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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
173/199

168.王太子は愛しい彼女の笑顔を見る

一週開いてしまって申し訳ありません(汗

「ありがとう」


 彼女の声がここまで聞こえてくる。

 ミゲールは視線をそちらに釘付けにしたまま、拳を握りこんだ。

 彼女が現れた時からずっと、ミゲールは彼女だけを見ている。ちらりとこちらを見た時には、もしや気付かれたのではと冷や汗もかいた。今は黒髪なのだから、わかるはずないのに。

 馬車を降りたはずのレオもフィグも見当たらない状態で、彼女を凝視するのはまずいとは知りつつも、それでも彼女から目が離せない。


 視察団の馬車の前には彼女がいて、子供たちを相手にしている。

 その後ろにはウェイド侯爵と騎士が一人、立っている。そして、白髪の老人。


「あれ……なんでお館様があっちにいるんだ?」


 隣に立つ護衛兵の言葉に、ミゲールは眉根を寄せた。

 馬車のそばに立つ騎士はともかく、ミゲールの周囲にいる護衛兵は皆、ハインツの者だ。

 ということは、あれがハインツ伯爵だろう。

 老齢を理由に城に上がる義務を免除された元将軍。三人の娘を全て嫁に出し、後継問題が片付いていないと聞いている。


「そりゃ、ユリウスぼっちゃまがいらっしゃるからだろ」


 後ろから飛んできた答えに、他の者たちもちげえねぇ、と相槌を打つ。

 ミゲールは視線を少年に寄せる。……ユーマが少年に微笑みかけたことはとりあえず見なかったことにした。

 兵たちの言葉が確かならば、あれは伯爵の身内ということなのだろう。

 ……つまりは、ウェイド侯爵の。


「あーあ、帰っちまうのか」

「寂しくなるな」

「よく言うよ、あんな悪ガキって言ってたくせに」

「それはまあ。でもほら、結局立ち消えになったって」

「結局誰になるんだろうなあ」

「お前たち、うるさいぞ」


 前方から叱咤が飛んで、兵たちが口をつぐむ。

 ハインツ伯爵の後継者候補のうち、最有力候補は娘婿の長子かと噂されていることは知っていた。

 伯爵の残る二人の嫁ぎ先はどちらも軍関係者ではなかった。ならばやはりあの少年が噂の子供なのだろう。

 だが、兵たちの様子では、ただの噂で終わったらしい。


 ハインツはベルエニーとともに北方警備の要だ。生半可な者には渡せない。

 チェイニー公爵の息のかからない者を据える、と言う意味合いでは、伯爵の娘婿であるウェイド侯爵はまさにうってつけだ。

 視線をウェイド侯爵に移す。息子に向ける視線には、柔らかなものがある。

 今回、視察団の団長を買って出たのは驚いたが、息子がここにいたのなら納得できる。


 だが、彼には別の役目がある。

 レオがチェイニー公爵を抑えられるようになるまでにはまだまだ時間がかかる。

 それに、レオ一人奮闘したところで、軍務における公爵の影響力は排除できない。

 ウェイド侯爵には、将軍として公爵を抑えておいてもらわなければならないのだ。


 ハインツ伯爵に視線を向ける。

 伯爵が表舞台から去って久しい。次代の育成は急務だ。北との休戦は長い。が、いつ再燃するかわからないのだ。

 早いに越したことはない。

 実はカレルを伯爵の養子にする話が以前はあった。

 が、自分がフィグを護衛騎士に求めたことで、カレルが実質上の嫡子扱いとなり、話は立ち消えた。

 それならばと出てきた次案は、セレシュにハインツ領を下賜することだ。

 いずれ臣下に降りる際、カレルは護衛騎士の任を解かれベルエニーに戻る。

 ハインツの領主となったセレシュとなら連携も問題はないだろう、と。

 いっそのこと全てをレオに押し付けて、自分がハインツの領主に下ることも考えた。それならば、ユーマを守れる距離にいることができる。

 だが、レオに求婚されてしまえば、ユーマはここを去ってしまう。それでは意味がない。

 遣る方ない思いを抱えながら、ユーマに視線を戻す。


 もちろん王宮にいた時のようなあでやかな装いではないし、アクセサリ類も身に着けていないようだ。おそらく送った品々は死蔵されているのだろう。

 それは最初から想定の上だった。この町で暮らすには不要な品々。あれらが必要になるような場面は王宮ぐらいしかないのだから、別段気にならない。他の者に横取りされるよりよほどいい。

 それより何より衝撃を受けたのは、首の後ろで断ち切られた髪だった。

 長く伸ばした髪を結い上げたユーマは、他の三人とも張り合うように美しく理知的であり、振る舞いも相まって落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。

 だが、今のユーマはまるで昔にかえったように年若い。自然な表情を見せているのも一因なのだろう。年相応、いや、見た目よりも若く溌溂とした印象を受ける。

 実際、そうなのだろう。

 王宮という軛から解放され、自由に羽ばたけるようになった彼女の自然な微笑がどれほど輝いて見えることか。朗らかに笑う声がどれほど耳に心地よいことか。

 ミゲールは視線を外し、拳を握る。

 六年前、それらすべてを捨てさせて縛りつけたのが自分であることが、たまらなく苦しい。

 ただ、あの笑顔が、あの笑い声が欲しかった。そのために手に入れた力だというのに彼女を苦しめただけで。

 そしてまた――奪われる。 

 レオに邪魔はしないと約束した。約束は果たさなければならない。

 わかってはいても、胸の中に黒いものが湧き上がる。それをため息とともに深々と吐き、腰に帯びた剣にゆっくりと手を乗せる。

 一瞬のうちに脳裏に様々な光景が浮かび上がる。どれも後ろ暗く血なまぐさい、救いのない妄想だ。誰も幸せにならない選択肢を取れるほど、自分は愚かになれない。

 足掻くことすら許されない。

 もう一度胸の奥から息を吐いて剣の柄から手を離す。顔を上げれば、周りの兵士たちの目が厳しくこちらに向けられている。

 ミゲールは頭を振ると再びユーマに視線を向けた。

 彼女の笑みは、眩しかった。

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