16.子爵令嬢は温かく迎えられる
三連休&6万PV御礼ということで三連続更新です♪
邸の前まで来ると、すでに情報が伝わっていたのだろう、衛士の方たちが並んで兄上とわたしを迎えてくれた。
兄上が馬を止めたので、わたしもその隣に白妙を移動させた。
お帰りなさいませ、と隊長らしき人が言い、衛士の方たちが鞘をつけたまま槍を掲げている。
「大仰だなぁ……まあいいけど」
馬上から隊長に声をかけて、兄上はそのまま門をくぐる。わたしも真似をして、後に続いた。衛士の列をちらちらと見ていたら、向こうもちらちらとわたしを見ながら耳打ちしているみたい。
町の中では兄上を見て妙な顔をしてたけど、今度はわたしを見て妙な顔をしてる。
何だろう。……わたしの顔に何かついてるかな。マントの端で顔をぐいと拭いてみるけど、様子は変わらない。
やっぱり人に注目されるのは苦手だ。……こんな時に限って、兄上はわざとゆっくり歩くのよね。絶対意図してやってる。
門をくぐって少し行ったところで兄上は馬を止めてわたしの方を見た。なぜだかにやにやしている。
「奴らの顔、見たか?」
「え?」
「変な顔してただろう」
「ああ……うん、そうね」
「お前は気が付いたか?」
「何のこと?」
兄上の言葉に首をかしげる。気が付かなきゃならないようなこと、あったかしら。
しばらく首をひねってみたけれど、わからない。
「あの中にな、お前もよく知ってるやつらがいたんだよ」
「ええっ! 言ってくれればよかったのに」
そういえば、粉ひき屋のゲイルは門のところで兵士姿だった。子供の頃に一緒に遊んだ子たちの中には、家を継がない子たちも結構いたっけ。
もしかして、そういう子たちはみんな、兵士になってたりするの?
「トミーにボビーにグレン。今日はいなかったけどブレンダもいる」
「えっ、ブレンダも兵士になったの?」
兄上の口から次々に出てくる名前は、どれもなじみのあるものばかりだ。しかもブレンダと言えば、何かにつけ突っかかってくる気の強い女の子で、わたしが山登りや木登りが得意だと知ると、必死でついて来たっけ。砦で訓練を受けてることを知られて、詰られた記憶がほんの少しある。
でも、わたしがこの町にいた時にはそんなこと、おくびにも出さなかったのに。
ちらりと門の方を振り返ると、まだ衛士たちはひそひそと何やら話しているらしいのが聞こえる。
「いや、剣の腕はなかったらしい。その代わり、事務官やってる」
「ああ……そういえば数字には強かったよね」
思い出した。ブレンダは街でも比較的大きなグロウリー商店の娘だったっけ。読み書きはできるって胸張ってたものね。
「まあ、昼間に詰所に行けば会えるだろう」
「そうね」
兄上が闇月を歩かせはじめる。白妙がそれに並び、門から館までの道をのんびりと辿ることになった。
庭は相変わらずきれいに整えられている。この前庭でもよく遊んだな。雪合戦の戦場はたいていここだった。
そういえば、雪合戦をしたことないって言ってた子がいたっけ。無理やり巻き込んで、皆でわいわいいながら遊んだのを覚えてる。
そのうち二つのチームに分かれて本気で投げあいっこした。もう、ほんとうに昔の話。あの頃は楽しかったな。
兄上も館に帰ってくるのは久々なのだろう、黙って庭を眺めていた。建物や小屋も記憶とそう大きくは変わってないみたい。兵舎は建て替えたのか、記憶より数段綺麗になっていた。
闇月と白妙は騎手の心を知ってか知らずか、ゆっくりと庭をめぐり――館の前に到着したころには、日が陰っていた。
「お帰りなさいませ、フィグ様、ユーマ様」
館の前には、人だかりができていた。メイド服、執事服、その他色々まじりあってる上に少し暗くなってきて、誰が誰だかわからない。
でも、一番前に出ているのがベルエニー領全体を預かる、家令のベルモントだというのは分かった。父上の右腕と呼ばれる人。わたしにとってはよく怒る人。本当によく怒られたわ。
兄上が馬から降りるのに合わせて、わたしも馬を降りる。すかさず馬番が寄ってきて、手綱を握る。
「遅くなった」
「いえ、ご無事のお戻り、何よりです。荷物はすぐにお部屋に運ばせますので」
「頼む」
ベルモントが合図をすると、人だかりの中から数人が走り出て、闇月と白妙の背から荷物を外していく。背中が軽くなった二頭はそのまま厩の方へ引っ張られて行った。
長旅でしかも急ぎ足の旅につきあってもらったお礼に、明日はおいしい餌を持って行って全身ブラッシングしてあげよう、と心に決める。
「さあ、ユーマ様も中へお入りください。陽が落ちますとまだ寒うございますゆえ」
「ええ、ありがとう」
ベルモントに促されて人だかりを進む。兄上が歩いた後にきっちりスペースができているので助かったけれど……ここってこんなにいっぱい人がいたのね。むしろそっちの方に驚いてしまった。
それにしても、わたしと兄上が戻るって誰か知らせたのかしら。それとも、門にいた兵士から連絡が行ったのかな。それなら表の衛士たちも知ってるはずだと思うんだけれど。
六年ぶりに玄関ホールに足を踏み入れると、ふわっと暖かい空気に包まれた。街道の封鎖は溶けたとはいえ、まだ冷え込む時季だものね。わたしもこの暖かさに肩のこわばりがほぐれた気がする。
館は記憶とほぼ変わっていなかった。それだけになつかしさがこみ上げてくる。
「食事までお時間がございますから、お二人とも湯をお使いください。時間になりましたらお迎えに上がります」
「わかった。ユーマ、あとでな」
「はい」
兄上はそう言い残してさっさと右の階段から部屋に上がってしまう。
わたしも自分の部屋に上がろうとしたところで、階段の傍に立っていた黒衣の女性に気が付いた。ひっつめ髪で眼鏡をかけた……懐かしい顔。
「アンナ……よね?」
そう呼びかけると、黒衣の女性は深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております、ユーマお嬢様」
「やだ……そんなに畏まらないでよ」
上げたアンナの目じりには、涙がこぼれていた。わたしも思わず涙ぐんでしまって、あわててうつむいた。
六年前までわたしの世話を任されていた侍女だった。王宮に上がることになって、より年の近い若いセリアが選ばれたけれど、子供のころからずっと近くにいた人だ。
……誰よりもわたしを叱っていた人。ベルモントよりも。
「今は侍女頭を務めております。何かありましたらお申し付けください」
顔を上げると、アンナは涙をぬぐって侍女頭の顔になっていた。
「ええ、お願い」
思わず場所もわきまえずに抱き着きそうになったのを抑え込んでにっこり微笑んだ。
「では、お部屋にご案内します」
一歩先を歩きはじめるアンナに従って、階段を上がる。
アンナには言いたいこと、伝えたいことがいっぱいある。あとで時間を取ってもらおう。
婚約破棄から八日目。
わたしと兄上はベルエニー家の本宅へ帰り着いた。