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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十三章 王太子は休養を取る
144/199

141.襲撃(10/3)

 視察団が出発したのは月の初日だった。

 見送りに来た王太子が旅装の妹に絶句し、狼狽する珍しい姿を披露したのはその場にいた者たちの記憶に刻まれたことだろう。

 第三王子と第一王女を北の砦に送り出してから二日後の夜。

 華やかな音楽と笑い声で王女たちの送別の宴が開かれた。

 主役の二人はレオを占有して賑やかに笑い踊い、国内の令嬢たちの顰蹙を買ったようだ。

 とはいえあと数日で国を出る賓客にケンカを売る娘もおらず、眉をひそめて見ないふりをすることに決めたらしい。

 ミリネイアとシモーヌを連れた王太子は存在感も薄く、気がつけば会場から姿を消していた。

 それに気がついた貴族たちの中には、あの噂は本当なのではと囁くものも出始める。

 そんな姿を、宰相や三家の家長が見ていることなど知りもせずに。

 そんな風に夜半まで続いた宴も終わり、客たちも寝静まった頃。


 離宮に忍び込む一団があった。

 黒装束に身を包んだ男たちは、どこにミゲールがいるのかよく知っているらしい。

 フィグに割り当てられた部屋の前を通ることなく、その部屋に到達する。

 すでにあかりは消され、部屋の中からかたりとも音がしない。

 眠っているのだろう、と先頭に立つ男が部屋の扉に手をかけた。


 音もなく開けられた扉から、十人ほどが部屋に躍り出た。

 そこはミゲールが療養している寝室で、天蓋のついた大きなベッドが設置されている。薄布カーテンは閉められているが、誰かが身じろぎするのは見て取れた。

 すでに抜き身の剣を握っていた面々は、一瞬ののちにベッドに切り込み、何本もの剣がベッドとそこに眠っていたミゲールを刺し貫いたーーはずだった。


 そこにあったのはぐるぐるに巻かれて縛られた毛布と、銀のカツラだけで。


「待ってたぞ」


 地を這う低音が賊の耳朶を打った。

 振り返る間も無く横薙ぎに切られ蹴り倒されて、賊たちはベッドから離れる。


 転がりながら避けた男の一人が声の主を見上げ、悔しそうに扉の方を向いた。

 廊下にはすでに明かりが灯っていて、部屋の中にまで差し込んでいる。

 その光を背に立っているのは黒い騎士服に身を包み、剣を構える細身のミゲールだ。

 賊は周りに転がる者たちを素早く検分する。他に駆けつける足音がしなかったことから、ここにいるのはミゲールと目の前の男ーー護衛騎士であるフィグだけだ。

 フィグはベッドサイドに、ミゲールは戸口にいる。挟み撃ちにしたつもりなのだろう。

 だがこちらの方が人数は上だ。

 初撃で倒れた者たちも起き上がる。殺すつもりではないらしい。

 それならそれで、こちらに利がある。殺さない護衛騎士など怖くはないのだ。


「そいつは任せるぞ」

「おう、やっちまえっ」


 男は他の者に護衛騎士の相手を任せ、一人ミゲールの方へ向かう。


「逃げろっ!」


 まとわりつく奴らを一人、二人と伸したところでフィグはミゲールに振り下ろされる刃を見た。

 邪魔をしに寄ってきた二人を切り捨て、駆け寄ろうとした時、床が一瞬赤く光った。


「何っ」


 廊下の光に照らされてミゲールの影は長く部屋に伸びていた。その影の中で何かがざわめき、一瞬のちに床から勢いよく何かが伸びてきた。

 ミゲールと切り結んでいた男は伸びてきたものに腕を取られ、それが上へ上へと伸びるに従ってあっという間に空中に釣り上げられていった。


「なっ」


 フィグは自分の方にも伸びてきたそれをとっさに剣で斬りはらい、腰を落とした。剣を構えて警戒を解かぬまま、目の前の光景に目を見張る。

 先ほどまで斬り合っていた者たちが全員、蔓にがんじがらめにされて宙に持ち上げられていた。

 口々にわめき散らしていた賊たちは、ミゲールが片手を挙げた途端に大人しくなった。

 力を失った手から滑り落ちた刀がからんと床に転がる。


「敵襲かっ」

「違う」


 フィグは手を下ろしたミゲールに視線を移した。

 見慣れた姿であるはずの友が、まるで別人に見える。


「なんでそう言い切れる」

「これは()()()()()から」


 いつもより少し甲高い声に、フィグは剣をミゲールに向ける。主人の姿をしたものは薄く笑った。


「わかんないな。そんなもの、無駄だって目の前で見せたのにね」


 どうして抗おうとするんだろうね、とミゲールの姿で首をかしげる。フィグは眉根を寄せた。


「お前、誰だ。ミゲール様をどこへやった」


 低く唸ると、目の前の主人の姿はするりと消え、黒髪に青い瞳のレオの護衛騎士が立っていた。

 ミゲールが扮した時よりも若干背が低い。


「お前……いつの間に入れ替わった」

「王宮を出るときにはもう入れ替わっていた。気がつかなかったのかい?」


 護衛騎士も形無しだね、と笑う。フィグは冷たい目を向けたまま、剣を下ろさない。


「……道理で、喋らないと思った。で、お前は()()

()()()()()さ。ただ、ちょっとだけ魔術が使えるだけのレオ様の影だ」


 そういえばレオの護衛騎士については名さえ聞かされていない。入れ替わりが激しいからいちいち紹介もしないのだ、と以前言っていた。

 その実、影だったとは。普段も魔術で姿も偽っているのかもしれない。いや、入れ替わっているのではなく、姿だけ変えているのだろうか。


「信じられるか」

「信じなくても構わないけどね」

「ミゲール様はどこだ」

「レオ様と一緒だよ。あんたに任せたら全員殺すだろうからって入れ替わったんだよ」


 ミゲール様の命令でね、と続いた言葉にフィグは歯噛みする。

 確かに、生きたまま捕縛しなければ背後関係は暴けない。そのつもりで罠を張ったのだ。

 だが、あの瞬間、問答無用で切り捨てていた。

 おそらく、魔法で邪魔されなければ全員殺していただろう。

 その程度には頭に血が上っていたことを、今になって実感する。

 ちらりとベッドの方を見て、頭を横に振る。


「悪かったな」


 複数の足音とともに見慣れた護衛騎士姿のミゲールがやってくる。

 レオの護衛騎士が動くのを見ながら、フィグもミゲールの元にむかった。

次回更新は4/9の火曜日です

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