閑話・子爵令嬢は気づく
「お嬢様、お手紙が届いております」
銀の盆に乗せてベルモントが持ってきてくれたのは、分厚い一通の封筒。
分厚さだけでフェリスからの手紙だとすぐにわかる。
「ありがとう」
避暑地から送ってくれたのが最後だったから、ずいぶん久しぶりだわね。
いつものように封筒からふわりといい香りが匂ってくる。
今回は間があいたせいか、いつもより分厚いわね。
ひっくり返して封蝋を剥がす。剥がしてから、いつもと封蝋が違ったような気がした。
フェリスが最近使っていたのは薄いピンクだったと思うけれど、今回は珍しく真っ赤だ。崩してしまったから、印章の柄ははっきりは分からない。
けれど、なぜかあの方のことを思い出した。
ーーそんなこと、あるはずないのに。
ほんの少しだけふわりと浮き上がった心と痛みを押し込めて、手紙を読み始めた。
◇◇◇◇
返事を返して二日とおかずに返事が返ってきた。
あの方が休養に入ったことは知っている。フェリスが収穫祭に来られないことも。
フェリスもレオ様もセレシュ様も、あの方の分の公務を引き受けているらしい。
忙しくなるのは仕方ないけれど、無理はして欲しくない。
前にもまして分厚い封筒をひっくり返す。
今回も赤い封蝋だ。
そっと触れて、ふと違和感に気がついた。
……印章に百合の花がない。
震える手で封筒を表に向ける。
見るだけでフェリスからの手紙とわかるからと、あまり気にしていなかったけれど。
封蝋に刻まれた印章も、流れるような筆跡で書かれた、『ユーマ・ベルエニー』の名前も。
「ミゲール様……」
いつもと違う、少し青い封筒も、ふわりと漂う香りも。
どうしてこんなに揺さぶられるの……。
もう、忘れなきゃならないのに。
どうして、こんな思い出させるようなことをするの……?
声を押し殺して涙が枯れるまで泣き続けた。
泣き止んで、封筒を開いたけれど、やっぱりあの方からの手紙はなくて、軽く落胆する。
きっと、フェリスが忙しすぎるからと引き受けただけなのよ。
深い意味なんかないに違いない。
わたしが勘違いするようなことなんかないに決まってる。
だから……心の片隅にそっとしまい込む。
あの方を思うことをやめられない、忘れることもできないのだから。