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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十四章 子爵令嬢は秋を見送る
156/199

151.子爵令嬢は子供達の嘘に気づく(10/12)

 元気に手を振って出て行く子供を笑顔で見送る。扉が閉じると同時に笑顔を消し、ため息をついた。


「大丈夫か、お嬢」


 グレンが斜向かいの席からこちらを覗き込んでくる。わたしは首を横に振り、両手を上げると伸びをした。


「流石に疲れたわ……」

「だろうな。こっちも手が痛くなってきた」


 今日のグレンは記録役に徹している。話を聞き出すのはわたし。でも、子供たちはすぐ別の話に意識が飛んでしまって、肝心の話に何度も引き戻した。それもやりすぎるとへそを曲げられてしまう。粘り強く話を聞き出す以外ない。

 朝からやっているのに遅々として進まないのは、そのせいだ。

 すっかり冷めてしまった茶を飲み干す。

 本来ならグレンと二人きりでこもるなんて貴族の令嬢にはあるまじき行為だ。

 でも、これは騎士団の仕事。機密情報を扱うかもしれないからと二人にしてもらったのだ。


「それにしても、うまくはぐらかすもんだなあ」

「笑い事じゃないわよ」


 感心した様子のグレンに釘を刺す。


「わかってるよ。でも、これ以上は無駄かもしれないな」

「無駄?」


 グレンは手元に書き記したものを寄越してきた。


「誰かがこう言えって指示してる」

「え?」


 グレンは記録を一つ一つ指差しながら続ける。


「この子とこの子は四歳。こっちは六歳。これは十一歳。……四歳の子と十一歳の記録が細かなところまで類似ってだけで怪しい」

「……本当だわ」


 四歳の子の記憶力がすごいのかもしれないけど、普通こんなことまで覚えていない。


「森に入ってかくれんぼして遊んでいたらユリウスとミーシャが普段は入らない森の奥に入ってしまった。みんなで手分けして探した。サムとトムが二人を見つけた。大人の人たちは森の出口で偶然会っただけーー大筋はこんなところね」


 すすだらけだったのは、炭焼き小屋にいたせい。

 何年も前に放棄された炭焼き小屋で、隠れ家に使っている。

 よれよれで葉っぱまみれだったのは、木登りをしたから。

 服が破れてるのは遊んでるうちに引っ掛けたから。

 森では誰にも会っていない。


「じゃああの脅迫状はなんだったんだって話だよな」

「ええ」


 本当は()()()()()のだろう。

 ユリウス君とミーシャの服には何かで切られたような形跡があった。二人は剣を持っていなかったけれど、敵が持っていた可能性はある。奪って抵抗したのだろうか。手にも傷があった。

 誰でも良かったのかもしれない。あの脅迫状には誰の息子と書かれていなかった。

 偶然そこに居合わせたユリウス君とミーシャだったのかもしれない。

 誘拐犯に行き会って、必死で逃げてきたのではないか。二人だけならそのまま誘拐されていたかもしれない。

 他の子供たちがいたから、誰もさらわれずに済んだだけで。


「……運が良かっただけなのかも」

「ああ」

「クリスもちゃんと証言してくれればいいのに」

「自分の正体がバレると思ったんじゃないか?」

「……え?」


 さらりと言われて頷いた後で言葉の内容に気がついた。

 振り返ると、グレンは口元を覆って視線を逸らしている。


「……いつから?」


 じっと見つめると、グレンは降参、とばかりに両手を上げた。


「セレシュ王子から聞いたんだよ。王都に行った時な」


 遠く離れたベルエニーの地と連絡を取り合うのはなかなかに骨が折れる上に時間がかかりすぎる。

 やっぱりクリスはそのために送り込まれたんだ。


「それ、誰かに言ってないわよね?」

「言うはずないだろ」

「……それにしてはあっさり喋ったじゃないの」

「それは、お嬢は事情を知ってるって聞いてたから」

「誰に?」

「本人から」


 隠したいのか隠したくないのか。ため息をつくと、わたしは机の上のベルを鳴らした。




 次に案内されてきたのはウェイド侯爵とユリウス君だった。

 今日は子供だけ、と説明してあったのだけれど、目を離すのが怖いらしい。

 ……大層なことを言って預かったくせに危険な目に合わせてしまったのは事実だもの。

 謝罪は受け取ってもらえたけれど、信頼は地に落ちた。

 今だって、本当は侯爵は公務中のはずだ。砦と大門の視察を抜けてきているのだから。


 侯爵には少し離れてもらい、ユリウス君には向かいの席に座ってもらった。

 視線を向けると、おどおどしたところもなく、まっすぐわたしを見ている。いつもよりも落ち着いて見えるのは、お父上の影響かしら。


「早速で悪いけれど、昨日あったことを話してくれる?」


 ユリウス君はちらりと侯爵の方に視線をやった後、小さく頷くと話し始めた。





 二人が去った後、わたしは手ずから茶を入れてグレンに差し出した。侍女も侍従もいないのだから当然なんだけどね。

 彼の手元には真っ白なままの紙が置いてある。ペンさえ持っていなかった。


「午後の聴取、どうします?」


 のろのろとカップを受け取ったグレンが言う。その目はどこか濁って見える。

 いまのわたしも似たような顔をしているかもしれない。


「簡単に事実確認だけしましょう」


 冬前の一日はとても貴重だ。いつまでも引っ張っておけるものでもない。何より、すでに問題が解決しているというのなら、引き止める理由もない。


「だな。……俺も準備しないとだし」


 グレンは明日、山を降りるウェイド侯爵とともに行くのだ。ここで聴取の手伝いをしている場合ではないはずなのに。

 はらへり、とつぶやきながらふらりと出て行ったグレンに一つため息をついて、わたしはカップを取り上げた。





 ……ユリウス君と侯爵が語ってくれたこと。

 それは、誘拐未遂事件のことだった。

 子供たちを助けるためにクリスが魔術を使ったこと、犯人はすでに捕縛済みであること、黒幕まで判明していて、王都に戻り次第捕縛する予定であること。

 ……これら全てをお師匠様もユリウスおじさまも、父上もご存知なこと。

 わたしがやっていたことは、ただの領民向け、表向きの時間稼ぎだったのだ。

 それを突きつけられることになろうとは思わなかった。


 謝罪もされた。それはそれは丁寧に何回も。……それほど酷い顔をしていたのかもしれない。自覚はないけれど。


 すでに危険が去っていることが分かって、ホッとしたのも事実。

 でも、自分が()()()()()でしかないことを痛感させられた。


 騎士になりたい。昔からの想いは変わらない。なのに、どうしても自分の小ささに心が折れそうになる。

 ……今のわたしはただのお荷物だ。嫁ぐことで縁をつなぐわけでもない。稼ぐことも守ることも、中途半端なまま。


 早く強くならなくちゃ。

 剣の腕だけでなく、もっと。

 ……一人で立てるように。

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