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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十二章 子爵令嬢は収穫祭を迎える
125/199

122.子爵令嬢は強さを欲する

 二日目は飛ぶように過ぎた。

 ライラ様は本気で力比べの全試合を見るつもりらしい。

 せっかくだからと会場の担当者に紹介して、全日用に席を準備してもらった。

 一応貴族令嬢だし、周りと区切るように幕を引いてもらい、母の侍女をお借りした。すぐ近くに護衛二人の席も用意したのだけれど……兵士たちが護衛二人に声をかけに来るものだから、ライラ様はうるさいとばかりに幕の外に追い出してしまった。

 仕方なく、クリスをライラ様の護衛に置いて去ろうとしたら二人に引き止められた。

 ……曰く、わたしが護衛を連れずに動くのはダメ、だからここにいなさい、と。

 まあ、至極ごもっともだし、他にどうしても見たい催しがあるわけでもないからライラ様の隣で一日を過ごした。

 クリスは退屈そうにしていたが、他の護衛のように幕外には追い出されなかった。


 力比べをこんなに真面目に見たのは初めてだった。

 ライラ様は木剣を構える兵士たちの様子をじっと見つめて……いや、観察していた。

 熱のこもった視線が気になるのか、みんな普段なら絶対しないような剣さばきを披露していたけれど、ライラ様としてはあまりそういうのは興味なかったみたい。

 時々兵士の名前を聞かれ、ぼそりと何事かをつぶやく。その度に幕の外で騒ぎが起こるのはなんだったのかしら。

 あとでライラ様に聞いて見たけれど、さあ、と言われただけだった。


 今回は参加者が多いからと昼食の時間まで試合が組まれていて、昼食を持ってきてもらう羽目になった。

 露店で買い歩くのも楽しいのだけれど、ライラ様は試合に釘付けだった。

 もちろん、貴族のご令嬢が兵士たちの見事な筋肉に見入っていたーーなんて噂になるようなことにはならなかったけれど。

 あれほど熱い視線を向けているのに、表情も顔色もいつもと変わらない。前のめりになることもなければ、顔を綻ばせることもない。

 姿勢を正し、ただ淡々と、見ているだけーー外からはそう見えていたに違いない。

 その実、ライラ様は興奮していた。三本目の扇をへし折った後は、壊れ物を手元から遠ざけていたもの。

 ただ、強いだけではダメらしいことは一日中観察していてわかった。

 力が均衡している組み合わせの白熱した戦いは、手をぎゅうぎゅうに握りしめていらっしゃった。

 強いものが弱いものを蹂躙するだけの試合は不快そうに眉根をひそめていた。

 ……幸い、砦の兵士ではなく飛び入りのものだったけれど、試合終了後にライラ様に駆け寄ろうとして会場の警備に排除されていた。


 そんな話を三日目に出勤してきたセリアに話したら、ほっぺたを膨らませた。


「どうしてすぐ呼んでくださらなかったんですかっ」

「せっかくの祭りだし、セリアにも久しぶりのお祭りでしょう? リリーと一緒に楽しんで欲しかったのよ。それに彼女を一人にするわけにいかないでしょう?」

「それは、そうですけれど……」


 まだ納得がいかないセリアはブツブツ言いながら身支度の手伝いをしてくれた。


「今日はどちらに?」

「今日も広場ね。セリアにはライラ様のお世話もして欲しいから、付き合ってもらいたいのだけれど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。力比べ、ですよね」

「ええ」


 セリアの声がどこか力ないものに聞こえたのは気のせいかしら。


「お嬢様。今日は他の催しにも行きませんか? ほら、ユリウス様の花探しとか。昨日リリーと一緒にあちこち探したんですけど、なかなか見つからなくて」

「そういうわけにはいかないわ。ライラ様のたってのご希望だもの」

「少しだけ席を外すだけです。ずっとこもっていなくても、護衛の方もいらっしゃいますし、掘り出し物も見つかるかもしれませんよ?」

「セリア……何を聞いてきたの」


 ことさら明るく喋り続けるセリアに静かにそう告げると、途端に唇を閉じて俯いた。


「いいわ、言わなくても。……だいたい想像はつくから」


 今にも泣きそうなセリアの表情に、微笑みを返す。


「さあ、ライラ様をお待たせしてはいけないわ。今日は少し厚めのケープにしようかしら。取って来てくれる?」


 はい、と少し濁った声で答えてセリアは出て行く。

 扉が閉じたところでそっとため息をついた。


 苦い思いが蘇る。

 わたしが何を言われていようと、仕方のないことだ。王太子から婚約破棄されたことは事実だもの。

 でも、それで我が家の使用人たちが肩身の狭い思いをすることは望んでいない。

 ……両親だって、兄上やカレルだって、わたしの巻き添えになっただけ。

 わたしさえいなければ、こんなことにはならなかった。


 ……わかっているの。

 すべてわたしのわがままから来たこと。

 周りの望むようにあの方の隣でただ微笑んでいれば、きっとこんなことにはならなかった。

 でも、わたしはわたしでいたかった。


 彼女たちに詰られ見捨てられても仕方がない。なのに。

 ……どうしてこうも、わたしに優しいのだろう。

 彼女たちが優しいから、悪意ある人の言葉にも心をすりつぶさずにいられる。

 でも、優しさに甘え続けてしまったら、わたしは一人で歩くことも、息をすることすらできなくなってしまうだろう。


 一人でも立てるようにならなくては。強くならなければ。

 流されるのでなく、逃げるのでもなく。

 わたしがわたしであるために。

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