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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十五章 視察団が山を降りるまで
162/199

157.子爵令嬢の兄は独白する

 王都を飛び出して、走り続けて、何日経ったろう。

 二日のような気もするし、一週間以上の気もする。

 頭上には全てを覆い隠す闇が広がっている。が、町から離れているお陰で星明りでも十分明るい。


「大丈夫か」

「……平気だ」


 このやり取りも何度繰り返したことが。……まあ、八割がた虚勢だろうけど。

 とはいえ妹よりはずっとタフなようで、多少の無茶なら平気な顔をする。流石に寝ずの山越えはきつかったようだが、他に選択肢はなかった。

 そろそろ秋に差し掛かるこの時期は、冬ごもりをする動物たちが食い溜めを始める。

 迂闊な場所で眠ろうものなら馬をやられる。

 俺たち自身は抵抗できるが、馬を失ったらどうやってもたどり着けない。

 ……まあ、影が見守ってるから、最悪の事態にはならないだろうが、こいつの希望に沿うことはできなくなる。


 ちらりと隣で馬を歩かせる主人に目をやる。

 王太子ミゲール。

 妹の元婚約者にして、ヘタレ。

 未だに妹を一途に思っていて、思うが故に婚約破棄という暴挙に出た、馬鹿。

 デビューのその日に公衆の面前で求婚して阿鼻叫喚を引き起こした、馬鹿。

 妹はこいつのことなんか、ちっとも覚えてなかったってのに。

 こいつは、昔の思い出を未だに引きずっている。


 すでに三人の王太子妃候補が何年も前から王妃教育を受けているところにこいつの横槍が入って、あちこちから顰蹙を買ったのはよく覚えている。


 当然、うちの家にも被害はあった。

 ……まあ、うちの両親はだからといって動じる人たちじゃないが。

 それに、うちは辺境も辺境、北の果てにある。

 他所の領地と頻繁な取引があったわけじゃない。

 ほとんどの取引は、山の麓を治めるハインツ家が相手だ。

 ハインツの爺様の目が黒いうちは大丈夫だと父親も言っている。

 だから、まだなんとかなっている。

 ……かなりの無理を聞いてもらっているハインツの爺様には頭が上がらないがな。


 どこの派閥にも属さず、常に王家にのみ忠誠を誓う我らとしては、ミゲールのとった行動は歓迎できるものではなかった。

 どこにも所属しないのは、どこからも目をつけられないようにするため。

 爵位を低く保つのは、要らぬ義務を増やさないため。

 この地を離れる口実を与えないため。


 本来なら辺境伯と言われてもおかしくないのだ。

 この北の地は、それほど重要な地であり、そこを守るための力を持つことを許されているのだから。

 その分、派閥や権力から距離を置くことも求められる。

 力を欲して北と組めば、我が国などあっという間だ。

 それをしない人物でなければこの地は守れない。

 チェイニー公爵がこの地を与えられない理由の一つでもある。


 だというのに、ミゲールは妹を欲しーー捨てた。

 どれほど裏で交渉がなされていたか、ミゲールは知らない。

 どれほどいきり立つ()()を抑えるのに苦心したか。

 そして今度は……第二王子と妹をかけた賭け。

 呆れ果てて言葉も出ない。

 正直、放り出してしまっても良かった。


 ……が。

 俺も妹には甘いんだよな……。

 こいつが辛いことになるのを知ってて放置したと知れば、妹は俺よりも自分を責めるだろう。

 ……ほんと、お前にはやりたくないよ。

 お前が思うよりもずっと、妹はお前を大事に思っていたはずだ。

 それが伝わっていなかったとは言わせない。


 親の言い付けがどうした。

 そんなもの、本当に欲しいなら抗えよ。

 いい子にしてたって、誰も何もしてくれやしない。

 それは、お前だって知っているだろうに。


 だから。

 こうやって公に力を貸すのは今回が最後だ。

 お前は、自分で勝ち取らなければならない。

 それくらいの罰、軽いもんだろう?

 あいつの六年を無駄にしないためにも、頑張って欲しいもんだね。


 ……なあ。

 お前はどうしてあいつが欲しかったんだ?


 お前の周りにはいなかったタイプだからか?

 なら、諦めてくれ。

 お前にあいつは勿体無い。

 何を振り捨ててでも得ようとした、その決心はどこにいった?

 お前が後先も考えずに行動するやつじゃないことは、よく知っている。

 ……まあ、妹が絡むと途端に短慮になってたけど。

 今回もそうだ。

 俺に何にも相談せずに出奔とか、アホか。

 ベルエニーまでの道のりを舐めんな。

 俺が追いつかなきゃ、今頃お前、冬ごもり前の熊の腹ン中だぞ。


 ……ああ、俺もお人好しだよな。

 結局、手伝っちまうんだから。


 でも、本当の本当に今回が最後だからな。


「そろそろ行こう」


 ミゲールが後方に目をやる。

 第二王子の一行と思しき一行は一つ前の街で追い抜いたが、警護が少なすぎた。

 それより何より、急ぐはずのレオ殿下が馬車に乗って移動してるはずがない。

 もう一つ先の街にすでに着いているのか。

 それとも、すでにハインツ領まで入っているのか。


「ああ。あと一息でハインツ領だ」


 馬の腹を蹴り、走り出す。

 そういえば、視察団を送り出してから何日経った?

 もう収穫祭の終わる頃ではないか。

 帰る客たちの波とかち合えば、山を登るのが難しくなる。

 レオ殿下に追いつくどころではなくなってしまう。


「急ぐぞ。遅れるなよ」

「わかった」


 せめてハインツの爺様のところまでもってくれよと馬の首を叩きながら、前へと馬を走らせた。


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