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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第三章 子爵令嬢は自領に戻る
14/199

13.子爵閣下は娘を思う(3/7)

「これでよかったんだよ」


 がたごとと揺れる馬車の中で、ベルエニー子爵ニールは妻リーシュの手を握り、ショールに覆われた肩を抱きしめてつぶやいた。

 二人を乗せた馬車は王都を出て、一路ベルエニー領へと向かっている。

 春の宴から数日経ってようやく解放された二人は、館に帰り着いて娘が息子を伴って自領に戻ったことを知った。

 家令のリューイによれば、宴の翌日には二人で出立したらしい。馬二騎での帰省と聞いてリーシュは顔を青ざめたが、息子の剣の腕はよく知っている。他の護衛をつけたり馬車で戻るよりは、よほど堅実な選択だっただろう、と自らを納得させた。

 ニールは使用人を集めて、当面は自領に引っ込むこと、王都の館は維持に必要な人数にとどめ、大切なものはすべて持って帰ることを伝えた。

 そのうえで、王都で採用した使用人について、自領に戻る二人についてくるか、王都の館の維持のためにこちらにのこるかを選ぶように伝えた。

 王都に残るものが多いようであれば、人手が必要になるまで他家で働けるように手配するつもりであった。


 とりあえずは一休みすることを伝え、久しぶりに自室で休んだ翌朝。

 朝食の席に現れたリューイが書類を持ってきた。

 それは、こちらに残る者とベルエニー領に随行する者の一覧だった。


「ベルエニー領のことは伝えてあるか?」

「はい」


 秋が短くあっという間に冬になること、冬になれば街道が閉鎖されて町を出られないこと。冬の寒さは王都の比ではないこと。

 だが、リューイはすべてに首肯した。


「そうか、お前はこちらに残るか」

「はい。それに、自領にお戻りになるとはおっしゃいますが、フィグ様は王都に戻られるのではありませんか?」

「それはそうだが、今までも王宮内の騎士寮を使っていたからな。ここを使うとは限らん」

「では、あちらにお戻りになられましたら、フィグ様のご意向を確認いただけますでしょうか」

「そうだな。そうしよう」


 こちらに残る者が予想より多いと思ったが、フィグが館を使うのが前提ならば必要な人数だ。

 それに、こちらに当分戻らないにしても、タウンハウスとしての機能を失ったわけではない。優秀な家令はやはり必要なのだ。


「わかった。これで進めてくれ。この館についてはリューイに一任する。頼むぞ」

「はい」


 それから、自領に戻るための準備を始めた。

 ユーマ付きの侍女セリアからは、すでに王宮のユーマの私物は回収してきたと報告を受けている。こちらに残っていたユーマのものは、ほとんどが十四歳当時の品物で、向こうに持っていったとしても使う可能性が低い。

 だが、ここに置いておいたところで衣装室を圧迫するばかりだ。結局妻リーシュの判断で、自領にある普段使わない北の館にでも納めておくことで決着がついた。

 持って帰る荷物を運ぶための馬車も手配して、出発できたのが二日前。

 予想外の大人数になったことで、馬車列の進みは遅い。普段ならば十日で着けるだろう道のりを、三割増しは覚悟しなければならないだろう。

 そして、長らく馬車に揺られるということは、妻と二人の時間がそれだけ増えるということだった。


 あの衝撃的な一夜から明けた翌日。

 息子が王太子を殴り飛ばすショッキングなシーンを目撃して、二人はすっかり縮み上がった。

 そうでなくともユーマの一件で王族に対しては多大なる迷惑をかけているのに、その上こんな不祥事まで起こしてしまった。取り潰しも覚悟した。

 だが、国王陛下も王妃陛下も、そんなことは一言も言わなかった。むしろ、長らく王宮に娘を留め置いたことの謝罪を口にされるばかりだった。

 賠償についても、結局王妃陛下に一任されることとなった。

 確かに、婚約破棄の場合の慰謝料は請求できる。だが、そんな恐れ多いことをたかだか子爵の分際で望むべくもなかった。

 田舎育ちのお転婆娘が、罷り間違って王太子の目に留まった。そういう認識だった。

 幼いころに転地療養として王太子を内密に預かったことはあった。

 だが、その時も別段何かを期待したわけではなかったし、国王陛下と王妃陛下がベルエニー領を王太子の療養地として選んだのも、空気がきれいな場所だからとしか聞いていない。

 滞在中の費用はいただいたが、それ以上のものは一切頂かなかった。

 王国の中枢とか、権力の掌握だとか、そういう中央のどろどろしたこととは完全に無縁でやってきたのがベルエニー家なのだ。

 若干仲が悪くなった北の隣国との境にある領地ではあれど、険しい北の街道は閉鎖されて長い。

 万が一の場合の砦はあるが、かつてのように屈強な兵士たちが大勢詰めているわけでもなく、比較的のんびりした土地柄が取り柄の田舎者だ。

 できることならば、そういったものと無縁に、のんびり生きていければよかった。


「これであの子も、ゆっくりできますよ」

「そうだな……」


 リーシュの言葉にニールはうなずく。

 娘が王都にいる間のことはあまりよく知らない。ベルエニー領は遠く、頻繁に往復できるものでもない。最低限、出席を義務付けられた夜会以外はお断りしているし、ユーマに頻繁に手紙を送ることもはばかられた。――王太子妃候補に親族から頻繁に手紙が来るなど、醜聞のネタにしかならない。

 それを知ってか、ユーマからも手紙が来たことはほんの数える程度だ。

 だが、懇意にしている貴族家からは時折情報が寄せられていた。曰く、どこそこの教会付き孤児院の慰問に来ていただの、どこそこの夜会でお会いしただの、と。

 礼を述べながら、おそらく父親である子爵よりも忙しい毎日を送っているであろうことを知った。

 自領にいるときはあれほど快活に笑い、泣き、怒り、馬を駆っては自由自在に走り歩いていた娘が、剣と馬を捨て、ドレスと扇の世界に住むようになろうとは、誰が予想できただろうか。

 極め付けが、成人の宴の騒動である。

 あの時は両親であるベルエニー子爵夫妻も呼ばれていた。

 誰かの悲鳴と王太子の叫び声が脳裏から離れない。

 娘が、毒を盛られるような危険な立場にいることを本当の意味合いで知った日だった。身の危険が今までにもあったことも初めて知った。

 不見識だった。王妃になるということは、そういうことだということを。知っていたのに、娘には無縁のものだと見て見ぬふりをしてきたのだ。

 目を覚ました娘には、思わずもうベルエニーへ帰ろうと縋った。

 だが、娘はそれを拒絶した。

 恥ずかしながら、嫁に出す父親よりも娘の方がよほど、覚悟が決まっていた。


 だからこそ、こんなことになってどうしていいのかわからない。

 娘は、覚悟を決めていたではないか、だというのに、なぜ婚約破棄されねばならないのか。そう思いながらも、これでようやく娘は命の危険から解放されるのだという安堵とがせめぎあう。


 でも、もうどうしようもないことだ。

 事は起こってしまった。

 娘は王宮を出た。

 これからは、今までの六年の分以上に、娘を幸せにしてやりたいと思う。

 それがどの形であるのか、まったく想像もつかない。

 もちろん、いずれは縁談を考えるべきだろうが、本人がその気になるまでは待つつもりだ。今までが強引に決められ過ぎていたのだから。


「もう、気にするな。それよりも、ユーマに土産でも買っていこう。どうせ急ぎ足で通り過ぎてばかりだろうからな」

「そうですわね。……甘いものでも買っていきましょう。あの子は好きでしたから」


 目じりに光る涙を見ないふりをして、ニールは妻を抱き寄せた。

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