142.王太子は第二王子に煽られる
王宮の謁見の間には、多くの貴族が居並ぶ。
壇上には王と王妃、それからミゲールとレオ。
中央にはベリーナ女王の娘たちがいた。
カルディナエ宰相により粛々と式典は進められていく。ミゲールはそれを神妙な顔で承る王女たちを観察していた。
先日の襲撃者については尋問と調査が進んでいる。ベリーナ女王や王女たちとの直接的な関係は出なかった。
だからこそこうして何事もなく送り出せるのだが。
「いいのか、レオ」
「バカなこと言わないでください」
小声で聞けば、前を向いたまま隣に立つレオが応じる。
「それにまずは兄上が片付いてくれないと」
「人を厄介者みたいに言うな」
途端に隣からため息が聞こえる。
「しばらくは五月蝿いでしょうね」
「我慢しろ」
「兄上も、ですよ」
彼女たちの出立は翌朝だ。この式典で別れは済ませているから見送りは特にしない。
ミゲールの公務への復帰は王女が帰った後、十分な休養時間を置いてから、と父上から言われている。
すぐにでも復帰するつもりが肩透かしを食らった。
確かに、そんな見え透いた仮病を使われたと知れば女王の機嫌を損ねる。
彼の国は女王の腹積もり一つで風向きが変わるのだ。
高い関税を払ってでも海への道は維持しておきたい我が国としては軽んずる訳にいかない。
だから、襲撃者の口から女王につながる情報が出なくてほっとしているのも事実だ。
襲撃者たちは他国から来た傭兵で、雇い主についてもあっさりと吐いた。
雇い主はあの、北の砦から行方をくらませた兵士の養父だった。子爵位を持つ貴族だ。レオや将軍とともに捕縛しに行った時には落胆よりも安堵の表情をしていた。
子爵が脅していた人物も全て把握してある。
そのおかげで城内の内通者は速やかに捕縛できた。
資料も証拠も多数出て来たと言っていたし、いずれこうなることを見越していたのだろう。
離宮はあのまま閉鎖した。一通り安全を確認してから修復に入るらしい。
久々に戻ってきた王宮は、思っていたよりもやかましかった。
拍手が起こって王女たちが退出していく。
二人とも最後までレオとミゲールの立っていた場所に目を向けなかった。
◇◇◇◇
再び引きこもりの生活に戻った。王太子の権限でできる仕事は全て回してもらっている。以前のようにレオの護衛騎士に身をやつして出歩くことはできなくなったが、暇にしているよりはよほどいい。
「今頃セレシュたちはどの辺りだろうね」
そう言いながらカップを傾けるのはレオだ。内通者の尋問や調査で手いっぱいのはずだろうに、なぜか今朝からここにいる。
「出発してまだ五日だ。半分行っていればマシだろう」
そうでなくともフェリスを伴っている。きつい行軍になっていることだろう。
「そうそう、僕も明日には出発するから」
「どこへだ?」
「やだなあ、決まってるじゃないですか。ユーマのところですよ」
「……どう言うことだ」
「本気で口説くと言いましたよね」
ミゲールは口を閉ざす。
あれは半年前のことで、その時は手放すことしか考えられなかった。
だが。
「……譲るわけにはいかなくなった」
「へえ、本気ですか?」
揶揄する物言いにミゲールは眉間のシワを深くする。
「じゃあ、競争しよう」
「何?」
にっこりと笑ってレオは人差し指を立てた。
「俺と兄上と、どっちが先にユーマのもとにたどり着くか。先にたどり着いた方がプロポーズの権利を得る。どうです?」
「やめろっ」
弟の手首を捕まえる。
「分かっているのかっ。王族のお前が望めばユーマは断ることはできないんだぞっ」
「兄上だってやったじゃないですか」
「あれはっ……」
ミゲールが怯んだところでレオは手を振り払った。
「同じことを俺がしてどうしていけないんです?」
「……これ以上、ユーマを束縛するな」
「束縛するつもりなんかありませんよ。兄上じゃあるまいし」
「レオっ」
胸ぐらに手を伸ばしたが避けられた。
「他の女性と平等になんて扱わなくていいし、ちゃんと言葉で伝えるし。……それに、もし俺の方を見ていなくても、見るようにさせますよ。全力でね。外堀から埋めてでも」
「おまえっ」
「兄上には関係ないことでしょう? 彼女はもう誰のものでもない。口説くのは自由だ」
「だからって」
プロポーズしてしまえば彼女の自由な時は終わる。王族のプロポーズを断れる人間などいないのだ。
……だから、春の宴で求婚したのだから。これは俺のだと、皆に知らしめるために。
「もちろん、兄上が先に着けば権利はお譲りしますよ。じゃあ、準備があるので。……早く行かないと山道を閉鎖されてしまいますからね」
にこやかに笑いながら退室するレオに、ミゲールは顔を背けるしかできなかった。
次回更新は4/11の木曜日です