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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十三章 王太子は休養を取る
135/199

132.王太子は友に責められる

これも基本ギャグ回、なんですが……

 二度目の仮面舞踏会はあっという間に来た。

 今回引き合わされた女性は幼さの残る女性だった。

 どう言う基準で友が選んでいるのかはわからない。

 が、今回に限って言えば、溢れそうな巨乳だろう。フィグの目が何度も行っていたのをミゲールは見逃さなかった。

 友の性的嗜好を知りたくはなかったが、そういえば娼館でフィグの指名は大抵巨乳だったな、などと思い出して納得する。

 ミュリエル、と呼ばれた彼女はひたすら受け身で、話を振るのはミゲールの役目だった。

 今回のフィグの指令は、『彼女を笑わせること』。

 話に反応はするけれど、笑みを見せたのは最初の挨拶だけ。

 この五日で仕入れた『女性が好むという』話をほとんど語り終えても笑みは浮かばなかった。


「君は何になら興味を示すのだろうな」


 涼しい顔で向かいに座る彼女を見つめ、ミゲールがため息混じりに告げると、ミュリエルはふわりと微笑んだ。


「あら、ようやくわたくしに興味をお持ちになりましたのね」


  その言葉に目を丸くする。

 話に対する反応を見てはいた。だがそれは答えを探すためで、彼女との会話を弾ませるためのものではなかった。

 有り体に言えば、彼女自身には全く興味がなかったのだ。

 それを、彼女に見透かされたのだ。


「……すまない」

「ふふ、構いませんわ。興味がないのにある振りをされるのも辛いものですから。……興味があるのにない振りをされるのも」


 見ていればわかるんですのよ、との彼女の言葉に、ミゲールは目を見張る。


「そういうものなのか」

「さあ、わたくしはそういうのを察するのは得意ですけれど、素直な方は気づかない場合も多いですわね」


 きっとユーマには伝わっていなかっただろう。……それで、いい。


「さて、賭けはわたくしの勝ちですわね。望みを告げても?」


 女性が後ろを振り返る。視線を追えば、フィグがソファに座っていた。


「ああ」

「では……わたくしに口づけをくださいませ」


 フィグの答えに頷いた女性は、ミゲールに向き直るとにこやかに微笑んで告げた。


「何を……」


 今日もミゲールは口まで覆う仮面姿だ。口付けるとなればマスクを外さなくてはならない。髪の色は変えたとはいえ、顔を見れば正体がばれる可能性は高い。

 助けを求めるように彼女の後ろを見ると、口元を歪ませたフィグに頷かれた。


「そんな約束は」

「あの方と約束しました。恥ずかしいと仰るなら目は瞑って差し上げますわ」


 そう告げると、仮面の奥の瞳が閉じられる。

 ……キス、だと?


 困惑、驚き、羞恥。様々な思いが交互に浮かんでは消える。


「できないのか?」


 声に顔を上げれば、フィグが彼女のすぐ近くに来ていた。仮面の奥の瞳が笑っている。


「この程度のことだぞ?」


 言うなり、座る彼女の顔を隠すように横から覆いかぶさった。

 こちらからはフィグの黒く染めた後頭部しか見えないが、フィグの後頭部に回された彼女の白い腕が艶かしくて、視線をそらした。

 いたたまれなくなって席を蹴って退出し、待っていた馬車に乗り込むと、出発する前にフィグが戻ってきた。仮面を外したその唇や頬にあの女性の紅が付いていて、ミゲールは視線をそらす。


「まるで女を抱いたことのないガキみたいな反応だったな」

「……人の情事を覗き見する趣味はない」


 じろりと睨みつけながらハンカチを投げつける。フィグはにやにやしたまま紅を拭い去った。

 が、それ以上何も言わず、ミゲールもまた視界にフィグを入れないように横を向いた。


 あの一瞬、考えたのはユーマのことだった。

 彼女を諦めて他の女を妃に据えようとしているのだ。いずれはそういうことを、ユーマでない他の女とする。

 覚悟していた。それが自分の責務だと、好きでもない女を身代わりにする代償だと、認識していたはずだった。

 なのに、実際に目の前にして、自分の覚悟や認識がどれほど甘いものだったかを思い知る。

 そして彼女が他の男を選べば、目の前で見た光景をユーマと他の男がするのだ。

 選んでくれるな、などと自分に都合のいいことばかり思う。

 手を離した自分が言えることではない。

 わかっているのだ。自分の取った手は最善だったのだと。

 なのに、こんなにも苦しい。理性で感情が抑えきれない。


「死にそうな顔してんな」


 誰のせいだ、と言いかけて、開いた口を閉ざす。

 フィグのせいではない。これは、自分の仕掛けたこと。

 うつむいたまま両手で顔を覆い、深々とため息をつくことで漏れそうになる声と言葉を封じ込める。

 泣く資格も嘆く資格もないのだ。


「お前は馬鹿だよ」


 ユーマの兄のあきれ声が転がっていく。


「お前も、妹も。……欲しければ欲しいと言えばよかったんだ」


 言えるはずがないことは知っているはずなのに、どうしてそんなことを言い出すのか。


「無理だ……俺のせいで死にかけたんだぞ」

「お前のせいじゃねえだろ。確かに直接プロポーズしたけど、それだけだ。ただの辺境の田舎娘で、しかもどう見ても寵愛されていない娘をリスクを冒してまで殺そうとするか? 普通やらねえわ。それをやらせるだけのものがユーマにあったってことだ」

「ユーマに……?」


 ミゲールが眉根を寄せると、フィグは苦笑を浮かべる。


「他の妃候補とお前たち王族の距離を見てりゃ嫌でも分かる。年の近いセレシュ王子やフェリス王女はともかく、レオ王子や両陛下までユーマを受け入れていただろ。妃と決まる前から」


 だから三家が焦ったんだろうな、とフィグはこぼす。

 あの事件は証拠も証人もないからどうすることもできなかった。自分にできたのは……手を離すことだけで。


「つまり、お前がいくら我慢してても関係なくユーマは狙われただろうってことだ」

「は……」


 ミゲールは気の抜けた声をこぼし、背もたれに身を預けた。


「俺は無駄なことをしてたってことか……?」

「まあ、そう言うことになるな。現に、婚約破棄されたってのにいまだに虫が飛び回ってやがる」


 それは知っている。だから影に守らせているのだ。

 自分が適当に妃を娶るまでの話だと思っていた。が、そうでないのなら……。

 両手で顔を隠す。……一人で思い悩んで、結論を出して、婚約破棄までしてーーまるで道化じゃないか。


「もし、お前がもっと早くにユーマと向き合っていれば、ここまでこじれることはなかったかもしれないな」


 フィグの言葉は裏返ってミゲールに突き刺さる。

 平等であることにこだわり過ぎたのだ。


「ま、でも今さらだ。今は婚約破棄してくれて正解だったと思ってる。おかげでユーマは笑えるようになった」


 ミゲールはユーマの笑顔を思い出そうとする。が、浮かんでくるのは日に焼けた幼い頃のにかっと笑う顔で、王宮に上がって以降の笑顔を思い出せなかった。


「そうか……」


 肩の力を抜いて、再び背もたれに寄りかかる。


「で、誰が他の女を適当に選ぶ、だって?」


 フィグのからかいを含んだ声に視線をやると、彼はにやにやと笑っていた。


「まったく……自覚すんのが遅えんだよ」

「……ほっといてくれ」


 拗ね気味に答えて真っ暗な窓の外に目を向ける。

 もたらされた情報に驚いたものの、現状は何も変わらない。

 婚約は破棄され、思い人は北の果てにいる。

 自分はここにいて、もがいている。……最善を探すために。


 違うのは、自分の心。

 諦めないために、何ができるのか。

 一度諦めたものを取り返すのは難しい。

 それでも共に歩ける道があるのなら。


「フィグ」

「ん?」

「……俺は、望んでいいのか?」


 ゆっくりと視線を向けると、ユーマの兄はにやりと笑った。


「だめだ」


 そう言いながら笑う男に、ミゲールも口元を緩ませる。


「……それを決めるのはユーマだ。あれは頑固だぞ」


 お前と似て、と笑う。

 拒絶されなかったことに安堵する。

 そして、どう解していけばユーマの顔がほころぶのか、考えるのはとても楽しそうに思えた。

ミュリエル「(小声で)ちょっと、キスする振りにしても長すぎるんじゃない?」

フィグ「いいから、俺の首に腕回せ」

ミュリエル「あら、本気になってもいいの?」

フィグ「……フリだけな」

ミュリエル「ケチ」

フィグ「あのなあ……」

ミュリエル「最近ちっともきてくれないじゃないの。姐さんたちおかんむりよ?」

フィグ「(なんでもいいから早く立ち去ってくれねえかな……)」

ミュリエル「で、今日は来てくれるのよね?」

フィグ「あー、多分無理」

ミュリエル「……今日の花代、割増料金いただきますからね」

フィグ「……わかったよ」

ミュリエル「ふふ、毎度ご贔屓に」

フィグ「(女怖え……)」




次回更新はいつもの火曜日 3/12です。

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