144.子爵令嬢は第一王女と再会する(10/11)
お待たせしました。
ユーマのターン、再開です
「ようやく会えました、ユーマ姉様」
目の前に立って嬉しそうに微笑むのはフェリスだった。影武者でもなんでもない、本物のフェリスがそこにいた。
「ユーマ姉様」
その後ろにセレシュとカレルが並ぶ。
半年ぶりに会うセレシュは以前より引き締まった感じで、表情は柔らかいものの大人びて見えるのは気のせいかしら。
カレルは以前のように不機嫌をあからさまに出さず、無表情を貫いている。
そう言えばあの方の護衛中の兄上も似たような顔をしていた。ちゃんとお仕事中なのね。
「あー、申し訳ないが」
どう声をかければいいか考えあぐねていたら声が降ってきた。
「再会を喜ぶのもいいんですが、とりあえず指示をいただけませんかね、お嬢さん」
「申し訳ありません、ウェイド将軍。……クリス、彼女の護衛をお願いね」
「承知いたしました」
背後にいたクリスがフェリスの前で腰を折る。フェリスとセレシュが目を丸くしたのは見えたけれど、きっとうまくやってくれるだろう。
なにせ、フェリス第一王女はここにはいないのだから。
「お待たせして申し訳ありません。ユーマ・ベルエニーと申します。皆様をご案内いたします」
ライラ様が来た時と同じルートを指示して、案内人をつける。まあ、ウェイド侯爵は二度目だから迷わないわよね。
それからフェリスのところに戻り、二人に改めて淑女の礼をした。
「セレシュ殿下は公務でしたわよね。他の方達と同じく砦に逗留されるということでよろしいですか?」
公式な場面で呼び捨てなんかできないのはわかってるはずなのに、セレシュはあからさまに顔をしかめてうなずいた。
他の公務でもやらかしたりしていないかしら。少し心配になってしまうのは、小さい時から見て来ているからかもしれないわね。カレルと同じ歳だし。
視察団が逗留するのは三日間。公務で来た第三王子と領主の娘が話せるとしたら、領主が主催する明日の晩餐くらいね。それまで我慢してもらわなくちゃ。
「ではカレル、ご案内を」
「わかった」
「ユーマ姉様、また後で」
セレシュは一応にこやかな笑顔で手を振ってカレルの後をついて行く。こちらからも護衛二人についてもらうようにお願いする。
それから、フェリスに向き直った。
「それでは、お嬢様は我がベルエニー家の屋敷にご招待いたしますわ」
名前を呼ばなかったことでフェリスは目を見開いたけれど、状況は把握したらしい。大人しくクリスに守られてくれている。
側にいた警備担当にお師匠様への言伝を頼む。
もともとフェリスが来る予定だった時の警備計画はライラ様用に組み替えられている。
フェリスの警護に回せる人員はおそらくいない。非番の人を呼んでもらうことになるだろう。
セリアにも伝言を頼んだ。このままフェリスについていることになるから、ライラ様のことをお願いしておく。ライラ様は力くらべを最後まで見るはずだから。
フェリスの準備が終わったとしても、警備的に問題があるから連れてはいけないだろうし。
祭りはあと半日あるけど、約束通りに一緒に回ることはどうやらできそうにないわね、とわたしはため息をついた。
◇◇◇◇
ベルモントに部屋の用意を頼んで、わたしはフェリスを居間に通す。
お茶の用意だけしてもらって侍女たちには下がってもらうと、フェリスはすぐに抱きついて来た。
「ユーマ姉様っ」
「フェリス様」
「いつもみたいに呼んではくれないの?」
泣きそうな顔でこちらを見上げるフェリスに、わたしは困って視線を戸口に向ける。
戸口のそばにはクリスが立っていた。
「クリス」
「俺はここにいるよ」
「ええ、そうして」
他の人がいることが頭から抜けていたのだろう。さっと顔を青くしたフェリスはわたしから離れて淑女の礼を見せる。
「……申し訳ございません、ユーマ姉様」
「そこまで硬くなることはねぇだろ」
構わない、といいかけた言葉をクリスが遮ると、フェリスは憎々しげにクリスの方をにらんだ。
「何よ、姉様の護衛に選ばれたからって」
「俺はそんなーー」
「うるさいですわ。わたくしを誰だと思っているの」
「ただの小娘」
だろ? とこちらに同意を求めて来るクリスに、わたしもびっくりしつつ苦笑を返す。
お忍びである以上、ここにはフェリス第一王女はいないのだ。
それにしても驚いた。
フェリスが他の人ーーとりわけ気心の知れた者以外には見せない、王女として繕わない姿を見せている。
それだけクリスのことを信頼している……訳ではないみたいね。いがみ合っている、と言うより喧嘩相手……かしら。
「クリスのこと、知っているの?」
「ええ、口の悪い護衛ですわ」
「……俺の本業はそれじゃねぇけどな」
さらに驚いた。クリスがフェリスの護衛をしていたなんて。
男性をそばに置くといろいろ障りがあるからと、女性の王族には普通は女性騎士をつけるものだけど。
目を丸くしていたら、クリスが眉根を寄せて嫌そうに教えてくれた。
曰く、側付きの女性騎士が結婚引退する時に、後任が決まるまでの期間限定だったらしい。
「ほんと、手の負えねぇガキだったな」
「昔のことをいつまでもごちゃごちゃ言わないで」
「今でも変わってねぇだろうが。姉様姉様って、挙げ句の果てにこんなところまで」
「なっ……」
「え?」
昔の話、じゃなかったの?
フェリスはと見れば顔を真っ赤にしてクリスを睨んでいる。
「魔術師ならベルエニーに一瞬で飛んで行ける魔法ぐらい知っとけとか言ったよな?」
「だって……そうでもしないと二度と会えないかもしれないって思ったんだもの」
「そんなことなかっただろ?」
そう言われてぱっとわたしの方を嬉しそうに見たのち、クリスを睨みつけながら胸を張った。
「それは、わたくしが頑張ったからだものっ」
その様子がとても誇らしげで、わたしとクリスは顔を見合わせ吹き出した。
「姉様までひどいです」
「ごめんなさい、そう言うつもりじゃないの」
くすくすと笑うと、フェリスは目を丸くしたのち、くしゃりと顔を歪めて泣き始めた。
「えっ、ごめんなさい、フェリス」
驚いて顔を覗き込むと、フェリスはぶんぶんと首を振った。
「違うの……っ」
両手で顔を覆ったフェリスに困惑して柔らかく抱きとめる。クリスは肩をすくめるとくるりと後ろを向いた。
次回は4/18に更新します