136.王太子は護衛騎士の隠し事に気づく
「ところで、フィグ」
「なんだよ」
「……俺に隠れて動いていた件は片付いたのか?」
フィグは笑みを消してミゲールの方を向くと、肩をすくめた。
「なんだ、知ってたのか」
「報告書が上がってきていた」
書類の山を顎で示すと、フィグは納得したらしく何度か頷いた。
「隠れてたわけじゃない。最初に関わっただけだ。お前と一緒にここに来てるんだ、何もできるわけがないだろう?」
「それにしては報告書に名前が頻繁に出ていたが」
「そりゃ、拠点として王都の屋敷を使ってたからな」
「ベルエニーの?」
「ああ、事がことだけに王宮内に本部を設けられなかったんだよ。……なにせ近衛も騎士団も情報筒抜けだったからな」
たしかに、そんな状態では安心して捜査には当たれない。
「まあ、捜査状況はカレルから聞いてたからだいたいは把握してるけどな」
それだけではなさそうだが、話すつもりはないらしい。
ミゲールは報告書を取り上げる。
報告書によれば、近衛兵の中にも騎士団の中にも内通者が残っている疑いは濃厚だ。内部調査はレオが担当している。
もし単に脅迫されて言うなりに情報を漏らしていたのなら、犯人が捕まった段階で名乗り出るはずだ。
まだ見落としている何かがある。
それをあぶり出すために、油断を誘っているのだ。
レオとセレシュがすでに動いている。王都に戻ればフィグも加わるのだろう。
こちらの信用するに足る動かせるコマはかなり少ない。
王都に帰ってからが正念場だが、レオは自分の代わりの公務で動けなくなるだろう。
フィグとカレルに動いてもらうことになる。
こんな時に自分の仮病が枷になっているのがもどかしい。
「それにしても、よく気がついたな」
報告書をめくる。
フィグの弟カレルがベルエニーの市で制服を見つけたことがきっかけだと報告書にはある。
しかし、フィグは首を横に振った。
「本当は妹が古着屋でみつけたのが最初だ」
その言葉にミゲールは紙をめくる手を止める。
そんなことはどこにも書かれていない。
眉根を寄せてフィグを見上げると、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「なぜ正確に書かない」
「妹が見つけたのは、いなくなった北方国境警備隊員の服だったんだよ。そいつは貴族の庶子の触れ込みだったんでな、行方不明者の手がかりとして届けた」
「行方不明者の身元は?」
「……そっちは中間報告書を提出済みだ」
フィグがちらりと三人の方を見る。特にこっちの話題に興味を示した風ではないが、話の続きを語らせるのは不適当だ。
「わかった」
下がれ、と手で示せば、フィグは三人に歩み寄り、元の場所に腰を下ろし、早速賑やかに話し出す。
ミゲールは次の書類に手を伸ばした。
三人はまだ親に王太子妃候補の辞退を伝えていない。王家からも特に通知はしていない。それは王家の都合を考えてのことであり、今の状況を鑑みての娘たち自身の希望でもあった。
だから、ある意味ミゲールにとっても共犯者であるのだが、制服横流しの件に関してもそうとは限らない。
賑やかに盛り上がる四人を尻目に、ミゲールは今度こそ書類に集中した。
◇◇◇◇
「あの話だけどな」
夜になってやってきたフィグは、酒杯を揺らしながら切り出した。
「あいつの名前を残したくなかったんだ」
いきなり振られた話に眉根を寄せたミゲールは、そこまで聞いて昼間の話だと悟る。
あの後、三人が帰ってから件の報告書に目を通した。隊服の発見者はフィグ・ベルエニーとなっていたのだ。
「この件は思ったより根深い」
「どう言うことだ」
「行方不明になった兵士のことだがな……庶子として引き取られたのは三人目だったんだよ」
「……何だと?」
そんな話、中間報告書にはなかった。
「まだ調査中なんだが、子爵自身については十八年前に幼馴染の奥方と子を無くすまで浮いた話一つ出てこなかったんだ。それがここ十年ほどで三人。消えた三人目は認知されて養子に入ったのが四年前。当時二十歳の触れ込みで騎士団に入隊している」
「矛盾だらけだな」
「でもって、子爵邸の出入りの業者の一つがリムラーヤの商会だ」
リムラーヤの商会といえば、北の姫が我が国で最初に参加した夜会の主催者で、レオも招待されていた。
北に間者を送り込ませていたのは、リムラーヤの指示だった可能性が出てくる。
となれば……たしかに思っても見ない大物を釣り上げてしまいそうだ。
リムラーヤは二年前に王が変わったばかりだ。と言うのに、十年以上前からの企みということは、先帝の仕業か、それとも新リムラーヤか。
ヘタを打てば寝た子を起こすことになりかねない。
「だから発見者もお前にしたのか」
「ああ。一石二鳥を狙われたらたまらないからな」
一石二鳥の言葉にミゲールが顔をしかめると、フィグは口元をゆがめた。
「知ってるか、ただの子爵令嬢を攫うのなんか簡単なんだよ」
「……ああ」
分かっている。だからこそ、彼女の守りに影を差し向けているのだ。それも国の力と言われてしまえば使えなくなる。
力を持てば持つほど、大義名分がなければ振るえない。
「でも、婚約破棄して自領に帰ってなきゃ気がつかなかったことなんだよなぁ」
二律背反、と言いたいのだろう。ミゲールも苦々しい思いで頷くことしかできない。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。王宮の膝元で何が画策されているのか、報告がなければ気が付きもしなかった。
「モテる男は辛いな、王太子サマ」
「茶化すな。……で、どれだけのコマを動かせる」
「お前が気にすることじゃない」
フィグの言葉にミゲールは口を閉じる。
北の姫対策で身動きの取れない自分が知ったところで何にもならないのはわかってはいる。
が。
「……俺にも無関係じゃない」
「今まで無関係だったんだ。忘れとけ。……お前に話すんじゃなかった」
何で喋っちまったんだろうな、とフィグは嗤う。
もしこのタイミングで事件のことを知らなければ。
彼女が関わっていたことを知らなければ。
今まで通り、忘れることができただろう。
だが。
「……俺にできることはあるか」
拳を握り締めてそう告げると、フィグは酒杯を揺らす手を止め、顔を上げる。その色の乗らない視線をミゲールがまっすぐ受け止めると、ややあってフィグは口元を緩めてにやりと笑った。
「そうだな、じゃあ体を鍛えてもらおうか、王太子サマ」