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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
166/199

161.子爵令嬢は第一王女に泣きつかれる

 ハインツの……おじさまの迎えが町に着いたという連絡とセレシュの伝言を携えてベルモントが来たのは、部屋に戻ってすぐのことだった。


「セレシュが?」

「はい、フェリス王女殿下の部屋までご足労いただきたいと」


 砦に戻ったはずのセレシュがいつの間に来たのだろう。

 もしかしてクリスの時と同じように、また黙って通したのだろうか。

 そう思ってちらりとベルモントを伺うと、首を振って否定した。

 フェリスが視察団と一緒に帰ることは知っていたし、誰かが迎えに来るだろうと思ってはいた。昼前には出立するのだし、時間的にもそろそろだろう、とも。

 館の周りに配置された警備兵は、フェリスが滞在していることもあって、視察団と砦の騎士たちが多くいる。

 セレシュが何も言わずにフェリスの部屋に直行できたのも、彼らが通したのだろう。

 あちらにはあちらの事情がある。王族の護衛は最優先だものね。仕方がないと飲み込んではいるけれど、一言もなかったのは少し寂しく思った。……そんなことを思うこと自体がおこがましいのだけれどね。


「わかりました。……おじさまの迎えの一行は、こちらにいらっしゃるのね?」

「そう伺っております」

「では、迎えの準備は任せるわ。おじさまと父上にも伝えて。館に到着したらわたしにも知らせてくれる?」

「かしこまりました」


 ベルモントを見送ると、わたしもフェリスのいる客室に向かった。





 部屋に入ると、その場にいた皆が一斉にわたしの方を向いた。

 その目には、安堵の色が見える。


「姉様っ」

「あ、おいっ」


 セレシュの制止も聞かず、飛びついてきたのはフェリスだった。今日もふわふわに仕上げられた栗色の髪の毛が可愛らしく踊っている。

 わたしは居並ぶ面々をくるりと見回した。

 騎士団の旅装に身を包んだセレシュは苛立ちが滲んでいるし、その後ろに立つカレルは……まあ、苛立っているのはいつもだわね。

 ライラ様は簡素ながらドレス姿で、困ったように眉を下げている。その隣にはリリー様。申し訳なさそうなのは、主人たるフェリスの行動に対してかしら。

 フェリスの侍女……オリアーナはすっと近寄ってくるとわたしに対して「失礼します」と頭を下げるとベリっとフェリスを引き剥がした。


「何するのっ」

「姫様、往生際が悪うございます」


 さあ、とオリアーナに視線で促されて、わたしはフェリスに視線を落とした。


「だってっ、まだユーマ姉様と話していないこと、いっぱいあるのよっ」


 半泣き顔でわたしを見るフェリスからセレシュに視線を移すと、セレシュは眉根を寄せた。


「ごめん、ユーマ姉様。帰る前にどうしても話したいことがあるって言うから呼んだんだけど」


 ため息混じりの言葉に、フェリスの方に向き直る。

 この二晩、睡眠を惜しんで話をした。どちらかが寝入ってしまうまで話し続けた。

 それでも、この半年間のことを語るには時間が足りなかった。

 フェリスの話を聞き、わたしのことを話し、王都や王宮の変わりようを知り、ライラ様たちとの始まりの話に驚いた。

 もっと時間があれば。……そう思うのも無理はない。

 けれど、フェリスは帰らなければ。

 もうじきこの地は閉じられるのだから。


「わたくしは帰りませんっ!」

「ダメに決まってるだろっ」

「姉様っお願いっ!」


 涙ながらの訴えに胸が詰まる。

 フェリスがここで一冬過ごしたいと言っていたことは知っている。

 でも、それを陛下は許さないだろう。実際に許可は出ていないようだし、急に告げられたところで受け入れられるはずもないのだもの。

 わたしはフェリスを見つめて首を振る。


「無理よ」

「どうしてっ!」

「あなたが残るとなれば」


 涙ながらに叫ぶフェリスの言葉を静かに遮る。


「あなたを守る人々も、あなたのお世話をする人々も残る。……一人だけの問題ではないの」

「そんなの、わたくしは一人だけでもっ」

「そういうわけにはいかないわ。国王陛下がお許しになっても、父が許さないでしょう」

「そんな……()()()()()()()()()()()()()()()()()

「フェリスっ!」


 セレシュの鋭い声に、フェリスは半泣き顔で口を閉ざした。


「分かれ、フェリス」


 きっぱりとした口調でセレシュが言う。


「王族たる我らがこの地で傷つけば、子爵や姉様に累が及ぶのだぞ。お前のわがままが通ると思うな」


 はっと顔を上げたフェリスは、涙を溜めた目を見開いてわたしを見た。

 わたしはセレシュに視線を移し、そっと目を伏せる。わたしの口からは言いにくかったことをセレシュが代わりに告げてくれたのだ。


 もし。それでも構わないと、何かあっても全ての責は自分にあると主張したとして。

 ……それが通るほど貴族社会は簡単ではない。


「お前に何かあれば、この地が更地になる。そのくらいの覚悟は持て」


 冷徹な声。セレシュのこんな声を聞くのは初めてだった。

 フェリスは何度もわたしとセレシュの間を視線を走らせ、俯いた。


「ごめん、なさい……」


 周囲からため息が漏れた。

 わたしは今にも倒れ伏しそうなフェリスを見守る。

 デビューを果たして、大人の仲間入りをしたフェリス。王族として立つ彼女は、半年前と比べれば随分大人びて見えた。

 けれど、ここにいるのは幼さを残して背伸びをする少女。手紙を通じて見えていた彼女の姿と変わらない。

 手を差し伸べることは容易い。

 でも。

 ……その結果を背負える立場にないことが、とても歯がゆかった。


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