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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
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167.子爵令嬢は次期侯爵に別れの挨拶をする

 ライラ様と一緒に玄関を出ると、そこにはすでに馬車と騎士たちが待っていた。

 普段なら玄関正面に横づけされているはずの馬車はなく、その代わり左右に馬車が配置されている。

 左側には二台の黒い馬車が馬を引いた騎士たちに取り囲まれている。馬車のそばに立つのはウェイド侯爵なので、こちらが視察団だろう。昼を過ぎる前には出発すると聞いているから、ライラ様とフェリスたちを待っているに違いない。

 ウェイド侯爵の横にはユリウスおじさまとユリウス君、それからミーシャとマルス殿がいた。

 わたしに気が付いたミーシャが大きく手を振り、ユリウス君を引っ張る。つられてこちらを見たユリウス君はくしゃりと笑った。


「ライラ嬢、ユーマ殿」


 ウェイド侯爵はわたしたちに向き直ると軽く会釈をよこす。わたしも令嬢としての礼を返した。


「ウェイド将軍、ライラ様をよろしくお願いいたします」

「ああ、もちろん。チェイニー公爵からもくれぐれもと頼まれているし、帰りは第一王女もご一緒なさる。心配は無用だ」


 将軍はちらりと玄関の方に目をやり、それから反対側に待つ馬車の一群に視線を向けた。

 右奥にはハインツ家の家紋が施された馬車が二台用意されていた。ユリウスおじさまの迎えの馬車だ。おじさまだけの迎えのはずなのに、二台というのが気になる。もしかして、おじさまと一緒に両親も一旦麓に降りるのかしら。

 そのあと戻りがてら、山を封鎖するのかもしれない。例年は、王都からの帰りに封鎖していたものね。……でもそれじゃあ、ハインツ家の馬車をひと冬借りっぱなしになってしまうけれど。


「フェリス王女とセレシュ王子はまだ中に?」

「ええ、じきいらっしゃると思います」


 先ほどの会話を思い出して、視線を下げる。……でも、そう思われても仕方がないのだし、今まで苦痛を強いてきたのはわたしのほう。わたしが傷ついた顔をしちゃいけない。


「皆様の準備は?」


 ちらりと後ろの騎士と馬たちを見る。こちらに来られてからずっと、我が家の厩舎でお預かりしてきた子たちだ。これから王都までの長い道のりを駆けてもらわなければならない。


「ああ、おかげさまで人も馬も絶好調だ。まあ、砦の飯と寝床は相変わらずだったがな」

「来年来るまでには絶対改善していただきますわ」


 ライラ様の言葉にわたしは苦笑を浮かべた。そう、ライラ様は砦の寝床も食事も経験されたのだった。夜のお茶会でもいろいろ話してくれたし、いくつかは視察団の随行員として報告されるとも聞いた。来年には多少でもよくなっているといいのだけれど。


「ユーマ様っ」


 侯爵の後ろから二人が顔を出した。その後ろにはマルス殿の申し訳なさそうな顔がある。


「ユリウス君、ミーシャ。マルス様」


 マルス殿に礼をして二人に手を差し伸べると、嬉しそうに腰に抱きついてきた。わたしは視線を合わせようとしゃがみこむ。


「ユーマ様、ありがとうございました」


 最初に口を開いたのはミーシャだった。


「おかげでようやく家族で暮らせます」


 嬉しそうな表情に頷きながら後ろのマルス殿を見れば、申し訳なさそうに眉尻を下げている。


「わたしは何もしていないわ」

「いいえ。……ユーリと会わせてくれました」


 ね、とミーシャは隣のユリウス君を見る。ユリウス君はと言えば、はにかんだ笑みを浮かべつつもミーシャの手をしっかと握っていた。

 ちらりと見れば、ウェイド侯爵とマルス殿は微妙な表情をしているけれど、きっとこのお二人は子供たちの意思を無視はしないだろう。


「おれ……ぼくからもれいを言う……これっ」


 ユリウス君は顔を赤くしながらもそう言って両手に持った小さな包みをわたしに差し出して来る。受け取ったそれは白いハンカチに包まれた固いもの。

 驚いてユリウス君を見ると、不安をため込んだ顔で小さくうなずく。

 そっと開いてみれば、祭りで子供たちが絵を描いた、あの白いタイルだった。紫色の絵の具で表面に描かれているのは、花ではなく女性の横顔のようだ。花の絵だけでなく似顔絵も上手に描けている。

 そういえば、ユリウスおじさまがもらったと言っていたのを思い出した。


「これ、ユーマ様ね」

「えっ」


 横から覗き込んでいたライラ様の一言で、周りの皆の視線がわたしに集まってくる。

 似顔絵の女性は首のところで髪を切りそろえてあった。思わず自分の髪に手をやる。春先にばっさり切ってから少しは伸びたけれど、一つにまとめられないほど短い女性は他にいない。

 それにしても、とても凛々しく描かれている。本当にこれ、わたしなの? わたしなんて全然ダメなのに。こんなにかっこよく書かれちゃったら勘違いしてしまいそう。

 ……ううん、違う。ユリウス君の目にはこんな風に見えているんだ。ならば、わたしはその期待に応えられるようになりたい。ならなくちゃ。

 騎士とはそういうものだもの。


「ありがとう」


 照れながらもそう心に決めて微笑むと、ユリウス君はぎゅっとわたしに抱きついてきた。ずるい、なんて言いながらミーシャも飛びついてくるのを両手で抱きしめる。


「二人とも元気で」

「うん、ユーマ様も」


 この町の出身者でない二人が戻ってくることは、まずないだろう。王都で学び、騎士への道を進むのだろうから。

 二人はきっと、立派な騎士になるに違いない。それが見られないだろうことが、とても残念だった。


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