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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十四章 子爵令嬢は秋を見送る
153/199

149.子爵令嬢は騎士の娘と話をする

「あのっ」


 後ろから声をかけられて振り向くと、ミーシャと彼女の父親であるマルス殿が立っていた。

 風呂に入ってぬくもったとはいえ、配られたはずの毛布も纏っていない。廊下は部屋の中と比べても寒いのに。


「どうしたの、ミーシャ」


 わたしは歩み寄り、視線を合わせるのに膝をつく。後ろでマルス殿が慌てた様子なのはこの際見なかったことにする。


「……ユリウスは、将軍の息子なの……ですか?」


 そう尋ねるミーシャの目は潤んでいて、今にも溢れそうなほどだ。

 はっと顔を上げれば、マルス殿は眉根を寄せ、娘を見下ろしている。……何かを堪えるみたいに。

 視線を合わせたマルス殿はしかし、首を振らなかった。


「……ええ」

「そう」


 ミーシャは俯いた。その拍子に足元に水滴が落ちる。

 どう声をかけるべきか悩んで、口を開け閉めする。だが、当たり障りのない慰めの言葉しか出てこない。

 マルス殿も何も言わない。

 きっと彼はユリウス君の正体を知っていた。けれど告げることはできなかったのだろう。


 どれくらい経ったのか、ミーシャは目尻を拭って顔を上げた。いつもの笑顔を見せる。……いや、見せようとした。


「パパのお迎えも来たし、王都に戻るんですよね? あー、せいせいした。坊ちゃんのお守り、大変だったんだから」


 そう言い笑う彼女の目尻からポロリと雫が落ちる。

 わたしはぎゅうと抱き寄せた。


「あんな世間知らずっ……」


 彼女がいたから今のユリウス君がある。

 わたしが初めてハインツ邸の庭で会った彼は、子供らしさのまるでない小さな大人、だった。誰も信じず、誰にも頼らず、親や祖父でさえもーー。

 あれほどに感情をあらわにして泣きじゃくるなど、あの時のユリウス君からは予想もできなかったことだ。

 わたしは結局何もできなかった。ここに連れてきただけ。

 全てはミーシャが引き出したことだ。


「ミーシャはすごいわ」


 ミーシャの背中を撫でながら言うと、腕の中で彼女はふるふると首を振る。


「すごくなんか」

「すごいわよ。ユリウス君が笑うようになったのも、鍛錬に欠かさず通うようになったのも、嫌いな野菜を残さず食べるようになったのも、街の子たちと一緒に遊ぶようになったのも、全部ミーシャのおかげだもの」

「そんなこと」

「ああやって素直に泣けるようになったことも」


 彼女たちが出てきた扉を見やる。


「全部、ミーシャのおかげ」

「わたし、何にもしてない」

「したわ」


 にっこりと笑いかける。

 きっとミーシャがいなければ、彼はいまだに侯爵家の跡取りという立場に縛られて、踊らされていただろう。

 近寄る者全てを敵とみなし、周りを威嚇しては蔑み、心をすりつぶして。

 わたしができたのは、あの場所から連れ出すことだけ。

 わたしが剣で打ち負かしたところで、今のように素直にはならなかっただろう。

 だから。


「ありがとう、ミーシャ。……きっとユリウス君もあなたのことが大好きよ」


 そう告げて少し体を離して顔を覗き込むと、ミーシャは目を丸くしていた。

 それから、じわじわと頬が赤くなっていったけれど、やはり目を伏せて力なく首を振った。


「でも、もう会えない」

「そんなことは」


 ちらりとマルス殿を見ると、あまり芳しい表情ではない。

 王都から来た騎士の一人だと認識していたのだけれど、戻らないつもりなのかしら。

 首を傾げてみるも、マルス殿は目を伏せて後ろを向いてしまった。

 王都には何かあるのかしら。だとしたら、王都で会うことは難しいかもしれない。

 でも、そんなのはどうにでもなる。

 ユリウス君一人ではここまで来ることは難しいだろうし、ミーシャ一人で王都に行くのもマルス殿は許可しないだろう。

 ならば、()()()()()()()()()()()()


「大丈夫、わたしがなんとかするわ」

「だめだよっそんなの」


 驚いてわたしにしがみついてくるミーシャに、にっこりと笑う。

 ()()()()()

 半年前なら自分から口に出すことはできなかった。

 今だって気を張ってなければ後ろ向きになってしまいそうだ。

 けれど。

 いつまでも後ろを向いていられない。

 祭りが終わったら、前を向く……そう決めたんだもの。

 ()()()()()のだって、ミーシャとユリウス君のためなら、頑張れそうな気がするから。


「ユーマ様」


 マルス殿が側にやってきた。差し出された毛布を受け取って冷え始めたミーシャを包み込むと、わたしは立ち上がった。


「ここは寒いわ。部屋に戻りましょう?」


 毛布の温もりで寒さを思い出したのだろう。小さくうなずいたミーシャをマルス殿が抱き上げる。

 わたしは父親の腕の中のミーシャをそっと撫でて、マルス殿を見上げた。


「客室を用意させましたから、今日は泊まって行ってください」

「いえ、すぐ近くですから」

「もう遅い時間ですし、寒い中を帰らせるわけにはいきません」


 正直なところ、子供たちに何があったのかを把握できていないのだ。そんな中を帰らせるわけにはいかない。

 子供たちには明日話を聞くことになっているし、ここにいてくれる方がわたしも安心できる。


「しかし、わたしはこの後深夜まで仕事で」

「……それならなおさらミーシャを一人にするわけにはいかないわ。仕事が終わったらここに戻ってきてください」


 じっと見つめると、マルス殿は諦めてくれたようで了承してくれた。

次回更新は4/30です

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