148.子爵令嬢は子供たちを見つける
街は祭りの熱を残しながらも、冷たい冬の気配に支配されつつあった。
昼間の日差しが嘘のように、残照はぬくもりを失っている。
兵士たちが剣を鳴らしながら通る様子に、街の人たちも何かあったことだけは察しているらしい。
わたしたちが顔を出しても、事情を聞きに来ることなく祭りの後片付けをしている。
ちらちらとこちらを見ているから気になっているのは間違いない。でも、聞かれても何も話せない。
申し訳なく思いながら、足早に通り過ぎる。
屋台は明日まで許可されているけれど、道行く人に元気な声をかける店主はいなかった。
あの脅迫状には、具体的なことは何も書かれていなかった。
ただ、息子を預かったとだけ。なんの要求も書かれていない。……その方が怖い。何を要求されるのかわからないのだ。
将軍としてのウェイド侯爵は王の覚えもめでたく、チェイニー公爵の後継者とまで言われる実力者だ。
その反面、正義には厚く、そういった意味合いではチェイニー公爵ときっちり距離を取っている。
そんな人の息子をーーユリウス君を誘拐して、何をさせようと言うのだろう。
子供たちのいそうなところを探し歩いてみたが、なぜか今日に限って一人もいない。
まさか、あの子達まで……。
そこまで考えて慌てて首を振る。
どんな敵かは知らないけれど、二十人以上いる子供達を全員連れて行くことなんてできやしない。
祭りが終わって家に帰っただけなのだろう。
そう思って街中をめぐる。
ありとあらゆる場所にすでに砦の兵士か我が家の兵がいた。わたしが思いつく場所は皆も知っているのだ。
日が落ちる。町中に篝火が焚かれる。冬に備えて蓄えた薪が惜しげもなく燃やされる。
その下を、その横をわたしたちは走る。
途中でグレンに行きあった。彼はお師匠様の指示であちこちに兵の詰所を作っているのだと言っていた。
日が落ちればあっという間に気温が下がる。体を冷やした兵士たちのために、風にさらされず暖を取れる場所は必須なのだ。この街では。
暖かいところにいるだろうか。凍えてはいないだろうか。
ユリウス君はここの寒さに慣れていない。先日寒そうにしていた彼の顔を思い出して、ぎゅうと身を縮こめた。
壁外に出たところで子供を呼ぶ母親の姿があった。
声をかければ子供二人が遊びに出たまま帰らないという。捜索を引き受けて、母親を帰らせる。
魔術師たちのテントはすでになかった。祭りが終わればここに用はないのだろう。もしかしたらもう山を降りてしまったかもしれないを
一瞬だけ力を借りることを考えた。その見返りが支払えるかどうかはわからないけれど、子供たちの命には代えられない。
そう思って来たけれど、いないのでは頼みようもない。
クリスがいれば、違ったのかもしれない。……なんてもしもを考えたところで仕方ないのに。
肩を落として戻ろうと踵を返した時、背後から声が聞こえた。
はっと振り向けば、闇の中に白い顔が浮かんで見えた。
次第にその数は増え、手を振る様子が見えてくる。ミケが手近な篝火から薪を抜いてくれた。煌々と燃える火を松明がわりにしてわたしたちは歩き出した。
わたしを呼ぶ声も聞こえてくる。
ひときわ高い位置に白い光が灯った。光に照らされたのは子供たちと、幾人かの黒いローブ姿の大人。
その中に、騎士服姿のクリスもいた。
顔がわかるほどの距離になると、子供たちは駆け寄って抱きついてきた。
でも、その表情からは恐怖は読み取れない。……うまく隠しているのかもしれないけれど。
ユリウス君とミーシャは申し訳なさそうに少し離れたところで立ち止まる。
「ユリウス君、ミーシャ」
「おれたちがんばったんだよ?」
二人に声をかけた途端、周りにいた子供たちの一人が誇らしげに言う。
明かりに照らされた子供たちの頬はなぜか煤で汚れたり葉っぱにまみれたりしている。
ユリウス君とミーシャも例外ではなく、お祭り用に準備したのであろう一張羅もところどころ破れていた。
クリスがわたしの前で立ち止まる。
他の黒ローブの方たちは、そのまま横をすり抜けていく。昼間の露店で見た顔も混じっている。
「あの……」
「内緒なんだよ!」
「おい、それ内緒になってないって」
元気の良い子供達の声が響く中、去っていく魔術師たちの背中を見送る。
「クリス」
「……俺はなーんも知らねえよ」
振り向いて顔を覗き込もうとしたけれど、クリスは背中を向け、両耳を手で覆う。子供たちがはしゃいで騒ぐ中、じっと立ったままで。
そのうち誰かのくしゃみが響いて、わたしは追求するのを諦めた。
◇◇◇◇
市門の詰所まで戻ったわたしたちは、すぐさま屋敷とお師匠様、それからウェイド侯爵に連絡をお願いした。
子供の帰りを待っていた親たちも市門のそばにいて、駆け寄ってきた子供たちを抱きしめ、抱き上げる。
子供たちには詳しいことを聞かなければならないけれど、寒さに震える子供たちを無理に引き止めるわけにはいかない。
迎えのある子供たちは子供と親の名前だけを控えて、明日館に来るようにお願いした。
親が迎えに来られない子達を連れて館に戻る。
クリスは気がつけばまた姿を消していた。魔術師たちも姿を見ていない。
彼らが全員露店を出していれば連絡の手段はあるはずだけれど……クリスから話を聞いてからよね。
館に着けば母上と侍女たちが総出で出迎えた。子供たちを暖かくした客間に通して、毛布と暖かいミルクを振る舞う。
しばらくしてウェイド侯爵が飛んできた。ミーシャの父親も一緒だ。砦に連絡が入ったのだろう。
「父上……」
父親を見上げるユリウス君の顔は、痛みをこらえるようにしかめられていて、安心感がまるでない。
厳しい顔のウェイド侯爵は、ユリウス君の前に立つと右手をゆっくり上げた。それに合わせるように、ユリウス君がぎゅっと目を瞑る。
……まさか、叱るつもり?
「侯爵様っ」
上がった手を引き止めようと手を伸ばしたところで、ウェイド侯爵は、息子の腕を引くと膝を折り、抱き寄せた。
声もなく、侯爵はユリウス君を抱きしめる、その肩が細かく揺れている。
くしゃりとユリウス君のこわばっていた顔が崩れた。
降ろされたままだった両手が、侯爵の服を握りしめーー抱きついた。
声を上げて泣き始めたユリウス君と侯爵を置いて、わたしはそっと部屋を出た。
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