとを入ってきたセリアたちに託す。賑やかさが戻った部屋を後にすると、廊下の底冷えする空気にショールを思わずかき寄せた。


 先を行こうとするリリーを呼び止めて、少し離れた厨房近くの小部屋に入る。

 冬の間はなるべく皆が一緒の部屋にいて、薪を節約するのだけれど、時々一人になりたい時や内密の話をする時すぐ使えるようにと幾つかの小部屋が暖められている。

 この部屋はその一つで、二人がけのソファとローテーブルだけが置いてあった。

 遠慮しようとするリリーを引き止めて、ささやきでさえ聞き取れる距離に座ってもらう。


「で、話してくれるかしら?」


 そう声をかけると、ぱっと顔を赤らめたリリーは、俯いた。


「その……実は、調理場の方々にお料理を習っているのです」


 言葉少なに告げるリリーはどこからどう見ても照れまくっていて、わたしは目を見張った。

 本来の立場ーー公爵夫人には不要だというのに、それどころか使用人から手ほどきを受けているという。

 ……まあ、わたしも王宮で同じことをしたけれど、一般的に貴族のご令嬢はしない。高位貴族になれば尚更。

 菓子を作ることはあるというけれど、実際は料理人を連れてきて作らせるケースが多い。王宮の料理長も言っていたし。

 でも、リリーは料理、と言った。

 セリアがお菓子作りは実家でもやっていたと話していたことを思い出す。

 ()()()()()なのかしら。

 春が来て王都に戻った後のために。


「……もしかして、クリスと何か……」

「あのっ、その! いえっ、何もっ、決してそういうわけではなくてっ、そのっ」


 慌てたように両手を振り回したリリーは、夕陽のように真っ赤な顔を両手で隠した。

 なるほど、子供たちはどこでどう聞いたのか、知っていたのね。この様子を見られたのかもしれない。だからあんなに囃し立ててきたのね。

 わたしはリリーの膝に置かれた手の上に手を重ねた。


「恥ずかしがることはないわ」

「ユーマ様……」


 続く言葉を口には出せずに、リリーの手を握って目を伏せる。

 だって、わたしも続けていたのだもの。……六年もの間。

 たとえ喜んでもらえなくても、その人のことを思いながら手を動かす時間は、わたしにとっては大事で。

 ……だからこそ、もうあんな思いは。


「ユーマ様……失礼します」

「え……」


 ふわりと柔らかなもので頬を拭われた。視線をあげれば、リリーの泣きそうな顔がにじんだ。

 ぽろりとこぼれるものに気がついて、慌てて手をやれば、ハンカチーフを渡された。


「こすると赤くなりますから」

「……ありがとう」


 リリーの話を聞くはずだったのに、自分の思いに翻弄されてしまうだなんて、恥ずかしいのはわたしの方だわ。

 浮かんでくるものを頭を振って追い出してしまうと、リリーの方に向き直る。


「じゃあ、聞かせてくれる? クリスのこと」


この後散々惚気られました。

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