130.王太子殿下は子爵令嬢の兄に煽られる
「で、腹は決まったか?」
最近習慣になりつつある、仕事の後の一杯をフィグと交わしていた時のことだ。
不意に友の告げた言葉にミゲールは眉根を寄せた。
その様子を見てフィグはため息をつく。
「あのなあ。……お前が始めたことだろうが」
「……わかっている」
そう、分かっている。フィグも分かっていてわざと揺さぶってくる。
期限まで時間はない。無駄に過ごす余裕などないことも、その結果も。
春までに相手を決めなかった場合、どうなるのか。
父上は適当にあてがってもらえると思うなと言った。ならば自分の隣は永久に空席となる。次代に繋がねばならない王としては失格だ。
……おそらく、父上はレオの立太子も視野に入れている。
ああ、最初からそうすればよかったのかもしれない。
そうすれば、彼女を王宮に閉じ込めることも、笑顔を奪うこともなかっただろうから。
……全ては自分のわがままだ。
酒杯の中身を揺らしながらため息をつくと、いきなり鼻をつままれた。かなり痛い。もちろんフィグの仕業だ。
「何をする」
「阿呆なこと考えてそうな顔だったからな。……陛下は何と言ったんだ」
「何度も言わせるな」
「なら、何が答えか、分かってるんだろ」
ーー来年の春の宴までに妃を見つけよ
ーー春の宴の時点で婚約していなくても構わん。国内外も問わん。条件は、自分で探すこと
ーーそれも含めての罰だ。適当に見繕ってもらえるとでも思っていたか?
ーー本当に欲しいものならなりふり構わずに取りに行け
父上は罰だと言った。
あの時、自分の思うように動けていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
他の三人と平等に扱えという父の言葉を守ることが、彼女の立場を守ることにつながると思っていたし、事実そうだった。
だから、それのせいだとは言わない。
ただ……自分の思いすら押し込めなければならなかった。
笑み一つ、言葉一つもあげられない。……それがどれだけ彼女を傷つけていたか。
……父上、なりふり構わずに取りに行けといまさら言われても、もう遅いのです。
それも含めての、罰だということなのだろう。
彼女を得るために、何を犠牲にすればよかった?
それは、自分の取れる道だっただろうか。
……いや、ないな。
自分の近くにいるだけで、あれほどの危険にさらされていたのだ。
隣に、唯一にと望めば、彼女自身を失っていたに違いない。
……だから、これは正しかったのだ。
「……春までに相手を見つければいいのだろう?」
「だあっ!」
フィグは空の酒杯をテーブルに叩きつけると、ミゲールを睨む。酒が入ったフィグが暴れるのも叫ぶのももう慣れたものだ。侍従たちも最初は何事かと飛び込んできたが、今では物音一つしない。
「お前なあ……」
「これは俺の問題だ。お前であっても口を挟まれたくない」
「なら言うがな、お前は本当にそれでいいのか? あいつが他の男のものになっても」
一瞬そのシーンを思い浮かべたミゲールは顔を歪める。
だが、思いを告げることなく手を離したのは自分だ。
彼女がそれを望むなら、自分に何が出来る?
じろりとフィグを睨み付けると、友は眉根を寄せる。
「ならば聞くがよ、王太子サマ。……そんな状態で他の女を抱けるのか?」
あけすけな物言いにミゲールも負けず劣らず眉間にシワが寄る。
「……お前は知っているだろうが」
「ああ、そりゃ知ってらぁ。娼館に連れてったのは俺だからな。でも養成学校時代だろうが。あれから何年経ったと思ってるんだよ」
「それが何だと言うんだ。抱けるに決まってるだろう」
手酌でなみなみと注いた酒を一気に飲み干して、フィグは再び酒杯を荒々しくテーブルに置いた。
「……言ったな」
「何がだ」
「本気かどうか、見せてもらおうか。ろくに女を口説くこともできないくせに」
「何だと?」
「事実だろうが。相変わらず堅い話しかしてねぇんだろ」
それが何を指すのかわからないミゲールではない。あの三人とは恋や愛を超えた、仕事仲間のような関係を保っている。
だからこそ、彼女らとの時間は貴重なのだ。
「大事なことだ」
「だとしても、愛想一つ振らねえとか、ありえねえぞ。レオ王子を見習えよ」
「俺はあいつとは違う」
そう嘯くと、フィグはふん、と鼻で笑う。失礼な奴だ。
「三日後の夜。空いてるよな」
自分のスケジュールは誰よりもフィグが把握している。
そのフィグが言うのだから空いているのは間違いない。
「何がある?」
「夜会だ」
夜会など、ここに来て散々出席させられている。わざわざ言うほどのことはないだろうに、フィグの黒い笑みを見ると不安が募る。
「何を企んでいる」
「さあな。それにお前も言ってただろ、息抜きは必要だってな」
にやにや笑うフィグに、ミゲールは三日後の夜はろくなことにならなさそうだ、とため息を漏らした。
ちょっとしんどいシーンが続くので、トンネル抜けるまで連続更新しますね。
まあ、ヘタレな王太子のお仕置き回みたいなものです。
次回更新は3/7です。