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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十四章 子爵令嬢は秋を見送る
160/199

155.子爵令嬢は困惑する

 目の前には二組の親子が対峙するように座っていた。

 右手のソファにはウェイド侯爵とユリウス君が。

 左手のソファにはマルス殿とミーシャが。

 各々の目の前にはセリアの淹れた紅茶が、そのまま手もつけられずに冷めきっている。


 わたしは、何度めかのため息を心のうちで吐き出した。


 発端は、ウェイド侯爵がマルス殿を呼び出したことだった。


 昨日も夜番だと聞いて、ミーシャはもう一日預かることにした。他の子たちも、祭りの片付けで忙しい親の迎えが来るまで預かることにしたので、昼間は我が家の広い庭で遊んでいたと護衛からは報告を受けている。

 ユリウス君もミーシャも、彼らと共に遊んでいた。

 ウェイド侯爵は公務があるからと砦に戻り、ユリウス君は他の子たちと同じ部屋に寝泊まりすると言って聞かなかった。

 翌日、事情を聞いたウェイド侯爵はあまりいい顔をしなかったけれど、ユリウスおじさま……侯爵にとっては義父から辛辣な指摘を受けて黙らざるを得なかった。

 曰く、()()()()()()()()()()()、と。


 ひとまずその件はおさまったのだけれど。


 わたしはユリウス君に視線を移す。

 今度はユリウス君がゴネたのだ。ーー曰く、ミーシャがいない王都には戻らない、と。


 ユリウスおじさまから話を聞いたとき、祭りが始まる前におじさまがこぼした言葉を思い出しました。


『となるとちと厄介じゃな』

『すんなり帰るかどうか』


 ええ、おじさまの懸念は大当たりでした。

 ユリウス君の言葉を聞いた侯爵は、マルス殿とミーシャを呼びつけたのだ。

 そして、今に至る。


「ですから、私は」

「王都に帰れない話は聞いた」


 マルス殿の言葉を侯爵は遮る。これで何度目だろう。同じことの繰り返しはそろそろやめて欲しいのですが。

 というかなぜ、わたしがここにいるのでしょうか。


 そろりとミーシャに視線を向ければ、あきらめ顔でため息をつかれた。ユリウス君はと見れば、肩をすくめて首を横に振っている。

 そして二人とも、わたしをじっと見る。


 ……ええ、二人の思いはわかっていますとも。ただちょっと胃が痛くなるだけで。


「ですから!」


 マルス殿が声を荒げたところでわたしは手を叩いた。


「そこまで」


 はっと我に返ったのであろう二人は、ばつが悪そうに腰を下ろす。ええ、大人二人は興奮のあまり、中腰になって睨み合う状態になっていたのだ。


「申し訳ない、ユーマ様」


 さっと頭を下げたのはマルス殿だった。侯爵はと見れば、渋々ながら「すまない」とだけ呟く。


「ええ、少し頭を冷やしてください」


 セリアが入ってきて、紅茶を入れ替えてくれる。ユリウス君とミーシャの前には焼き菓子も添えてあった。戸惑いながらわたしの方を見るので、にっこり微笑んで頷いた。嬉しそうに頬張り、視線を交わしながら小さな声で話す二人には、今回の件でのわだかまりは見られない。

 それから、視線も合わせずそっぽを向いて紅茶を啜る二人を見やる。

 マルス殿は若干青ざめた顔色で、侯爵は興奮からかまだ頰が赤い。

 それでも、紅茶を飲みきる頃には子供たちの様子に視線を向ける程度には余裕が出たようだった。


「ミーシャ」

「はい」

「ミーシャは将来、何になりたいの?」

「え……」


 ミーシャは、急な話で目を見開いたのち、うつむきながら隣に座るマルス殿の方にちらりと視線を向けた。


「事情があることはわかっているわ。でも、それらを気にしなくていいのなら、ミーシャは何になりたい?」


 隣で口を開け閉めするマルス殿は少しきつく睨んで黙らせておく。……こんなところで王宮で培った技が役に立つなんてね。


「わたしは……お父さんみたいに強くなりたい」


 マルス殿が口を開けたまま、凍りついた。


「え……?」


 ぽろりとこぼれた声に、ミーシャは父親の方を向いてにかっと笑う。


「だって、お父さんは世界一強いんでしょ?」

「あ……」


 信頼の眼差しに、マルス殿は真っ赤に顔を染め、それからわたしや将軍に視線を彷徨わせた。


「お前は……騎士になりたいんじゃないのか……?」

「騎士になるかどうかはわかんない。……でも、お父さんぐらい強くなったら、今度は二人でお母さんを守れるでしょ?」


 その言葉に、マルス殿はミーシャに抱きついて泣き出した。


 ◇◇◇◇


 お母さんはね、王都の宿屋の娘なんだ。看板娘だったんだって自分で言ってた。

 あ、宿屋って言っても一階が酒場でね、むしろそっちの方が賑わってたよ。

 お父さんは酒場の客だったんだって。馴れ初めとかは絶対教えてくれないんだけど。

 あたしが六歳の時だったかな、ならず者たちが店で暴れたんだ。

 お母さんもじいちゃんもばあちゃんもみんな怪我させられた。

 お父さんは一人で立ち向かったんだけど、多勢に無勢、ってやつ?

 警備隊が駆けつけて全員捕まえてくれたんだけど、お父さん、ひどい怪我でさ。

 店をしばらく閉めるしかなくてさ。お父さんは怪我が治るとお給料のいい北の砦に一人で行っちゃった。

 あ、お店はすぐに再開したんだよ。いろいろ大変だったけど、周りのみんなが助けてくれた。

 だから、冬になる前にお父さんが帰ってきたら、またみんなで暮らせるねって話してたんだ。

 でも、翌年の春になっても便り一つこなくて。でもお金だけは送られてきてたんだ。

 だから、三年目の春にあたしはここにきたの。

 このままばらばらになるのはいやだから。

 お母さんなんてね、毎日北の山に向かってお祈りしてるんだよ。

 お父さんが怪我しませんように、病気になりませんように。変な女の人に引っかかりませんようにって。


 だから、もう帰ろうよ?

 誰もお父さんを責めてないよ?

 むしろよく一人であの大人数相手に頑張ったって褒めてたよ?

 見てた人が、何もできなくてごめんって泣いて謝ってた。角のおばちゃんも、お父さんのことすごい心配してくれてる。

 みんな、お父さんが帰ってくるの、待ってるよ。

 じいちゃんもばあちゃんも、もちろんお母さんも。


 あ、お母さんは怒ってると思うけど、あれ本当は心配でたまらないだけだから。

 心配しなくていいよ?

 お父さんの部屋、まだそっくりそのままだから。

 いつ帰ってきてもいいように、毎日掃除してるの、あたし知ってるよ?

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