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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十二章 子爵令嬢は収穫祭を迎える
129/199

126.子爵令嬢は視察団を出迎える

 祭りの最終日。

 今日は日没にあわせて閉会の宣言がされる。

 例年なら父上が帰ってくるまでに終わらせないと、山を降りれなくなってしまうから昼のうちに済ませてしまうのだそうだけど、今回はその必要がないから余裕を持った日程になっている。

 もう一日泊まって行っても、安全に山を降りられるだろう。

 それに今日は視察団の本隊がハインツ領から上がってくる。降りる人の波とかち合う方が危険が増すから、少しでもずらしてほしいみたい。

 ライラ様が到着したくらいの時刻は、昼間に閉会の儀をするスケジュールだと一番下りの客が多くなる頃だしね。

 それと、力比べ。

 ライラ様の護衛二人との試合は昼からとなっている。

 午前中に九人の参加者から四人に絞らなければならないんだもの、結構忙しい。

 そうそう、四回戦だけは、時間制限なしの乱闘戦らしい。

 今までのようにくじ引きで一対一で決めるとなれば、運に左右されてしまって本当の強者が残らない。

 それに兵士の実力は一騎打ちでなく実際の戦場に似た乱戦状態が一番測りやすいのだとか。

 ……誰が言い出したのかは知らないけれど、そんなルールになった結果、九人で戦うには狭すぎるからと広場全体をアリーナにしてしまうことになった。

 もちろん、観客席もずっと後ろに下げる。

 元々簡単な組み立て式のものだから、話を聞いた町の人たちが寄ってたかってあっという間に動かしてしまった。

 ライラ様の席も幕ごと移動させてもらった。なんだか特等席といえそうなほど全体が良く見える。


 あ、ちなみに九人と言ったけれど、ウェイド侯爵は四回戦への参加を辞退して、昨日のうちに山を降りたらしい。

 ライラ様の護衛との対戦では面白いものが見られるんじゃないかと期待していた兵士達は残念がっていたけれど。

 ……まあ、仕方ないわよね。

 本隊と合流して、()()()()ウェイド将軍として、登って来なきゃならないんだもの。

 その時にはユリウス君のお父上としてご挨拶させてもらおうと思っているけれど。

 そんなこんなで今日も幕の中にいる。

 八人の乱闘戦は規模もさながら広さもあるので追いかけるのが結構大変だった。

 まあ、それでも障害物がないだけマシね。みんなの動きが良く見える。

 時間無制限だけど、条件は同じ。

 木剣に防具なし。仕事に支障が出るような怪我を負わせたら失格。基本的には剣を弾くか折るか、降参させればいい。

 ……でもこれが長引くのよね。

 木剣の打ち合う音は途絶えることがない。これほど本気の打ち合いをこの距離で見たのは初めてかもしれない。鍛錬の時はここまで本気じゃないものね。

 ほぼ全員隊長クラスだけど、力だけじゃないのよね。駆け引きもしつつ、周りの状況も利用しつつ、瞬時に判断してる。戦う相手が一人じゃないのって、すごく難しいはずなのに。

 しかも、大怪我させないようにしなきゃならないし。


「本気でやるんじゃないぞ、馬鹿ども」


 お師匠様が声を張り上げると、一斉に返事が返ってくる。

 お師匠様、今日は乱闘戦ということもあって、審判役に呼ばれたのよね。

 昨日もお師匠様たちは三人で痛飲したらしい。二日続けて酒宴って、そんなにお酒好きだったかしら。

 最終日は詰所にいるはずだったのだけれど、お師匠様でなければ無理って頼み込まれたらしい。

 今朝迎えが来た時もまだ飲んでいたのには呆れてしまったけど。……休む気満々だったわよね、お師匠様。あのまま迎えが来なかったら、休んでいたに違いない。

 父上もおじさまも、閉会の儀までに復活するといいんだけど……。

 そんなこんなで連れて来られたお師匠様、調子が悪いからとかなんとか言って、ちゃっかりライラ様の幕内にやってきて、ちゃっかり席を確保してしまって。

 今はわたしの左隣に座っている。

 だから、顔色が悪いのは自業自得。まだ酒臭いもの。

 こんな状態で公平に判定なんてできるのかしら。そもそも全員部下な訳だし……。

 ちらりとお師匠様を見ると、顔色は悪いものの目はしっかりアリーナに釘付けになっている。ライラ様も同じ顔だ。


 視線をアリーナに転じる。それなりに離れているのだけれど、皆の掛け声も覇気も肌で感じられる。

 わっと声が上がった。誰かが剣を弾き飛ばされたのだろう。その瞬間を残念ながら見ていなかったけれど、ライラ様のため息から、かなりいい戦い振りだったみたい。

 それからほどなくして、同じように三度歓声が上がり、勝者四人が確定した。

 広場の真ん中に並んだ四人は、午後からの交流試合への参加権は手にしているが、優勝者は決まっていない。

 いつもなら、最後の一人が決まるまで続くはずだけれど、今回は午後の試合のために、体力温存するんだって。

 ざわざわと観客たちが席を離れていく。

 午後の試合から閉会の儀までは連続している。屋台を見て回るのなら最後のチャンスだからだろう。

 ライラ様はといえば、このまま幕内にとどまるみたい。

 わたしとしては初めて関わった収穫祭だし、もう少しだけ見て回りたいところなのだけれど、ライラ様を放ってはいけないのよね。

 ちらりと幕の入口に立つお師匠様の方を見ると、クリスがすぐそばに立っていた。いつの間に来たのかしら、気がつかなかった。

 何事か小さな声でやり取りしているから、ここまでは聞こえてこない。

 でも、やり取りの最中、お師匠様が目を見開いてわたしの方をちらりと見たのには気がついた。


 何かまたあったのかしら。

 そういえば視察団が到着するのはそろそろかしら。もしかして、もう来たの?

 迎えに行くべきかちょっと考える。

 きっと父上に連絡は行くだろう。セレシュとカレルが一緒なのだから迎えに行きたいとも思うけれど、わたしの最優先事項はライラ様のお世話係だ。勝手に行くわけにはいかない。

 そんなことを悶々と考えつつお師匠様たちを見ていたら、視線が合った。

 手招きされて近寄ると、お師匠様は顔をしかめていて、顔色の悪さも相まってとても辛そうに見える。隣ではクリスが油断なく周りに視線を送っている。


「どうなされたのですか、お師匠様」

「うむ、砦の視察団がもうじき到着するのだが、ニールもユリウスも二日酔いがひどくてまだ寝込んでおるらしい。悪いがお前が迎えに立ってくれるか?」


 申し訳なさそうなお師匠様に、わたしはひとつため息をついて頷いた。……やっぱりこうなったわね。


「わかりました。……お師匠様も父上もユリウスおじさまも、若くないんですから朝まで飲むのはそろそろおやめくださいね」

「……考えておく」


 そう答えたお師匠様の声音はどこか拗ねたように聞こえた。

 セリアをライラ様のお世話に残し、クリスを連れて急ぎ市門の外へ出る。

 騒ぎになっていないところを見ると、まだ視察団は到着していないのだろう。

 今日は最終日で、元々視察団がきたら顔を出すつもりの装いだから着替える必要もない。

 そういえば、クリスに休みに女性連れで歩いていた件を聞いてみたかったけれど、街中は初日に歩いた時よりも混雑していて、はぐれないようについて行くので精一杯で、悠長に話ができる状態ではなかった。

 ようやく市門の外、臨時に設えた壁外市場の外周部にたどり着くと、複数の馬の蹄の音と車輪の音が聞こえて来た。隊商とは明らかに規模が違う。


 クリスと顔を見合わせて飛び出すと、坂道を上がってくる姿が見えた。

 馬も人も黒い。後ろに続く馬車も黒く、旗手の掲げる旗は、王国騎士団のそれでーー。

 先頭の馬に乗る人が片手をあげるとピタリと一行は足を止めた。

 一拍おいて止まった車輪の音に、わたしは前に進み出た。

 豊かな栗毛色の髪に縁取られたその人の顔には髭の一本も見当たらなくて。


「北方視察団団長のウェイドだ。馬上から失礼する」


 将軍に相応しく張りのある声が降ってくる。

 わたしは腰を折った。


「ようこそおいでくださいました。わたくしはーー」

「姉様っ」


 ばたん、と荒々しく扉の開く音に続いた声で、挨拶が遮られる。姫様っと誰かの悲鳴が聞こえる。


 驚いて体を起こしたわたしは、勢いよくぶつかって来た何かに押し戻されて倒れそうになった。

 背中に誰かの手。ああ、クリスがいたわね。

 突撃して来た何かがわたしの胴体にぐるりと巻きついていて……これは腕?

 ぐりぐりとこすりつけるように動くのは……栗色の髪の毛。


「え……?」


 顔を上げて周囲を見渡すと、馬上から降りたウェイド侯爵が眉尻を下げながら、唇だけでごめん、と言うのが見えた。

 その横には、旅装のセレシュとカレル。

 セレシュはいたずらが成功した子供みたいに嬉しそうだ。反対にカレルは苦々しい表情でそっぽを向いている。


「まさ、か」


 後ろを支えてくれていた手が離れた。

 振り仰げばクリスがやれやれとばかりに肩をすくめてみせる。

 ぎゅうぎゅうに抱きついていたその人は、ようやく力を緩めた。


「ようやく会えました、ユーマ姉様」


 そう言いながら顔を上げたのは、第一王女フェリスその人だった。


この章でひとまずユーマのターンは終わり、次話から王太子のターンとなります。


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