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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
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175.王太子は歯噛みする

 馬車が動き出す。

 窓の隙間から、ほんの少しだけでも見えればと目を凝らしていたが、前に陣取るレオの体にすっかり隠されてしまっていた。


 本格的に走り始めてようやくレオは窓の前から退いたが、その向こうにはもう見たかったものはない。

 落胆を隠して視線を弟に向けると、にやりと笑う。


「最後に一目見たかった?」


 それを肯定も否定もしない。……これ以上、無様な姿を見られるわけにいかないからだ。弟にも、フィグにも。

 視界の端に映る護衛騎士は、いつもと違って同じ馬車の向かい、扉のそばに座っている。

 出発の時には外にいたはずなのに。


「なぜフィグがここにいる」

「兄上がここにいるって喧伝してるようなものだからね」


 レオの言葉にミゲールは顔をしかめた。

 確かに、フィグが自分の護衛騎士であることは知られている。単独でこんな場所にいるとは思うまい。しかもお忍び用の黒い馬車に随伴するとなれば、推して知るべし、だ。

 ……そんなことにすら頭が回っていなかった自分に、今更ながらに気付かされた。

 フィグが出来るだけ人目につかないルートを選び、夜も馬を走らせた理由の一つだったのだ。


 ならば、ここまで来る時も姿を隠しておくべきだった。

 なのに、ハインツからここまでの道のりを、レオは護衛騎士として随行させている。

 咎めるように弟を見れば、肩をすくめた。


「ベルエニーに向かう分には里帰りと誤魔化せただろう。けど、()()揃って王都に向かうとなるとね」

「……まあ、な」


 フィグの苦々しい言葉にレオが頷く。

 そうだ、今回の視察にはセレシュが随行している。もちろん護衛騎士のカレルもだ。

 護衛騎士が二人揃っているとなれば、いかにベルエニー出身だからといって、偶然では済まされない。


「まあ、山を降りるまでだよ。ハインツ領からは騎馬で一気に戻るから」

「護衛は足りるのか?」


 フィグが心配げに聞くと、レオは笑い飛ばした。


「兄上と二人でここまで来たあなたには言われたくないな」

「そりゃ、()()()()()()()()()からな」

「今回も同じです」


 レオの回答に納得したのだろう。フィグは頷くと背もたれに体を預けた。


「ところで兄上、なぜ逃げたんです? 弁当、受け取ればよかったのに」


 レオの自分に向けた質問に、ミゲールは眉をひそめる。

 弟の取り計らいで最前列に並ばされた自分に、ユーマが何度か視線を向けてきた。

 髪色も服装も、およそ普段の自分とは結びつかないだろうに、なぜこちらを伺うのか。

 まさか気づかれたのかと逃げようとすら思ったのに、それを許されるはずもなくて。

 前に遮蔽物もなく眺められることに喜び、目の前で繰り広げられた茶番に歯噛みして、でも目をそらすことはできなくて。

 結局、自分もユーマも、いや、レオやセレシュでさえも、フィグの手のひらで転がされて。

 感謝と憤懣とがいまだに身のうちにくすぶる。

 どれもこれも、冷静になって考えればすぐ気付くレベルの仕掛けだった。

 ユーマが絡むだけで、どれほど余裕をなくしているのか。それは、今後を考えれば致命的な隙になるだろう。

 それでも、あがきたい。あがけ、とフィグに言われずとも。


 ハインツの兵に弁当が配られると聞いて、しかもユーマがワゴンを押してこちらに来るのが見えて、逃げるしかないと思った。

 ……もし、自分がここに、公務を振り捨ててきていると知られれば、二度と微笑んではくれないだろう。

 それがわかっていながら、この選択をしたのは自分だ。気がつかれた時にはもう、何もかも捨てるつもりだった。

 が。


「ハインツ伯爵は気がついておいででしたよ」

「……ベルエニー子爵もだろう?」


 ミゲールは両膝に肘をつくと頭を抱えた。聞こえてきた別れの挨拶で気がつかされた。

 自分のこの姿を、あの二人は知っている。

 あんな昔のことだというのに、どうして気がつくのだろう。

 孫を連れて挨拶に来たハインツ伯爵の目は、はっきりと自分を見ていた。

 小言は覚悟している。

 ……ことによると、国王夫妻(両親)への苦情も預かることになるかもしれない。

 自分とレオの子供じみた諍いが、なんと醜いことになったことが。

 深々とため息をつくも、じゃああの時、何もなかったかのような顔をして、レオを送り出せただろうかと考えれば、否と答えが出る。

 もう、答えは出ているのだ。

 ジロリと弟を見れば、楽しそうに薄く笑っている。


「まあ、一芝居打った甲斐はあったみたいだし。……もう諦めようとするなよ、兄上」

「お前にだけは決してやらん」

「……その前に、ユーマに捨てられなきゃな」


 フィグの言葉でミゲールは沈黙する。

 あの涙を、自分勝手に喜んではいけない。

 手を離すためにわざと傷つけた。ゆっくりとだが育っていたはずの信頼を裏切ったのだ。

 それを、未だに思ってくれているなどと思い上がってはならない。


「ゼロじゃなくてマイナスからのやり直しか。前途多難だねえ、兄上」

「自業自得だがな」


 二人の言葉に返す言葉もない。

 春まで雪に閉ざされるベルエニーと王都は遠い。想いを伝えること一つ、ままならない。

 長い道のりになるな、とため息をついて、流れ去る窓の外に目をやった。

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