140.第二王子は王妃陛下に呼び出される
「何か楽しいことをしているそうね?」
珍しく昼間に母上に呼び出されたと思ったら、開口一番にそう告げられる。
お茶をというのでソファに座らされたレオは、ゆっくりと足を組み替えて膝の上で手を組んだ。
……おそらくこれは、茶会と称した説教だ。
色々内緒にして来たのをどこからか聞きつけたのだろう。
護衛騎士に扮した兄上は扉の外で待機中だ。
「別に楽しくはありません。……兄上を狙う者たちの洗い出しをしているだけですよ」
「それにしては、茶会や夜会では嬉しそうねえ」
「それくらいしなければ欺けません」
「ええ、もちろんわかっているけれど、彼女たちを本気にさせてはダメよ?」
ひやりと背筋に冷たいものがはしる。
「ええ、分かっています。僕の得意分野ですから」
安心してください、とにこやかに微笑めば、母上は眉根を寄せてため息をついた。
「ええ、そうね。……ミゲールにもそのくらいの要領の良さがあればよかったのだけれど」
「兄上は真面目ですから」
「まじめ一辺倒でも面白くないわ。おかげでほら、わたくしは娘を失ったじゃない」
「まだ娘ではありませんでしたよ?」
「娘も同じよ」
聞くものが聞けば誤解するだろう言葉にやんわりと釘を刺せば、母上はにこやかにそう返してくる。
「それでは我々の立つ瀬がありません」
「あら、本気で思っていないくせに」
母上に口で勝てるはずもなく、肩をすくめてみせる。
実際、彼女のことは妹や弟だけでなく、自分自身も家族同様に思っていた部分はある。
……婚約者の弟というポジションは面白くなかったけれど、家族、というポジションは悪くない、と思っていた。
あの日までは。
「それで?」
「何がですか」
しらばっくれてみせると、母上は口元を扇で隠しつつ、斜めから見下ろしてくる。
「あの子に護衛騎士の真似事をさせているのは、ただの酔狂ではないのでしょう?」
やはり知っていたか。
それなら兄上を扉の外で待機させなければ話は早かっただろうに、呼ばないと言うことは、自分にだけ言いたいことがあるのだろう。
「ただの酔狂です、と言ったら?」
「わたくしの息子はそれほど馬鹿だったのね、と嘆くことにするわ」
母上の言葉に、手のひらを開いて振ってみせる。
「タネも仕掛けもないですよ。……暇そうにしていた兄上に働いてもらおうと思っただけです。それに、外に出ている方が守れます」
「あら。外より離宮の方が危険みたいに聞こえるけれど」
笑顔で切り込んでくる母上に、笑顔を返す。
「さあ、どうでしょう」
「そういえば離宮の警護からウェイド侯爵が外れたそうね?」
「ええ、視察団の団長ですから」
「どうにかならなかったのかしら」
母上の言う『どうにか』は、つまりウェイド侯爵に視察団団長から降りて離宮の護衛を続けろ、と言うことだ。
だが、それは無理だろう。
「視察団にはチェイニー将軍のご令嬢が同行されますから、無理でしょうね」
「あら。そんなこと一言も言わなかったわよ?」
将軍が、なのかライラ嬢が、なのかはわからない。が、早耳の母上が知らなかったとは珍しい。
「そう。……ならウェイド侯爵の責任は重いわね。三人も守る対象がいるんですもの」
「ええ」
まあ、その実、ウェイド侯爵はライラ嬢を連れて先に出発するのだが。
この案を聞いた時、流石に反対した。が、チェイニー将軍は許可したのだ。
馬車で十日かかる道のりを、馬車に乗った貴人連れで七日で踏破する。
ベルエニーへの道のりは、大の大人でも根を上げるクラスだと言う。
それを、ライラ嬢は侍女も連れずに行くことになっている。
馬に乗れるのならきっと馬で移動することになっていただろう。
普通の女性、いや貴人ならそんなプラン、断る。
それも思惑のうちだったのかもしれない。
だが、ライラ嬢は断らなかった。
むしろ渋るチェイニー将軍を説き伏せたのだ。
それほどにあの地に何かあると言うことだ。……いや、ユーマがいるから、なのだろうな。やはり。
フェリスもそうだ。
一冬をあの地で過ごしたいとまで願い出た。
流石に却下されたが、春先からこちらの妹の活躍は目覚しかった。
それもこれも全て、ユーマに会いに行くためだろう。
「敵いませんね」
「ええ。あなたもね」
はて、と首をかしげるが、母上はにこやかに微笑む。
「いつになったら一人に定めてくれるのかしら」
何の話かと思えば、女性の話か。それほど派手にはしていないはずだけど。
「当分ありませんよ」
この情勢で婚約者を選ぶのは騒動のネタにしかならない。
少なくとも、兄上を元の場所に戻すまでは。
「あちこちから恨み言を聞くのもそろそろ辛いのよねえ」
「言わせておけば良いのです。そんなもの、気にする母上ではないでしょう?」
「ええまあ。……そうね。落ち着いたら話しましょう」
「そうですね」
そろそろ終わりらしい。すっかり冷めた茶を飲み干して立ち上がると、母上も立ち上がる。戸口まで送ると言うのか。
扉を開けば、護衛騎士に扮した兄上が振り返った。
すぐそばにいる母上に気がついた途端、顔を伏せる。
「 ふふ、よく似合っていてよ。レオのこと、よろしくね」
「はっ」
短く答える兄は、気がついただろう。……母にはお見通しだと。
やれやれ、と肩をすくめて母の方に向き直る。
「そうそう、しばらく兄上の見舞いは控えてくださいと伝言がありました」
「あら、どうして?」
「ええ、実は少々病状が思わしくないそうで」
それをお伝えに参ったのです、と眉根を寄せて見せると、ぴくりと母上の頬がヒクついた。
すぐそこに本人がいるのに伝聞の様相を取るのはもちろん必要だからだが。……そんなに面白そうな顔をしないでください、母上。
「そう。……それは心配ね」
「ええ、ですから母上も妹も、兄上の妃候補たちもご遠慮いただきたいと兄上が」
「……わかったわ。フェリスたちが出立したら忙しくなりますし、落ち着いたら連絡をくれるように伝えてちょうだい」
「はい」
居並ぶ近衛兵たちにちらりと視線をくれてから王妃の執務室を去る。もちろん兄上も一緒だ。
さあ、餌はまいた。あとは獲物が食いつくのを待つとしようか。
次回更新は4/6の土曜日です