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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十二章 子爵令嬢は収穫祭を迎える
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121.子爵令嬢は公爵令嬢と語る

 今日は一日が本当に長かった。見回りからライラ様の到着受け入れ、午後は力比べの登録と露店巡り。

 そして今はライラ様がわたしの部屋にいる。

 セリアは明日まで休みで、代わりの侍女は置いていない。……まさか初日に来るなんて思わなかったものね。

 セリアに言うと休みを取り消してしまいそうだから伝えないようにしてもらっている。リリーのもてなしも十分大事な仕事だもの。


 お茶の用意だけ運んでもらって、手ずから茶を淹れる。ライラ様のお口には合ったみたいで、すでに半分ほど減っている。


「まさかウェイド侯爵とあなたにそんな縁があるなんて思わなかったわ」

「ええ、わたしもユリウス君に会うまですっかり忘れていました」

「それならわたくしとあなたの関係を伝えた方が良かったかもしれませんわね」

「それは……」


 ライラ様のため息に、わたしは眉根を寄せる。

 ウェイド侯爵がおじさまの……ハインツ伯爵の娘婿だと言っても、わたし個人との縁はほぼない。エヴァンジェリン様は覚えていてくださっているようでしたけれど、それ以上の縁はなかったし、作ろうともなさらなかったし。

 ……まあ、チェイニー公爵家に慮った結果なのかもしれないけれど、その公爵家の姫を護衛していたのなら、なおさら気を使われたことでしょう。


「ええ、大丈夫。事情がわかった今は恨んでなどおりませんわ」


 そう告げるライラ様の表情が一瞬だけ翳って、王都からの移動中に何かあったことがうかがえる。


「あの……ごめんなさい」

「あなたが謝ることではないでしょう? 多少の強行軍くらい慣れていますもの。それにウェイド将軍が思いのほか妻思いなことと、将軍の奥様が味方とわかっただけでも成果ですわ」


 味方、というのがよくわからなかったけれど、ライラ様の笑顔にほっと息をつく。


「それにしても、ライラ様の護衛はとても有名なのね」

「わたくしの護衛になる前に近衛にいたことがあるのよ」


 譲りませんわよ、と言いながらライラ様は誇らしげに胸を張った。チェイニー領で鍛えられた兵士は他所に比べて優秀なのはわたしでさえ知っている。

 あの二人はその中でも歴代トップの強さなのだとか。あちこちから引き抜きの話も来ているのでしょうね。

 二人が力比べに出る話はあっという間に兵士たちの間に広まったらしくて、登録の手続きが終わった頃には休憩中のはずの兵士たちが受付に鈴なりだった。

 個人戦の申し込みもできるのだけれど、二人に対する対戦希望が多すぎて、結局トーナメントを勝ち抜いた上位四名だけが挑戦権を得る、と言う話にまとまった。

 ……あんなに楽しげで戦意を隠さない兵士たちを見たのは初めてかもしれないわ。

 ちなみに、二人の試合だけは賭けの対象外になったらしい。というのも、オッズがつかなかったらしいのよね。

 それほどに彼らの強さは知れ渡っている。


「そういえば、あの男は戻りまして?」


 あの男、とはクリスのことだろう。

 壁外の露店巡りをしていた時のことだった。

 ライラ様の希望で魔術師のテントを重点的に回ったのだけれど、気がつけばクリスはいなくなっていた。

 魔術師は基本的に黒いローブをまとい、額に細い金属の輪をはめる。

 そういえばクリスも銀の輪をはめていた、と振り返った時にはもういなかった。

 ベルエニー領では魔術師に詳しい人はほとんどいないから、クリスのそれに気がつく人は少ない。……実際、わたしも初めて会った時には気がつかなかったもの。

 でも、これだけ外部からの客がいれば気がつく者もいるだろう。


「ええ、帰ってきているようです」

「そう。……頼みたいことがあったのだけれど」


 ライラ様はほんの少し眉を寄せた。今日の壁外での行動から頼みたいことはなんとなく察せられる。


「誰かを探しているの?」

「誰かではないのだけれど……露店を出す魔術師はフリーの場合が多いでしょう? 声をかける前にあの男から評判を聞きたかったのだけれど。……一応あの男には連絡もしておいたのだけれど」


 あの様子では無理そうね、とため息をつくライラ様に目を丸くする。


「ライラ様……まさか」

「誤解しないで頂戴。これもフェリス様のーー王家の代理人としての仕事よ」


 わたしの声がよほど張り詰めて聞こえたのか、ライラ様は慌てて言葉を遮った。


「収穫祭の時には魔術師を呼ぶと書いてきたのはあなたでしょう? 魔術師と直接交渉できる機会は逃したくないのよ」


 確かにそんなことを書いた記憶はある。でも、こんな辺鄙な場所の祭りより王都の祭りの方がよほど華やかだった。そちらを狙う方が確実だと思うのだけれど。


「今回露店を出す魔術師はほとんどが銅位以下だそうですけれど……」

「それでもいないよりはマシでしょう」


 銀位の魔術師といえば、魔術師の塔でもトップクラスだという。塔を出た高位の魔術師はほとんどが高額の報酬で王家や貴族に召し抱えられる。

 故に、こんなところでフラフラしている魔術師は銅位ーーよくても銀三位止まりだ。

 王宮付き魔術師としてのスカウト。ーーそれを前面に押し出せば、売り込んでくる魔術師はいるだろう。

 でも、玉石混交では困る。だからクリスの出番、ということなのね。


「一応聞いてみるけれど、期待はしないでね」

「ええ。わかっているわ」


 ライラ様は口を閉じると暖炉の方に目を向けた。

 今日くらいの気温ならわたしは寒く思わないけれど、ライラ様には寒いだろう、と準備してもらったものだ。


「こちらは本当に寒いのね」

「ええ、冬になればもっと寒くなります」


 ぽつりとこぼれた言葉に頷きつつ答えると、ライラ様は思い切るようにこちらを向いた。寄せられた眉根に辛い話になると悟る。


「 もう王都には戻らないつもりですの?」


 王都と言われて脳裏をよぎったのは、あの日最後に見たあの方の顔だった。


「ええ。……そのつもりです」


 両親からは、しばらくの間の免除と聞いている。

 でも、王太子に婚約破棄され、三家から睨まれているわたしに縁談は来ない。

 兄上やカレルに来ていた打診も全て取り消された。

 夜会に出る必要がなければわざわざ遠い王都へ行く必要もない。


「ここは遠いわ」

「……ええ」

「せめて麓でしたら、冬でも会えますのに」


 つきりと胸が痛む。会いたい、と思う人たちの顔が次々に浮かんでは消える。

 でも、わたしが選択した結果だもの。

 首を横に振り、暖炉の火に視線を向ける。


「……わたしは……」


 言葉を紡いだものの、続きが出て来ない。


「……会いに来たのも、迷惑だったかしら」


 ライラ様の呟きにに力なく首を振る。

 馬車で十日の道のりをわざわざやって来てくれたライラ様を迷惑だなんて思うはずがない。

 最初は勘違いこそしたけれど、今ではわだかまるものもない。


「……覚えているかしら。フェリス様に最初に送っていただいた手紙のこと」

「ええ、もちろん」

「いつか、四人で誰の目をはばかることなくお茶をしたい、と書いたことも」

「ええ、覚えています」

「わたくしたちはあきらめませんわ」


 いつになく強い口調に顔を向けると、ライラ様はこちらを見ていた。


「いつか必ず、五人でお茶をしましょう。王宮で」


 わたくしたち、と言った。

 五人、とも言った。


「もちろん、あなたも含まれていてよ、ユーマ・ベルエニー。……むしろあなたがいなければ始まらないから」

「ええ」


 鼻の奥が痛い。

 胸が痛い。

 喉もひりつく。


「だから、ユーマ様もあきらめないで」


 何を、とは聞かなかった。ーー聞けなかった。


「約束ですわよ」


 こぼれそうになるものを必死で押し殺してうなずくことしか、できなかった。

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