15.子爵令嬢は懐かしい人たちと再会する
三連休&6万PV御礼ということで、連続更新です!
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街道の先に見えてきた石造りの城門前には、入門を待つ人でごった返していた。
街道の閉鎖が解除され、麓の村や近隣の領地の人々との行き来が再開されたせいね。
ベルエニー子爵のお膝元であるこの町は、かつては北への玄関口であり、山向こうにある国との交易も盛んだった。向こうの特産品が軒に並ぶのは当たり前だった。――らしい。
らしい、としか言えないのは、わたしが知っている限り、生まれてから一度もそういうことがなかったから。
交易が盛んだったころの話も、砦の親分や、もうずいぶん前に亡くなった爺様から聞いた話だ。
今では、この国の一番北の果て、というのが我が領の一般的な認識だ。
それでも人の行き来が絶えないのは、ひとえにベルエニーで飼育されている寒さに強い馬と、冬の暇な間にと作られる毛織物などのおかげだろう。
このあたりの毛織物は仕事が丁寧で質がいいと評判だから、きっとこの列にも買い付けに来る商人さんたちがいるに違いない。わざわざ王都から買い付けに来る人もいるって聞いたし。
ベルエニー領は、冬に完全に外界から閉ざされることが分かっているから、領内だけでも数か月生活できるようになっている。
農耕はもちろん、畜産や放牧もされている。子供の頃には羊や牛を追いかけて遊んでたっけ。懐かしいな。
それから大事なのが林業。
冬の間のストーブや暖炉の薪は、万が一の場合は領内で賄っていけるように考えてあった。切り倒して終わりじゃなかったんだってこと、今ならわかる。
切り倒しては次代の木を植えて育てるのも木こりの仕事。
そして、長い冬の暇な時間をかけて、女たちはみんな、内職をする。
よく遊んでた農家のボビーのところは、おばあさんもおばさんも編み物をしていた。木こりのトミーのお母さんは機織り。宿屋兼酒場のオットーの姉さんはレース編み。そんな感じで冬になると、女たちはみんなあったかい暖炉の前でおしゃべりをしながら手を動かすの。
わたしも一緒になっていろいろ教えてもらったけど……結局どれも苦手で、身につかなかったな。王宮では必死に刺繍を覚えたけれど、本当に必死で、ちゃんと刺せるようになるまで散々指に穴を開けまくった。今では何とか人並み……まではいかないけれど、思い描く通りの刺繍がさせるようになってきた。
そんなことを、馬を降りて引きつつ列に並ぶ人たちを眺めていた時。
「フィグ様?」
声に振り向くと、行列の誘導係らしい兵士が兄上の顔を見て目を丸くしていた。兄上はと見ると、にやっと笑っている。
「おう、久しぶりだな。ゲイル」
「いつお戻りに? というか列に並ばないでくださいよっ」
ゲイルと呼ばれた兵士は――兵士と言いながら、軽い皮鎧と短剣、兜ぐらいしか身に着けてないけど――ぐいぐいと兄上の腕を引っ張って列から連れ出した。引っ張られて闇月が列から離れると、一緒に白妙まで列を離れようとする。
……えっと、いいの? というか、列に並んじゃだめだった? それとも、兄上だから特別なのかな。
白妙の手綱を引っ張りつつ、どうしよう、と兄上と白妙を交互に見ていたら、ようやくこっちを見た兄上は、笑いながらわたしを手招きした。
招かれたってことは……列外れていいんだよね?
兄上の方に歩いていくと、ぐいと腕を引っ張られた。拍子に手綱から手が離れて、白妙は嬉しそうに闇月に駆け寄っていった。……まあ、逃げないだろうからいいけど。
「お連れの方も、ご一緒に通っていいですよ。身元はフィグ様が保証してくれるんですよね?」
「馬鹿、見てわかんねえか?」
なぜかぐいぐいと兵士の前に押し出された。兄上の反応からすると、友達なのだと思うのだけれど、どうして目の前に突き出されてるのかがわからない。なんとなく恥ずかしくて顔をそむける。
「だから、フィグ様の恋人なら通ってかまいませんって」
「違うっての。……ユーマ、お前、覚えてないか?」
「え?」
覚えてっていうことは……わたしの知っている人?
顔を上げてじっと見る。兜の隙間から灰色の髪の毛が覗いてる。見開いた眼も灰色で、鼻の周りにそばかす。兄上よりは背は低くて細身。
六年前に知っていたってことは、きっともっと幼い頃を知ってるってことよね。
頭の中で背をもう少し低くして、顔と体をふっくらさせると――心当たりが一つだけあった。
「ゲイルって……粉ひき屋のゲイル?」
「え……? なんで知ってんの」
どうやら当たったらしい。目を丸くするゲイルの中に、確かに小さいゲイルの面影が残っている。
わたしより二つ年下だった。背も小さくて、ころころで、よく転んでひざをすりむいてたから、ころころゲイルって皆で呼んでたっけ。
「元気そうね、ころころゲイル」
嬉しくてたまらない。思わず抱き着きそうになっちゃったけど、我慢我慢。今のわたしは十四歳じゃない。一応常識はわきまえてる大人の女だもの。
「え……ユーマって、ほんとにあのお転婆ユーマ……?」
「暇になったら遊びに来い。じゃあな」
まだ硬直しているゲイルをにやにや見ながら、兄上はばしばしと肩を叩いて歩き出した。
闇月と白妙を引っ張りながら門を通り過ぎる。後ろでなんだか叫び声が聞こえたけど面倒なことになりそうだから振り向かないことにする。
周りの視線がわたしと兄上に集まっているのを感じて、わたしは足を速めた。注目されるのは苦手。できるだけ早く通ってしまいたい。
「どうした、早く家に帰りたいか?」
後ろから兄上が声をかけてくる。振り向くと、兄上はにやにや笑っていた。兄上にパンチを繰り出す真似をして唇を尖らせた。
「そりゃそうよ。六年ぶりだもの」
「この町も六年ぶりだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「お前の庭だろ?」
兄上は楽しそうににやにや笑ってる。……確かに、この町のことなら誰よりも――兄上よりも知ってた。六年前なら。
「あれ……? 嬢ちゃんじゃないかね?」
声をかけられて振り向くと、通りに面した店の前にいたおばさんが目を丸くしてわたしを見ていた。
宿屋のマルゴットのお母さんだ。確か名前はマリー。……記憶よりも疲れて見えるのは、それだけ年を重ねた証拠なのだろう。
「こんにちは、ご無沙汰してます」
挨拶を口にしてにっこり微笑むと、マリーはわたしの手を取って、額に押し当てた。その手は水仕事で荒れている。働き者の手だ。
「お帰りなさい。嬢ちゃんがいなくなってから、マルゴットが寂しがってねえ」
顔を上げたマリーは、それはそれは嬉しそうに微笑んでくれた。目じりに涙が浮かんでいる。
「ごめんなさい、本当に不義理しちゃって。マルゴットは元気?」
「ええ、もう元気過ぎて困るぐらいよ。――あの、また時間があったら遊びに来てくれるかしら? あの子も喜ぶし」
「ええ、必ず」
マリーはちらりと兄上を見てから離れたので軽く会釈をして歩き出す。今度遊びに来るときには、手荒れによく効くハンドクリームを持って来よう。二人分。
兄上はと見れば、なんだか機嫌悪そうな顔をしている。
「兄様、どうかしたの?」
「いや。なんでもない」
不機嫌の理由を聞こうとしたけれど、結局答えてはもらえず、歩いてるうちにまた知り合いに会って足止めを食らったりして、館までの道のりが妙に長かった。
そして、毎回気になったのだけれど。
わたしを見かけて声をかけてくれた人たちはなぜか皆、兄の不機嫌な顔を見て、さっさと会話を切り上げてしまう。
兄上の不機嫌な理由がわからない上に、町の人たちの行動も分からない。なんでだろう……?
その疑問は、結局館に帰りついても解消しなかった。




