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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十三章 王太子は休養を取る
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129.第二王子は衝撃を受ける

 さてどうしたものか、とレオは周囲をゆっくり見回す。


 夏の間は王族も高位貴族も避暑に行ってしまって王都は空だ。そんな状況下で開かれる夜会や茶会には、避暑に誘われなかった、もしくは行くつもりのない貴族と商人、それから彼らでもいいから縁を結びたい他国の者達が集う。


 今までなら無視できた。

 実際、兄が父の名代として王都にとどまっていた昨年まで、これほど頻繁に招待状が届くことはなかったと聞いている。

 それは兄ミゲールには決まった相手がいて、招待したところで旨味がない、と思われていたからだ。

 それが自分になってからは、ひっきりなしだ。


 わかっている。

 第二王子たる自分にはまだ相手がおらず、つけ込む隙があると思われていること。

 生真面目で女性の扱いにも慣れていない兄より、派手な噂の多い第二王子なら与し易いと思われていること。

 女性には甘く、柔和で怒らないと思われていること。

 そして何よりーー王太子に一番近い存在。


 ーー病弱な兄よりも健康な弟を王太子に。

 幼少の頃、そう言っては近づいてくる者が後を絶たなかった。

 兄が転地療養で王都を離れた時などは酷かった。

 兄を差し置いて王太子になるべきだと、後見を買って出る貴族のなんと多かったことが。


 これは父も母も知っている。

 事実そうなる可能性だって、ゼロではなかった。……北の地から帰ってきた兄を見るまでは。


 日に焼けた兄の顔を見ることになるなんて、出発前の誰もが思わなかったことだ。

 その上、開口一番に言った言葉を。


 ーー僕は王になる。


 そのための苦労は厭わない、と自分を見ながら告げる兄にレオは負けを認めた。

 何があったのかは決して語ろうとはしなかったけど、力を欲する何かがあったのだと知れた。

 以来、自分は兄の補佐に徹して来た。兄が文、自分が武。それぞれ得意分野を掌握するに勤めてきた。

 軽々しく動けない兄の代わりに社交の面も担ってきた。

 今回もその延長、のはずなのだが、そうは思わない者もいるらしい。


 招待されたのは最近躍進めざましい商人の館であった。

 ガーデンパーティという触れ込みだったが、日差しがきつすぎると貴婦人たちからの抗議を受けて室内になったのだ、と案内されたのは庭に向けて解放されたサロン。

 見事に設えられた庭を愛でながらの茶会、ということらしい。

 立食形式なら早々に失礼できると踏んでの参加だったのだが、聞こえてくる話からは最初から茶会の予定だったようだ。

 嵌められた。

 茶会や晩餐会など腰を据えねばならない催しは避けてきたのを知られていたのだ。

 王族に嘘や騙しを仕掛けてくるとはいい度胸だ。

 主催者には挨拶に来た際にやんわりと釘を刺しておいた。青い顔をしていたが、当然の報いだ。受けてもらおう。

 離れたところにいる護衛騎士も不機嫌が顔ににじみ出ている。……周りの女性たちが怯えるから抑えろとは言ってあるのだが。


 ともあれ、同席の客人たちに向き直る。


「今日もお会いできるとは思っていなくて、こんな格好で……お恥ずかしい限りですわ」


 そう答えたのは右側に座る少女だ。

 癖のない黒髪を背中に流し、伏せ目がちに言う。海沿いの国では珍しくない小麦色の肌が真っ白な衣装によく映える。


「姉君は異な事を仰る。レオ殿がいらっしゃるかもしれないからといつも綺麗になさっているではないか」


 そう告げるのは、少女の右隣に座る女性だ。

 肩のあたりで断ち切られた黒髪は柔らかくうねり、日に焼けた顔を縁取る。

 少女より年上に見えるのは、育った環境のせいなのだろうか。薄衣を何重にも重ねて帯で止めるタイプの装いは、夏の暑さをよく知る南方の民族衣装だ。隣に座る姉とは色違いの揃いらしい。オレンジ色は彼女の活発さを表しているようだ。

 口調も態度も男勝りで、淑女とは言い難い。

 隣のテーブルの貴婦人たちが扇で口元を覆ってはこちらを見ながらひそひそ話をしている。


「でも……」

「夜会の姿もお綺麗でしたが、今日は一段と可愛らしいですね、ウィシュラ様」


 ちらりと上目遣いをする姉に微笑んで見せると、ぱっと頬を赤らめて俯いた。


「あまり姉君をいじめないでください、レオ殿」

「いじめているつもりはありませんよ。レスフィーナ様もよくお似合いです。確かディムナの民族衣装なのでしたね」

「あ、ああ。よく知っているな。私は初めて着たのだが……似合っているか?」

「ええ、とても」


 ニッコリと微笑むと、レスフィーナは照れて口ごもる。

 姿を褒められ慣れていないのだろうことは先日の夜会で気がついていた。

 彼女こそが、北の姫。ファティスヴァールから兄に嫁ぐと喧伝しながら来た、ベリーナ女王の二の姫だ。

 彼女が来ることは知らされていた。だからこうやって対応策をとったわけなのだが、まさか姉の……ディムナ王国の次期女王まで一緒とは知らなかった。

 外相からもたらされた情報にも、女王の娘が二人とも来ているとはどこにもなかったのだ。


 ちらりとテーブルに置かれた彼女たちの手を見る。柔らかそうなウィシュラの手と違い、レスフィーナの手は硬い。剣を持つ手だ。北での彼女は剣を振るっているのだろうか。

 そういえば、ユーマも以前はこんな手をしていたことがふっと思い出された。


「レオ様、どうかなさいまして?」


 はっと顔を上げると、ウィシュラが心配そうな顔で覗き込んでいる。


「何か、私の顔についていますか?」

「いえ、その、なんだか嬉しそうなお顔をなさっておいででしたので」

「それはお二人に会えたからでしょう」


 ニッコリと微笑みを浮かべると、二人だけでなく周囲のテーブルからもため息が漏れる。

 それを受け流しながら、レオは内心衝撃を受けていた。

 ウィシュラに見破られたからではない。

 時と場合に合わせて感情を読ませないようにするのは得意だったはずなのに、ユーマのことを考えただけでそれに失敗したことだ。

 時と場合も考えずに。


 ……俺もだいぶ重症だよな。


 それでも役割はこなさなければならない。

 お茶の香りを楽しみながら、レオはゆっくりと自分の感情に蓋をした。

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