124.子爵令嬢は公爵令嬢とお茶をする
賑やかな笑い声が小広間の方から聞こえてくる。
今日はお師匠様がいらしてユリウスおじさまと父上と三人が揃った。
祭りの最終日まで父上もおじさまも出番はないから、今日は三人でゆっくり飲むらしい。……お師匠様は明日も朝から詰所当番のはずだけど、いいのかしら。
ウェイド侯爵もお呼びしたのだけれど、『ここにいないはずの人間だから』と固辞された。ユリウス君にも内緒みたい。おじさまもサプライズって言っていたものね。
あの後すぐ、ウェイド侯爵は会場の警備に当たっていた兵士がやってきて幕内からつまみ出された。
二度目だな、という兵士の言葉で気がついた。昨日、圧倒的勝利を収めた飛び入り参加者がライラ様に向かってきたのって、変装したウェイド侯爵のことだったのだ。
ライラ様はどうやら最初からご存知だったみたい。だからつまらなそうに見ていたのね。
ライラ様のことだから、強い参加者に目を輝かせると思っていたのに、反応があれだったもの。
ティーカップを傾けながら、暖炉から視線を移す。
「経緯はわかったけれど、じゃあ視察団を置いてきたの?」
「ええ、そう。本隊は三日遅れて出発しているはずだから、予定通りに祭りの最終日に着くそうよ」
「それは助かるけど……いいの?」
団長の役目を受けたのに自分だけ先に来るとか、普通に考えればありえないと思う。……斥候を送るのならともかく。
「ご本人の指示ですもの。まあ、行程を二日も短縮するとは思わなかったけれど」
ああ、前日には着いていたから三日ですわね、とため息混じりにライラ様がこぼした言葉に、わたしは目を見張る。
馬車であの行程を七日で駆け抜けてきたというの? 馬で五日でもきついと思うのに。
「あの馬車でなければ着いて二日くらいは立てなかったかもしれないわ」
そうでしょうとも。馬車でそれほどスピードを上げたなら、揺れも相当だったに違いない。
聞いた限りだと街には止まらず野営でしのいだそうだし、早朝から日没まで走り通しだったのではないかしら。
「帰りは将軍も本隊と一緒に帰るでしょうから、予定通りの行軍になるのでしょうけれど」
あれ、と首をかしげる。
ユリウスおじさまは、ウェイド侯爵はユリウス君を迎えに来たと言っていた。
ならば、ユリウス君も一緒に王都に戻るのだろうか。
まあ、視察団団長だものね。隊を放って領地に帰ることはできないだろう。
それに……そういえば、視察団ってセレシュが参加するって話をだったわよね。
一緒でなくてよかったのだろうか。
「ライラ様、その、一緒に来られた視察団の中に、セレシュ……第三王子はいなかった?」
まだ不機嫌そうなライラ様に恐る恐る尋ねると、ぎゅっと眉根を寄せた。……さらに不機嫌度が増したみたいだけど、どうして?
「ユーマ様、まさか……ではありませんわよね?」
「え?」
途中の言葉が聞き取れなくて聞き返すと、ライラ様は口に出すのも嫌そうに、しかし目を吊り上げて続けた。
「ですから……第三王子を選んだのですか、と聞いていますのっ」
セレシュを、選ぶ?
視察団の話とそれがどうつながるのかがわからなくて、首をかしげる。
ウェイド侯爵はセレシュの護衛として選ばれたのではないのだろうか。なのに、ライラと一緒に先行してしまったとなれば、いろいろまずそうな気がするから聞きたかっただけなのだけれど。
もちろん、ライラ様とセレシュとどちらを守るかと言われれば、決まっている。
セレシュは騎士で、カレルもおそらく一緒にいる。それにウェイド侯爵だって何もせずに先行したわけじゃないでしょう? 不在でも問題がないように手配はしているのだろうと思うし。
なら、ライラに同行した侯爵の行動は正しいと思う。
「いいえ」
首を横に振ると、ライラ様の表情が和らいだ。
「そうよね。……びっくりさせないで頂戴」
「ごめんなさい。視察団として弟と一緒に来ると連絡が来ていたから、もしかしてライラ様と同じ先発隊で来たのかと思っただけなの」
「ああ……第三王子の専属護衛騎士はユーマ様の弟君でしたわね。いいえ、本隊のはずよ」
視察団自体は砦で受け入れると聞いているから、カレルもセレシュも我が家に来ることはない。視察には同行する予定だから、そのときには会えるはずだけれど。
「本当ならフェリス様もいらっしゃる予定だったのに、残念だったわね」
「ええ。……でも、おかげでライラ様と会えました」
そう告げてニッコリと微笑むと、ライラ様は目を見開いたのち、視線を逸らした。心持ち顔が赤い気がするけど、大丈夫かしら。
「あの、ライラ様」
「……ずるいですわ」
「えっ?」
唇を尖らせるライラ様に今度はこちらが目を見張る。
何かやらかしただろうか?
「そんないい笑顔を隠していたなんて、本当にずるい。……やっぱりあの男にはもったいないですわ」
ライラ様のつぶやきは小広間から湧き上がった笑いで全部は聞き取れなかった。
「でも、こんな笑顔はよろしくないと……」
「なんですって? そんなことを言ったのは誰ですのっ。教えなさいませっ」
幾人かの顔がちらつく。でも、その怒り顔が醸し出す恐怖はずいぶんと薄れて、心が凍りつくこともない。
やはりここに戻ったのは間違いじゃなかった、としみじみ思う。
じっと見つめてくるライラ様に、わたしは首を横に振った。
「ありがとうございます、ライラ様。でも昔のことですから」
そう告げると、ライラ様は諦めたようでソファに体を預け、深く息を吐いた。
「……どこまでお人好しですの、あなたは。いいですわ。わたくしが勝手にやりますから」
「え?」
「ユーマ様、今のあなたの笑顔は十分武器になりうるわ。……それを殺しただなんて、マナーの教師たちは何を考えていたのかしら」
そんなこと、王都では言われたことがなかった。王族だってーーフェリスとは本人の希望で近い距離にいたけれど、他の方たちはやっぱり雲上人だもの。仲良く、と言われても節度は大事でしょう?
でも、ライラ様はそうは思わないみたいで。
「いいですわねっ、今度王都で四人ーー五人でお茶会をするときにはその笑顔、たっぷり披露していただきますわよっ」
と鼻息荒くおっしゃるライラ様に押し切られてしまった。
王都に戻ることなんてきっとないのに。
それでも、みんな揃った茶会を夢見るくらいは許されるわよね?
完全に勘違いしたまま返事してますユーマ様。
天然かっ。