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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十四章 子爵令嬢は秋を見送る
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147.子爵令嬢は剣を取る

「ユーマ!」


 大声で呼びながら居間に入ってきた父上はわたしを見るなりぎゅうと抱きついた。

 閉会の儀が終わった後は確か実行委員たちと最後の打ち合わせがあるはずで、ここに戻ってくる予定じゃないのに。

 父上の後ろには母上とアンヌの姿もある。


「どうかなさったのですか?」

「娘が襲われたと聞いて安穏としておれるか!」


 どこもどうもないか、と体のあちこちを確認される。詳細は聞かされていないのだろう。


「わたしは大丈夫です。それより」

「ああ、聞いているよ。フェリス第一王女がいらしているのだろう、驚いたよ」

「セレシュ王子もです」

「セレシュ王子が来ることは聞いている」


 セレシュと弟にはフェリスの部屋に詰めてもらっている。魔術に対して剣で太刀打ちできるとは思わないけれど、少なくとも落ち込みがちなフェリスの支えにはなるはずだから。


「それより閉会の儀は」

「滞りなく終わらせてきた。ライラ様とリリー様は護衛二人とセリアが一緒だ。ウェイド将軍にお任せしてきた」


 リリーは途中で行き合ったセリアに引っ張られて、ライラ様と一緒に交流戦を見ていたらしい。そういえばライラ様とは面識があったのよね。

 それなら多少は安心できる。

 この街には今、普段にないほど多くの貴人が集っている。

 あの敵意がライラ様やウェイド将軍にも向かないと断言はできないもの。リリー様も、身分が知られていれば危険度は増す。


「それはそうと、ユリウス君は戻っているか?」

「多分今日もミーシャと一緒に街に出ているかと」

「そろそろ日が暮れるのに、まだ遊んでいるのか」


 父上のため息にわたしは苦笑を浮かべる。

 わたしも子供の頃は日が暮れるまで外で遊んでいたものだった。きっとその頃もこんな顔でわたしの帰りを待ってくれていたのね。


 ミーシャが連れ出してくれるようになったおかげで、ユリウス君は町の子たちと仲良くなっていった。

 先日はミーシャの家にまで遊びに行ったと聞いている。ちょうどその日はミーシャの父親は非番で、快く迎え入れてくれたらしい。

 ミーシャの家のあたりには砦の騎士たちの家が数多くあり、行き帰りには非番の誰かが必ず付き添うようにもしてくれた。

 だから、子供たちだけで遊びに行っていても安心していられたのだけれど。

 ふと不安が募る。

 今回の力くらべでライラ様の護衛が出ることになって、非番の兵士たちもこぞってエントリーしていたこと。

 今日の午後に行われた交流戦をみんな見たがっていたこと。

 そして、ここに来てフェリスの護衛のために非番の兵士たちを呼び集めたこと。

 子供たちを見守る目が逸れてはいないか?

 ユリウス君にはきちんと護衛をつけていたけれど、子供たちで遊ぶようになってからは嫌がられていた。

 近くの大人が見てくれるからと、少し緩んでいたかもしれない。


 彼が何者かなんて、子供たちは気にしない。

 でも、悪意を持つ大人がいたらーー?

 もし、を放置して後悔はしたくない。


「父上」


 意を決して声をかけたタイミングで、荒々しく駆けてくる靴音が聞こえた。……只事ではない。


 飛び込んできたのは、ウェイド侯爵だった。後ろに控えたベルモントが少し息を弾ませている。

 案内を待てなかったのだろう。


「ウェイド将軍?」

「息子は帰っていますか?」


 ぎゅっと握りしめた手の中に、白い紙が見える。胸騒ぎがする。


「何が……」

「……その様子だと戻っていないのですね」


 差し出されたそれを父が受け取ると、ウェイド侯爵は部屋を出て行った。靴音が遠ざかる。


「父上」

「ベルモント」

「……急ぎ手配いたします」

「頼む」


 ベルモントまで靴音高く出て行くのを見送って、わたしは父上の手の中のものを覗き見た。


 それはーー脅迫状だった。

 遅かった。

 頭からざっと血の気が引くのがわかる。くらりとする頭を振って、扉に向かうと、父上に呼び止められた。


「どこへ行く」

「着替えてまいります」

「お前は出るな」

「……嫌です」


 きっぱり言って、振り返ると、父上は厳しい顔をして立っていた。

 これほどの表情を見たことはない。それほどに深刻なのだと知れる。

 でも。


「ユリウス君はわたしの客人です」


 おじさまから託された、大事な客人だ。わたしが守らなくては。

 父上の顔も見ず、わたしは部屋を飛び出した。


 ◇◇◇◇


 鍛錬用の服に着替える。

 フェリスが……第一王女が襲われた話はすぐに伝えたから、街中の警備もより厳しくなっているに違いない。

 今から街を出ようとする不審者は全て止められるだろう。

 わたしならそうするし、父上もそう判断するだろう。

 もう日が暮れる。

 夜になれば人の目を避けやすくなる。

 階下に降りれば父上とベルモントがいた。

 フェリスのために招集した非番の兵士たちが走り回っている。


「護衛を連れて行け」


 階段を降り切ると、父上はそう告げた。そばに控えていたミケがどうやらそうらしい。

 わたしは黙って頷くと、剣を手に走り出た。


次回更新は4/25です

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