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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
186/199

181.第二王子は報告する

お待たせしました

「そう。……ご苦労様」


 母上……王妃陛下は報告を聞いたあと、そう告げてつまらなそうな顔をした。

 何を期待していたのですか母上。

 良くも悪くも育ちの良い息子たち(ぼくら)ですよ?

 何か起こるわけがないでしょうに。


「何を期待していたんですか」


 レオがため息まじりに声に出すと、王妃はだって、と言わんばかりに唇を尖らせた。


「わざわざ四人とも行かせたのに、何も起こらないなんて。あなたたち、のんびりしすぎではなくて?」

「私のせいではありませんよ」


 きっとここにセレシュがいたら、同じように答えただろう。

 背後に控える黒髪の護衛騎士を見る。

 母上の前で堂々とあくびを噛み殺せるのは彼ぐらいなものだろう。

 黒髪もそろそろ飽きたと言っていた。気まぐれなこの魔術師は、髪の色どころか目も名前も顔の作りさえ変える。

 おかげでレオの護衛騎士はなかなか定まらないと噂されている。

 黒髪の兄上とすり替わるのも今回が限りかもしれない。兄上は黒髪以外は断固として受け入れなかったから。


「それに、兄上にしては頑張った方だと思いますよ」


 そういいながら冷め切った茶を口に運ぶ。


「まあ、そうねえ。……正直、ベルエニーの不文律を忘れて突っ走ったのはマイナスポイントだけれど、それもレオの言葉に慌てた結果なら、見逃してあげましょう」

「どうでしょうね」


 王妃の評価にレオは口角を上げるにとどめた。

 目論見通り、兄上の本心は引き出せた。

 王太子として弁えているべき事柄さえ忘れ去らせるほどのそれは、まさしく本心と言って良いだろう。

 その点は母上にもご満足いただけたようだ。


 しかし、本当にいい加減決めてもらわなければ困る。

 レオ自身は兄たる王太子に王子が生まれるまでは結婚するつもりはない。

 が、兄上と釣り合う年齢の女性たちが未だに何人も婚約せずにいる。

 あの三人もそうだ。

 兄上が決めない限り、彼女らは……いや、それぞれの家長は決して諦めないだろう。

 ユーマとの婚約破棄からこちら、元々整っていた婚約を破棄する家まであった。

 それでも、あの三家を出し抜いて王太子妃の地位を狙うわけでもないあたり、派閥内の力関係は依然はっきりしている。


「どうせならあちらに置いてきてもよかったのに」


 母上の拗ねた声音にレオは苦笑する。

 これが本気で思ってたりするあたり、母上は怖い。

 まあ……降りられない山の中、兄上がユーマ相手に奮闘するのも少し見てみたかった気はするが。


「そういうわけには。それに、あの姿で気に入られたとしても、それは兄上としてではありませんよね?」

「そうねえ」


 なにやら思案顔の王妃に、レオは目を伏せる。

 ユーマが黒髪の兄に会ったのはある年の一冬だけ。春になって去ったその少年のことは、そのうち思い出さなくなったとフィグからは聞いている。

 だが、あの様子だときっと、ユーマは覚えているのだろう。

 でなければ、会話の合間に何度もチラチラと兄のいる方角に目をやりはしなかっただろうから。

 兄上もわかっていて、直接接触を避けたのかもしれない。

 もし、一冬を過ごしていたら、彼女はそれが兄だと気づいただろうか。


「報告はそれだけかしら?」

「ええ、他には特に」


 フェリスが襲われた話も、ウェイド侯爵の息子が拐かされかけた話も、詳しくは視察団団長たるウェイド侯爵が戻ってきてから正式な報告は上がるだろう。

 犯人は捕縛済みであるし、聴取はスムーズに進んでいると聞いている。いずれ背後関係も判明するだろう。

 しかし、この答えは母上には喜ばれなかったようだ。だからといって、つまらないと顔に出すのはやめてください母上。


「そうじゃないわよ。何のためにお前を行かせたと思うの」

「おや、フェリスたちを連れ戻すためではなかったのですか?」


 にっこり笑えば母上は心底嫌そうにレオを見る。腹黒いのはあなた譲りですからね。


「……本当に可愛くないわね」

「あなたの息子ですから」

「まったく口の減らない……それで?」


 ちろりと向けられた視線に冷ややかなものが混じる。レオは苦笑を浮かべつつも背筋を伸ばした。


「民の暮らしぶりならセレシュに聞いたのでは?」


 実際、視察団の方がフェリス連れだったこともあって、比較的時間をかける行程になっていた。

 もちろん視察には往復の行程も含まれている。十分な時間ではなかったにせよ、市井の様子を見るなら彼らの方が適任だろう。

 しかし、王妃は眉を寄せて首を振った。


「ろくな報告じゃなかったわよ。あれならきっとフェリスのほうがマシね」


 何に気を取られていたのやら、と呟く王妃にレオは苦笑する。おおよそ、久しぶりに会えるユーマのことで頭がいっぱいだったのだろう。

 実際に渡されたセレシュの報告書には、女性の好みそうな物品のことや、屋台で売られる甘味のことがちらほらと見える。


「私が見た限りは、大きな違和感は感じませんでした。ただ、見慣れない衣装の者たちを時々見かけたので、それなりには」

「見慣れない?」

「ええ、おそらくはリムラーヤのものでしょう。王都には商会もできましたし、あちらの風俗が流れ込んでいるのでしょう。……ただ、王都からの伝播ではないようですが」

「……つまり、どこかにリムラーヤの拠点がある、ということね」


 王妃のため息とともに吐かれた言葉に、レオは神妙な顔で頷く。

 王都にある商会が広めたものならば王都から離れるほど見なくなるものだ。が、北方に至る途中の町では、王都よりも頻繁にその衣装を見かけた。しかも、多くは街行く住人となれば、王都から貴族が持ち込んだとは到底思えない。


「兵服の横流しと関係もありそうね。調査の手筈を整えて頂戴」

「かしこまりました」

「できればウェイド侯爵の手の者がいいのだけれど」


 それはつまり、チェイニー公爵の派閥に虫がいる、と疑うことに他ならない。

 ウェイド侯爵自体は軍閥だが、チェイニー公爵の手下というわけではない。ハインツ伯の娘婿ということもあって、王家からの信頼は高いが、それがチェイニー公爵の不興の元でもある。

 つまりは匙加減が難しいのだ。


「視察団を務めたばかりです、休みが必要でしょう」

「ならお前が行きなさい」


 王妃の命令は絶対だ。承知、と答えながら、レオは眉根を寄せた。


「でも、俺だって休みは欲しいんですよ、母上」

「あら、ベルエニーへは骨休めに行ったのではなかったかしら?」


 北へ向かうことを了承させるためにレオが語った、取ってつけたような言い訳だった。

 レオは諦めとともにため息をつき、肩をすくめるしかなかった。

これにてこの章はおしまいです。


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