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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
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169.第一王女は第三王子を訝しむ

「何があったの。ねえってば!」

「……うるさいなあ」


 一番下の兄であるセレシュをどれほど睨みつけても、セレシュは口を割ろうとしない。

 部屋に入ってきた時、おかしいと思ったのだ。

 ユーマ姉様と出立前に話してくるからと、若干落ち込んだ様子で出て行ったのに、戻ってきた兄はどこかに頭のネジを一つ落としてきたみたいに浮かれていた。

 見える、ではない。間違いなく浮かれている。

 半年ぶりにようやく会えた愛しの姉様に別れを告げてきたというのに。

 次にいつ会えるか、そもそも会えるのかどうかすらもわからないというのに。

 どうしてこんなに嬉しそうなのだろう。

 油断すればニヤニヤ笑い出してしまいそうなセレ兄様に、フェリスは眉根を寄せた。


 何があったのか聞いても何も言わない。

 いや、本当は言いたくてウズウズしているのかもしれない。けれど、鍛えられたセレ兄は言わないと決めたら決して口にしない。

 王族としては正しいのだけれど。

 ……こういう時は少しぐらい可愛げが欲しいと思ってしまう。


「……姉様に何か言われたの?」


 これほどセレ兄が挙動不審になるとしたら、それくらいしか思いつけない。

 が、フェリスの言葉にセレシュはふと暗い目をしてみせた。

 今までの浮かれようが嘘のように。

 フェリスは言葉を飲み込んだ。


 何かあったのは間違いない。

 背後に立つカレルに視線を向けたものの、冷え冷えとした視線が返ってくるだけで、カレルから言葉を引き出すのを早々に諦める。

 ()と同じく、護衛騎士としても有能なのだ。


「セレ兄!」


 たまらず声を上げれば、ふふっと笑みを見せる。……今度は浮かれている。正直、気持ち悪いと言ってもいいくらいなのだけれど。

 その浮き沈みの激しさにフェリスはついていけていない。


「……なんなのよ、もう」

「姫様、お時間です」


 ため息をつくフェリスに、オリアーナが有無を言わさない声音で言い放つ。

 オリアーナの剣幕に負けて、立ち上がったフェリスはしぶしぶ冬用の外套に袖を通す。

 これを着てしまえば、あとは玄関に来ている馬車に乗るだけ。

 本音を言えば今でも帰りたくはない。

 でも、これ以上周りに迷惑をかけることはできない。


 ぐずぐずとしか動かないフェリスに、セレシュは笑みを浮かべている。いつもならトロいだのなんだのとからかってくるのに、それすらもないなんて。


「じゃあ、扉の外で待ってるから」


 フェリスが首を傾げているうちに、セレシュは立ち上がった。フェリスは慌ててセレ兄に追いすがって腕を引く。


「……変なこと考えてないでしょうね」


 低い声で囁くと、セレシュはようやくフェリスの方を向いた。その顔にはいつもの小馬鹿にするような笑みがのっている。

 いつもの顔のはずなのに、フェリスはぎくりと肩を揺らして一歩下がった。

 やっぱり何かおかしい。

 兄はその様子を見て口角を上げた。


「ねえ、フェリス」

「な、何よ」

「……僕はもう我慢するつもりはないよ」

「なに、を」


 笑い飛ばそうとした。いつものように。

 でも、セレシュの顔を見て、言葉を飲み込んだ。

 セレシュは薄く笑っている。


「わかんないならいいや」


 何も告げない兄の心のうちなど、わかるわけがない。苛立ちのままにそう叩きつけようとしたけれど、セレシュの眼に浮かぶ色にも戸惑う。

 ユーマ姉様絡みなのは間違いない。浮かれているのも。

 でも、それならどうして、こんなに飢えた目をするのだろう。


「外で待ってるから、早くおいで」


 一瞬だけ見せたその色を綺麗さっぱり拭い去って、セレシュはいつもの笑みを浮かべる。

 かけるべき言葉を探しているうちに、セレシュはカレルとともに出て行ってしまった。


 兄の出て行った扉をじっと見つめて、フェリスは不安を募らせる。


 セレシュは最初から、好きなようにやると宣言していた。

 でも、春先にベルエニーを訪れた時だって、何もなかったと言っていた。姉様の意思を尊重する、と。

 だから、安心してしまっていた。


 なのに……我慢はしない、ですって?


「まさか、兄様……」


 迂闊だった。安心しすぎていた。

 そうよ。()()()、セレ兄は敵になると宣言したのに。

 裾を翻して扉に飛びつけば、兄はまだその場にいた。


「どうか……」

「絶対ダメだからっ!」


 フェリスの勢い込んだ言葉に目を見開いたセレシュは、ゆるゆると口角を上げる。


「何がダメなんだい?」

「とにかくダメっ! 姉様を困らせないでっ!」

「姉様、ね。……ねえ、フェリス。知ってる?」


 一瞬だけ遠い目をしたセレシュは、フェリスに視線を戻すと、微笑みを浮かべた。


「僕らに姉さんなんていないんだよ?」


 そう告げたセレ兄の顔からは、表情が消えていた。

 ……まさか。


「そ、んな……」


 フェリスはイヤイヤをするように首を横に振る。

 そんなこと、信じられない。……信じたくない。

 姉様が、まさかそんな。


 袖を掴むフェリスの手から力が抜けたのを見て、セレシュはその手を外した。


「だから、我慢はやめたんだ。……フェリス、邪魔しないでね」


 先に行ってるね、と踵を返す兄を、フェリスは呆然と見送った。




「姫さま!」


 肩を揺さぶられて気がつけば、目の前に黒目のオリアーナが立っていて、怖い顔で見下ろしてくる。


「オリアーナ……」

「いいんですか、あのまま行かせて」

「……えっと……」

「セレシュ第三王子殿下です! あの様子だと、ユーマ様に何を言うか……」


 ぼんやりしていた頭が次第にはっきりしてくると、フェリスは眉根を寄せた。

 姉様とどんなやりとりがあったかも知らない。

 でも、あんな顔をするセレ兄様、見たことがない。絶対ろくなこと言わないに違いないんだもの。

 姉様は愚兄と幸せになるの。ならなきゃいけないのっ!

 その邪魔だけはさせないわっ!


「……こうしちゃいられないわ。セレ兄様は? わたくしどれくらいぼうっとしてた?」

「ほんの数分ですが、もう玄関にいらっしゃったかと」


 二階奥の客室から玄関までそれなりにある。のんびり歩いていたら先を越されてしまうわっ。


「オリアーナ、先に行くわよっ!」


 それだけ言い置いて、走り出す。肩から外套が滑り落ちたけれど、構うものか。あとでオリアーナが持ってきてくれるはずだもの。

 王都への帰路は長いから少しでも過ごしやすい服装をと、オリアーナが考えてくれたおかげで、少し裾の長さが短い歩きやすいものとローブというチョイスなのも幸いしたわね。

 引きずりそうなローブを絡げて、廊下を走る。階段に到着すれば、ちょうどセレ兄様が扉を開けるところだった。


「セレ兄様っ!」


 声をかければ、一瞬だけこちらを向いた。でも、そのまま扉から出て行ってしまった。

 フェリスは階段を駆け下りると執事の開けた扉から外に出た。

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