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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十三章 王太子は休養を取る
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138.王太子は手紙を送る

 目の前にあるものを見やって、ミゲールはため息をついた。

 執務机の上には六つの封筒が置いてある。


 昼間預かったのは、レオの分も入れて四つだったはずなのに。

 先ほどやってきたのは確か、フェリス付きの侍女だった。

 差し出されたのは、クリーム色の少し大きめの封筒と、便箋二枚。

 封筒にはフェリスの筆跡で宛名と送り主の名が記されている。

 ……つまりはこれを使えと言うことなのだろう。

 寡黙な侍女は一言も喋らずに用だけ済ませて退出していった。


 そしてもう一つはセレシュのものだ。戻って来たら机の上に置いてあった。

 幸いながら、両親からのものはなかったらしい。


 これら六通を全て目を通せと言うのか。


 兄弟たちのはまだいい。セレシュの文が少し分厚いが、それほどでもない。

 問題なのはーー。


 三通の分厚い手紙。

 読まれることは想定済みなのだろう、封はされていない。


 だが。


 ーー分厚い。


 一人当たり五枚、いや十枚はくだるまい。

 正直、気は進まない。だが、目を通さないわけにはいかない。


 仕方なく……本当に仕方なく、一番分厚いライラの手紙に手をつけた。


 ◇◇◇◇


 六人分の便箋を取りまとめて封筒に入れ、封蝋を垂らす。

 赤い蝋を自分の印で封印しながら、深々とため息をついた。


 ミリネイアの情報収集力を見くびっていた。

 まさか、くだんの子爵の名前をここで見ることになろうとは思わなかった。

 ただの偶然であれ、と思う。でなければ、我が国の情報はだだ漏れということだ。いや、それよりも協力を頼むべきだろう。これはレオにも話をつけておくべきか。

 もし、自分が読むことが想定済みで書かれたものだったとしたら……。ミリネイアの手のひらの中で踊らされているような錯覚に陥りかけて、ミゲールは首を振った。

 馬鹿げた妄想だ。


 シモーヌが孤児院の子たちを雇っているのは知っていた。が、ユーマの想いを継いだものだったとは。

 卒業した子たちの中には騎士を目指すものもいるという。

 平民出の騎士は少なくない。王都から離れることを貴族は好まない故、地方の砦は平民出の王国騎士の割合が高いのだ。

 いずれ彼らの中から北の砦に行く者も出るかもしれない。

 ベルエニーの地は冬の寒さが半端ない。それでも彼らは彼女のために頑張ろうとするだろうことは予想ができた。


 ライラがフェリスの代わりとして北の砦に赴く話は聞いていたが、よほど嬉しかったようだ。ライラにしては珍しく、筆跡が踊っていた。

 そういえばライラは筋肉質の男が好きだったな、と思い出す。レオと並んでいればレオに、フィグといればフィグに、彼女の視線が吸い寄せられていくのだ。

 自分など、頼りないと思われていたのだろう。……まあ、いまさらだ。

 ライラのことだ、きっと北の騎士たちを見に行くためにあちこち手を尽くしたに違いない。


 弟二人の手紙は……あまり読みたくない代物ではあった。

 自分に読まれることを前提としてあるとしか思えない。

 ……兄弟が自分の想い人に愛を囁く様子など、誰が知りたいものか。約束していなければ破り捨てていたところだ。


 最後の二枚。フェリスの手紙の一枚目は、行けなくなったことのお詫びで始まっていた。その手紙の中で何度も詰られていたことはまあ……見なかったことにする。

 そもそもこんなことになったのは自分のせいではない。ディムナ王国の次期女王が来なければ、こんなことにはなっていない。

 ……と言ったところで、ユーマには関係のないことだな。


 封筒に入れず机に置いたままの便箋を取り上げる。

 それには大きな文字で『次回から封筒は兄上が準備してよね』と書きなぐってあった。

 そういえば今日は茶会と夜会が重なっていたはずだ。着替えもそこそこにこれを書いたのだろう。ふわりと香水が香る。

 引き受けてしまったものは仕方ない。

 フェリスに無理を強いている罪滅ぼしのつもりで、ミゲールは封をした手紙を取り上げた。


 ◇◇◇◇


「兄様、はい」


 最初の手紙を送って数日経った頃、フェリスがレオよりも早い時間に離宮に来た。執務机ごしに手渡されたのはーー便箋の束。

 またこの分厚いのを読むのか、と身構えると妹は頬を膨らませる。


「だって、お返事が来たら書きたくなるじゃない」


 なるほど、睡眠を犠牲にして書いたらしく、妹の目の下は少々黒ずんで見えた。

 きっと、今日来る三人も似たような状態なのだろう。

 かく言うミゲールも目の下は黒い。ーー主にレオの人使いが荒いせいで、だが。


「このくらいいいじゃないの。……本当ならユーマ姉様に会って話したいこと、いっぱいあったの。この程度じゃ書ききれないくらい」


 潤んだ目にミゲールは眉根を寄せる。

 妹がユーマを本当の姉のように慕っていることは知っている。いつも兄より姉が欲しかったと公言してはばからない妹にとっては、役に立たない兄よりもユーマの方がよほど近しいのだろう。


「……行きたいか」

「当たり前でしょう? 春に別れたきり、半年ももうお会いしていないのよ。向こうに行ったらずっと一緒にいて、いっぱいおしゃべりして、お茶会して…………兄様、どうかなさいましたの?」


 首をかしげる妹を見上げて、ミゲールは首を横に振る。


「忙しいのに抜けて来たのだろう。早く王宮に戻れ」

「ええ、このあとお昼を食べながら国内の特産物のおさらいをして、お茶会が二本。そのあと夜会ですって。ほんと目が回りそうよ」

「……すまないな」


 本来ならば、レオか自分が出るはずだった会合に、フェリスが行くことになった。特産物云々はそのための事前教育だろう。

 いずれやるはずのこととはいえ、デビューしたてのフェリスにはもう少し緩やかな時間が必要だ。ユーマにべったりだったせいか、フェリスの気心の知れた友は少ない。

 友を育む時間であるべき時を、政務に費やさせている。


「愚兄」


 相変わらず口が悪い。眉根を寄せて顔を上げれば、至近距離に妹の顔があった。むに、と頬をつねられる。

 身長差があるせいで普段なら簡単にはさせないのだが、椅子に座っているのが災いした。

 そのまましばらくむにむにと頬をつねって、フェリスの手は離れていった。


「何をする」

「何よそれ」


 ミゲールの頬をつねっていた手を見つつ、フェリスは力なく言う。


「普段ならさっさと避けるくせに、何のつもりよ」

「いやーー」

「何よ、急に。へにゃへにゃになっちゃって。氷の殿下はどこに行ったのよ」


 何だその恥ずかしい称号は。確かに若輩者ゆえ周囲のジジイどもを黙らせるために、表情を読まれないように努めて来たのは事実だが。


「それに、謝る相手が違うでしょ」


 妹は不意に真面目な顔になる。いつの間にこんなに大人びた顔をするようになったのだ。

 まだまだ子供だと思っていたのだが、あっという間に大人になって行く。


「……わかっている」

「だったら、きちんと守られてて」


 その言葉におもわず顔をしかめる。

 レオに連れられて出かけていることは知らないはずだ。


「言ったはずよ。わたくしたち全員で兄様の場所を守るからって」

「……ああ、そうだな」

「短気を起こして喧嘩しちゃだめよ。ましてや公務に復帰するとか、だめだから」


 思わず眉根が跳ね上がる。フェリスはやっぱり、と呟いた。


「公務に復帰すればわたくしがユーマ姉様のところに行けるとか考えてたでしょう。……ほんっと、レオ兄様の予言通り」

「なんのことだ」


 レオの予言、と言われて顔をしかめる。

 今のこの状況は、フィグとレオの仕業といっても過言ではない。ーーそれに乗っかったのは自分だが。


「わたくしが行きたいと言ったら兄様は公務に復帰してでもわたくしを行かそうとするでしょうって。ほんとそんな顔してる」

「それは」

「母上も言っていたわ。兄様は暇になるとろくなことにならないから忙しくした方がいいって」

「それは……」

「レオ兄様と何かやっているのでしょう?」


 ぎょっとして妹を見ると、フェリスは肩をすくめた。


「おかしいと思ったのよね。レオ兄様が朝も夜も兄様の見舞いに行くなんて。……でも、無理しないでよ」

「ああ、大丈夫だ」

「……ユーマ姉様を泣かしたら許さないんだから」

「ああ」

「誓える?」


 真面目に頷くとフェリスは微笑んだ。



 妹を見送り、封筒を引き出しにしまい込むとミゲールは椅子の背もたれに体を預けた。

 ここまで先回りして読まれてしまうと、動くこともできない。


 離宮への侵入者は途切れることがない。今まで被害がなかったのは偏に警備についている部隊のおかげだ。

 チェイニー公爵から借りた部隊は、隊員の多くが離れる。視察団のメンバーとかぶるためだ。

 大事な娘の守りに優秀な人材をつけようという親心だろう。

 代わりに配備される部隊には問題のある人物を混ぜてもらうようにお願いしている。もちろん監視付きで。

 いずれ公務には復帰する。いつまでも離宮にこもってはいられない。

 だからこそ、今あぶり出すしかないのだ。


 レオ派の息を吹き返させてしまったのは、仕方ない選択だった。

 が、他国の介入でそれを現実にするわけにはいかない。

 囮を使う前に解決できればよかったのだが。

 深々とため息をつく。

 いざとなれば自分の身は自分で守るしかない。

 それ以外のことを頭から追い出して、ミゲールは今日も護衛騎士になるために腰を上げた。

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