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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十三章 王太子は休養を取る
142/199

139.子爵令嬢の兄は茶会に巻き込まれる

決して招かれたわけではありません。

「お母様、本当に?」


 甲高い悲鳴に続いて、喜びで弾む声があいつの部屋に響く。声の主はあいつの妹、フェリス第一王女殿下。


「ええ。デビューからこちら、頑張ったものね。約束通り、いってらっしゃい」


 落ち着いた声音で答えるのはあいつの母、王妃陛下だ。


「でも、本当にいいの?」


 王女は主人のいない執務室の机の方を見る。


「大丈夫よ、あなたの担当分はわたくしが引き継ぎますから」

「お母様が?」

「ええ。それに、レオやセレシュにも了解は取ってあるわ」

「ミゲール兄様は?」

「それは内緒にしておいて」


 王女が首をかしげると、王妃陛下はくすりと笑い、唇の前に人差し指を立てた。


「レオが何か考えているみたいなのよね。だから内緒。あなたたちも、いいわね?」


 後半の言葉は同席している三美姫……チェイニー公爵令嬢、アーカント侯爵令嬢、ウェルシュ伯爵令嬢、そして俺に向けられたもの。


 三人は面白そうだとさざめき、くすくす笑いながら俺の方を見る。

 五対の目がこちらに集まって、たまらず両手をあげた。


「分かっていますよ。何も言いません」

「絶対よ?」

「……王妃陛下の命令に背く気はありません」


 駄目押しをされて、俺は頭を下げる。

 あら、主人より王妃様の方が優先なのね、なんて軽口まで叩かれた。

 本当に王家の女性……だけじゃないか、女性は恐ろしい。敵に回すなんて絶対したくない。特に王妃陛下。

 国王陛下が寡黙なのはもしかしてその辺りに原因があるんだろうか。


「ところで、ミゲールは最近どこへ行っているの?」


 王妃陛下の言葉は俺に向けたものらしく、五人全員の目がまたしても俺に向く。


「機密事項ですのでご容赦を」

「あら、わたくしにも秘密ですの?」

「作戦行動中ですので」


 きらりといたずらっ子のような目をする王妃陛下が怖い。

 お願いだから察して欲しい。

 苦り切った顔で頭を下げると、王妃陛下はほほほと笑う。……分かってて聞きやがったな。

 本当に食えないお方だ。


 本当はミゲールが抜け出ていることをこの二人に知られるのもまずかったのに。


 ことが露呈したのは、見舞いに来ている三人から様子を聞きたいからと、王妃の執務室に呼んだのが始まりだった。

 ミゲールは留守にしているとは言え、ほいほいとここを離れるわけにはいかない。

 離れている間に誰か来ないとも限らないからな。

 三人が返事を躊躇している間に、じゃあ見舞いに行けばいいのよね、といらっしゃったのだ。ちょうど通りがかったフェリス王女を連れて。

 これで、ミゲールが昼間出歩いていることを知らないのは国王陛下とセレシュ殿下のみとなった。

 ……ここまで露呈したのなら、ついでに二人にもバラしてしまった方が楽じゃないか。


 女性たちの話題はすでに変わっていて、王女の北行きの準備の話から、ユーマへの土産の話になった。


「ユーマ姉様はどんなものがお好きかしら」


 フェリス王女殿下の言葉は俺に向けられたもの。だけど返す答えがない。


「あいにく存じません」

「兄上なのでしょう?」

「一緒にいたのは八年前までですから。その後のことは皆様の方がお詳しいでしょう」

「それはそうかもしれないけど、領地にいた頃のこととかありませんの?」

「そうですね……」


 くるりと見渡せば五人とも目をぎらつかせてこっちを見つめている。

 何を話せばいいだろう、と逡巡する。

 遠乗りが好きなこと。剣を振るうのが好きなこと。走るのも笑うのも大好きな妹の、好きなもの。


「やはり思いつきません。……それに、その頃好きだったものなら、領地に戻ればいくらでもありますから」


 いくらでも、は言い過ぎかもしれない。

 が、ベルエニーの地にあるものはここにはない。ここにあるものはベルエニーの地では必要ない。


「そう……ね。あの子は綺麗なものも美味しいものも嫌いじゃなかったと思うのだけれど」


 王妃陛下がぼそりと呟く。

 嫌いじゃない、と好きの間には深い溝がある。

 ユーマの好き、はここにはないだろう。

 あるとしたら一つだけ。


「もしよろしければ、本などいかがですか」

「本、ですか?」


 背筋を伸ばし、背もたれに体を預けて両手を膝の上で組む。


「我が領地は冬になると道が閉ざされる話はご存知ですよね。長い冬の間、外にも行けない我々の唯一の楽しみです」

「唯一の」


 三美姫が目を丸くする。

 そりゃそうか、一年の約半分を外界から切り離された経験など普通はない。

 そんな長期に滞在してくれる客もいなけりゃ吟遊詩人もいない。

 両親は冬を過ごす領民のために毎年多くの本を持って戻って来ていた。今もきっと続けていることだろう。

 ただ、今年は春先に引っ込んでしまった。

 本を手配する暇もなかっただろう。

 自分が持ち帰ればいいのかもしれない。が、今の状況で王都を離れるなど出来やしない。カレルとて同じだろう。


「わかりました。……今からだとどれくらい集められるかわからないけれど、積めるだけ持って行きますわ」

「必要なら図書室のものを持って行きなさい」


 王妃陛下の言葉に目を丸くする。

 王妃様の言う図書室は王族のためのプライベートな図書館だ。そこに収められる本は通常とは違う装丁であったり、煌びやかであったりして、とてもじゃないが領民に貸せるものではない。


「王妃陛下、それはおやめください。領民が困ります」

「あら、そう?」

「ええ。……みんなで回し読みして気軽に楽しめるものをお願いします」

「そう。……では、お手伝いいただけます?」


 後半の言葉は三美姫に向けた言葉だ。ホッとして肩の力を抜きつつ、三人には『春以降に出た本』に限定するようにお願いするのも忘れなかった。


 それにしても、なんで俺はここでこんな、王国の上から数えた方が早い女性たちと茶なんか飲んでるのかねえ。


 ……こんなことならミゲールと一緒に街に出る方が良かった。


 本の話題に移って行った女性陣を尻目に、俺は遠い目をしながら深々とため息をつくのだった。

次回更新は4/4の木曜日です

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