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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十四章 子爵令嬢は秋を見送る
149/199

145.子爵令嬢は第一王女に泣かれる

「ごめんなさい」


 泣きじゃくりながらフェリスがこぼした言葉は、確かにそう聞こえた。

 でも、どうして謝られたのだろう。

 王都からここまでの道のりは決して楽じゃない。大変な思いをしたに違いない。むしろここまで来させて謝るのはわたしの方な気がするのだけれど。

 ひとまず泣き止むまで待とう。ゆるりと抱きしめたまま、あやすように背中をさすると、だんだんと鳴き声が小さくなった。

 最後に目元を拭い、顔を上げたフェリスは、目元を腫らしながらも微笑んだ。


「ごめんなさい、姉様。……なんかもう、堪え切れなくて」


 まだひっくとしゃくりあげているけれど、ちゃんと落ち着いたみたいね。

 ソファに座らせてお茶を入れようとしたけれど、手を離してくれなくて、結局そのままフェリスの隣に腰を下ろした。


「ごめんなさい、姉様。ちゃんとお話ししようと思ってたのに。……姉様が笑っているのが嬉しくて」


 また目尻に涙が滲んできている。でも今度の涙は悪い涙じゃなさそうなのは、嬉しそうなフェリスを見ていてわかる。

 それにしても……ライラ様にも言われたのよね。笑顔のこと。

 王宮にいた時もちゃんと笑顔は作れていたはずだけれど、そんなに違うのかしら。

 フェリスは涙を拭うとわたしを見てやっぱり、と笑った。


「ふふ、姉様のそんな顔、初めて見たわ」

「そう……だったかしら」

「ええ。わたくしには親しみやすく微笑んでくれてたでしょう? でも、いつもは張り詰めた感じで……母様みたいな」

「それは」


 視線を彷徨わせる。フェリスは本当によく見ているのね。……あの頃のわたしは、ただひたすらに王妃様になろうとしていたもの。

 凛として強くて、揺るぎない。王妃として、また国母としても隙のない女性。

 教師たちの言う『王妃たるもの』は、王妃様を指しているのだと早々に気がついた。

 宰相家の娘として、最初から王妃として育てられてきた王妃様と、あの方の妃となるべく育てられたライラ様、シモーヌ様、ミリネイア様。

 わたしはあの方々に追いつく他なかった。

 どれだけ違うのか、なんて痛いほどわかっている。

 ただの辺境の領主の娘が、太刀打ちできる相手なんかじゃないのに。

『王太子の選んだ娘』として、あの方の顔に泥を塗ることだけは許されなくて。

 目の前のお手本そっくりになろうとしていた。


「だから、そうじゃない姉様が見られて嬉しいの。……わたくし、姉様のことがもっと好きになりましたわ」

「あ、ありがとう、フェリス」


 思わずそう答えると、フェリスは嬉しそうに笑った。


「やっと呼んでくださいましたの」

「え」

「だって、姉様ったらお嬢様だなんてよそよそしかったんですもの。すごーく傷つきましたわ」


 笑顔が一転して、唇を尖らせてつんと顔を背けるフェリスにわたしはあわてて両手を振った。


「あれは、他の人の目もありましたし、名前で呼びかけるわけにはいかなかったから。お忍びなのでしょう?」

「いいえ、公務なの。母様も見送ってくださいましたの」


 それを聞いてわたしは頭を抱えて突っ伏した。

 先に言って欲しかった。あんな出現方法で、王家の紋のない馬車で……先触れもないからてっきりお忍びだと思い込んでいた。

 わたし、とんでもなく失礼な対応をしてしまっているじゃないの。


「ごめんなさい、ちゃんとお迎えもせずに……」

「謝らないで、姉様。だって、姉様の驚くお顔が見たくて先触れを断ったんですもの」


 念願叶いましたの、とにこにこ笑うフェリスに、わたしは両手で顔を覆ってもう一度突っ伏した。

 あの時、どんな顔してたかしら。とんでもなく間抜け面を晒してしまった気がする。


「姉様、もしかして恥ずかしがっておいでですの?」

「……もう、穴があったら入りたいわ……」

「あら、そんなのダメよ。せっかく会いにきたんですもの、朝まで寝かせませんことよ?」


 とんでもない発言にギョッとして顔を上げると、フェリスはきょとんとこちらを見ている。

 いったいどこでそんな言葉を覚えてきたのかしら。


「フェリス、そんな言い回し、誰に教わったの?」

「レオ兄様」


 レオ殿下……妹に何を教えてるんですか。


「だって、いっぱいいっぱいお話ししたいんですもの。お手紙では書ききれなくて。本当は春までずっとここにいたかったのだけれど」


 それは流石に通らなかったらしい。半年もここにとどまることになったら、いろいろ大変だ。主に警備の問題で。

 先ほどの発言も語り明かすという意味合い以外はないらしくて、ひとまず胸をなでおろす。


「それでね、姉様。今日はおまつりの最終日なのでしょう?」

「ええ」

「わたくし、姉様と一緒におまつりを歩きたいんですの」

「それは……」


 ちらりと後ろのクリスを振り返る。背中を向けたままだからどんな顔をしているのかはわからない。

 でも、警護の人員は足りてない。非番の兵士たちも、ライラ様の護衛たちと砦の兵士との一戦を見たくてしょうがないらしい。ベルモントに招集をかけてもらっているけれど、十分集まるかどうか。


「大丈夫ですわ、姉様。そこの男は悔しいですけれど、腕は確かですから」

「ダメよ、クリス一人では」

「ああ、ダメだな」


 わたしの言葉を遮るように、クリスが答える。


「俺一人で守れるのは一人が限界だ。何かあった時にお前以外は切り捨てる」


 意味わかるな? と問われてフェリスは青い顔で頷く。

 何かあれば、切り捨てられるのはわたしだ。必要なのはわたしの護衛。……自分の身は自分で守れるなんておこがましいことは言えない。


「今護衛の手配をしていますから、少し待って」


 その時、ノックの音がした。

 入ってきたのはベルモントだけではなかった。


「お嬢様、フェリス様の護衛が到着しました」

「お、兄様……」

「カレル」


 旅装を解き、騎士服に身を包んだセレシュとカレルは、ここから送り出した時よりも凛々しかった。その後ろから、申し訳なさそうにグレンが顔を出す。


「兄様が護衛……?」

「そうだよ」

「カレルはセレシュ様の護衛ね?」

「ああ」


 護衛対象が護衛って。

 じゃあ、わたしの護衛はグレン?

 ちらりと視線を向けると、なぜかグレンは拝むように手を合わせた。



次回更新は4/20です

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