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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第三章 子爵令嬢は自領に戻る
19/199

18.子爵令嬢はかつての侍女と話をする

「本当になつかしいわ」


 自分の部屋は、王都の館と同じく六年前で時が止まっていた。

 あの頃の私が好きだったもので埋め尽くされている。そして、やはりきちんと手入れがされていた。

 大好きだった熊のぬいぐるみを取り上げる。

 もっと大きなぬいぐるみだと思っていたのに、抱きしめるには小さすぎる。それだけわたしが成長した証拠ね。


「荷物が届くまではお嬢様にはご不便をおかけするとのになるかもしれません」


 申し訳なさそうに頭をさげるのは、侍女頭のアンナだ。

 わたしはベッドに腰掛けながら、首を横に振った。


「アンナが謝ることではないわ。それに、荷物が届いても今のわたしに着られる服はあまりないから、明日にでも町で買ってくるわ」

「……それはどういう意味でございましょう?」


 訝しげに首をかしげるアンナに、服のほとんどを王宮に置いてきたことを話した。


「それはまあ……お嬢様らしいとは思いますが……少しお気の毒ですわね」


 最後の言葉を聞き流して、わたしは続ける。


「それに、ここで生活していくのに必要な服はドレスじゃないもの。あ、普段着は持って帰ってきているから」

「はい。荷物を解いた時に見つけました。ただ……途中で雨に降られたりしませんでしたか?」

「あったけど、荷物に問題あった?」


 アンナの顔を伺うと、申し訳なさそうにうなずいた。


「服の包みが一部破れていたようで、水がしみこんでおりました。幸いひどく汚れてはいないのですが、すぐ着替えに使える服がありません。……申し訳ありませんが、奥様の服を今日のところはお使いいただけますか?」

「ええ、わかったわ」


 アンナが後ろの侍女に合図をすると、着替えを手にした侍女がやってきて、ベッドサイドに置いてすぐ出ていった。セリアと同じくらいの歳に見えた。


「お嬢様、セリアが戻るまではしばらく奥方様付きの侍女からこちらに人を回すことになります。ご不便をおかけするかもしれませんが……」

「大丈夫よ。自分のことは自分でできるから。それより、わたしの方が迷惑をかけることになるかもしれないし」

「お嬢様……勝手に出歩くのだけはおやめくださいましね?」


 アンナの言葉に顔がこわばる。さすがは長い付き合いのアンナだわ。先に釘を刺されてしまった。

 仕方がないので両手をあげて、降参する。


「わかったわ。……兄様にも言われてるし、出かける時には一声かけてから行く。それでいい?」


 しかしアンナはうんとは言ってくれない。


「必ず護衛を二人、お連れください」

「護衛って、大仰すぎるわよ。それに、この町はそんなに物騒なの? 六年でそんなに治安が悪化したの?」


 今日、街を歩いた時にはそんなこと、みじんも感じなかった。

 わたしがいた頃から、父上は領内の民が飢えて罪を犯さなくても生きていけるように、領地の経営をしていた。

 だから、街にはいわゆる貧民街はなかったし、もの乞いなどもいなかった。

 わたしが子供の頃に、街を一人で歩けてたのはそのお陰だと思っていたのだけれど。

 じっとアンナを見つめると、アンナは深くため息をついた。


「お嬢様はもう子供じゃありません。立派な大人の女性です。それは自覚なさってくださいませ」

「言われなくてもわかっているわ」

「……わかっておいでなら、『綺麗な女性が一人で歩く危険性』もご理解ください」

「……綺麗でもなんでもないわよ、わたしなんか」


 王都で散々見てきた。綺麗なお姫様というのは、ああいう人のことを指すのであって、わたしでは決してない。


「ともかく。嫁入り前の娘が一人で出歩いては危険だと申しております」

「そんなことを言っていたら、街に買い出しにも行けないじゃない。友達に会いに行くのだって……」

「友達には来ていただいてはいかがでしょう。町の視察なら、護衛をつけますので」

「……それじゃあ、意味がないわ」


 うつむいてポツリと呟く。

 それじゃ、意味がないのよ。

 お膳立てされてあっちに行けこっちに行けって、王宮にいた時と何も変わらない。

 そんなことをするために王宮を出たわけじゃないの。


「……湯浴みに行きます」

「かしこまりました」


 硬い声で伝えると、アンナが先導して歩き始める。着替えを持とうとしたら、いつの間にかやってきていた侍女にさっと取られてしまった。……自分でできるのに。

 顔がこわばっているのを感じる。ああきっと、今のわたしは王宮にいた時と同じ顔をしてるんだろうな。

 どうして、家に戻ってきてまで同じ思いをしなきゃならないんだろう。

 セリアならわかってくれるのに。

 六年前まで一緒にいたアンナもわかってくれていると思っていたのに。

 本当は、アンナときちんと話をしたかった。結婚したことも、娘を授かったことも兄上から聞いていた。王太子妃候補が一侍女に祝いの品を送るのはどうだろうというから、セリアを通じてこっそりと贈ったりもした。

 それとは別に、いつか会えたら直接お祝いを言おうとずっと思っていた。なのに、そんな雰囲気ではなくなってしまった。……どうして? わたしは変わったつもりはないのに。


「お嬢様……? どこか痛いところが……?」


 振り向いたアンナが目を丸くしてわたしを見ている。言われて初めて、ぼろぼろ泣いていたことに気がついた。

 首を振ってうつむくと、両手を取られた。


「申し訳ございません。わたしのせいですね……お嬢様のお気持ちを無視するようなことを申しました」

「……アンナだけはわかってくれていると思っていたのよ? わたし、何も変わってないのに……」


 アンナは首を横に振った。その意味がわからなくて首をかしげる。何を否定したの?


「わたしが悪いのです。……お嬢様は立派な貴婦人となられたのだから、そのような扱いをして差し上げねばと、お戻りになると聞いてずっと思っておりました。実際にお会いして、その思いが強くなりすぎたのです。……でも、お嬢様はお変わりなかったのですね……」


 すくい上げたわたしの手を、アンナは自分の額に当てる。


「そうよ、だから戻ってきたのだもの。……アンナ、わたしは貴婦人なんかじゃないわ、馬と剣が好きなただのユーマよ」

「……お嬢様」


 アンナはわたしの手を解放すると、ようやく微笑んでくれた。


「ずっと言いたいと思っていたことがございます」

「ええ、わたしも」


 目尻を拭って微笑むと、アンナは頭を下げた。


「結婚祝いと娘の祝いをいただき、ありがとうございました」

「わたしもそれを言おうと思ってたの。おめでとうって」


 顔を上げたアンナは照れたように頬を赤らめた。


「ねえ、旦那さんってどんな人? 優しい? ニーナちゃん、もう三つだったっけ。一度遊びに行っていい?」


 矢継ぎ早に言いたいことを言い終えて、にっこり微笑む。目を白黒させていたアンナは、やっぱり赤い顔で小さく頷いた。


「も、諸々は食事の後にいたしましょう。さ、さあ、さっさと湯浴みなさいませんと、フィグ様を待たせてしまいますよ」


 照れ隠しにぷいと背中を向けるアンナに、わたしはくすくすと笑いを漏らした。


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