120.子爵令嬢は公爵令嬢の目的を知る
「ライラ様……」
「これについてはミリネイアもシモーヌも同意見よ。諦めて頂戴」
ライラ様の微笑みに、胸が詰まる。
未来の王太子妃だからと友達であることを諦めようとしたのはわたしの方だ。
王都を離れて半年も経ったのに、ライラ様だけでなくミリネイア様もシモーヌ様も、わたしを忘れないでいてくれた。
立場が変わっても友と呼んでくれる。手紙だって、本当は直接出したい、もっと頻繁に送りたい、と書かれていた。
会いたい、と書いてあったのは誰のどの手紙だっただろう。覚えていないほど繰り返し書かれていた。
「なのに、他人行儀で目も合わせてくれないし、はてはおめでとうございますだなんて……一体何を勘違いしたのかしら」
刺々しいライラ様の言葉に俯くと、ため息が聞こえた。
「……まあ、だいたい想像がつくけれど。おおよそわたくしが王太子妃に内定したとでも思ったのでしょう?」
はっと顔を上げると、ライラ様と目があった。とっさに逸らしたけれど、瞳に浮かぶ怒りは見間違えようがなくて。
「フェリス様の代理というだけなのに、どうしてそんな発想になるのかしら」
改めて問われると返答に困る。
でも、フェリスの選んだ代理人がライラ様とわかった途端、全てが繋がったーーように思えたのだ。
王家の紋章の入った馬車から降りて来たライラ様は、まさしく王宮で散々聞かされていた理想の次期王妃そのものだったから。
「でも、じゃあどうして……?」
「先程も言ったでしょう? わたくしから頼み込んだのよ。もちろん、父上もここに来ることはご存知ですわ」
思わず目を見開いてしまった。
チェイニー公爵には睨まれてーーううん、憎まれていたと思う。
ライラ様が王太子妃になるのはほぼ決まりだったそうだもの。そこに横槍を入れたのがわたし、という形になっている。
だから三家の当主には憎まれていた。婚約破棄された今もそれは変わらないと思っている。
そんな方が、ライラ様をここに快く送り出したりするだろうか?
首をかしげるわたしにライラ様は目元を緩ませた。
「ウェイド将軍をご存知よね。実は北の砦に視察に行くという話を耳にして、ご一緒させてもらう話を取り付けていたのよ」
ウェイド侯爵の名前が出て目を丸くしたけれど、将軍だものね。繋がりがないはずがない。
「でも父上がなかなか許可を下さらなくて。そんな折にフェリス様の代理の話を聞いたの。王族の頼みであれば父上も文句は申せませんものね」
ふふ、と笑うライラ様の目は輝いていて、とても楽しげだ。
そういえばこんなライラ様を見るのは初めてかもしれない。
「それにウェイド将軍自らが護衛を務めるからと父上を説得してくださったの」
それではライラ様も昨日のうちにこちらに到着されていたのだろうか。
王家の紋章は分からなくとも、華美な装飾から貴族の馬車とは知れる。でも、昨日のうちには噂も聞かなかったし門番からも何の連絡もなかった。昨日は麓に泊まったのだろう。
だとすれば、ユリウスおじさまが知らないはずはない。
なにより、ウェイド侯爵が昨日のうちに我が領に入ったことを知っているのだもの、一緒だったライラ様のことだって知っているわよね。
おじさまも人が悪いわ。
……まあ、わたしとライラ様が実は仲が良いことを知らないのだし、仕方がないことだけど。
「ふふ、積もる話は夕食後にでも。時間はあって?」
「ええ、大丈夫です」
「じゃあ行きましょう。祭りを案内してくださるのでしょう?」
「え、ええ」
晴れやかに笑うライラ様に頷いて、並んで足を進める。
それにしても、ライラ様がこんな北の果ての収穫祭にそこまで来たがるなんて。チェイニー領に比べれば本当に小さなところだし目玉になるような特産品もないのに。
「実はわたくし、祭りで開かれるという武闘会をこの目で見たかったの」
武闘会なんてやってないけれど……もしかして、力比べのことかしら。以前手紙に書いた記憶がある。
兵士たちにとっては祭りの間の一番の楽しみで、見物人にとっては賭け事のネタ、らしい。
一応おおっぴらに許可はしてないそうだけど、祭りの楽しみを取り上げることはしない、と父上が言っていた。
最近では露店を出している魔術師たちも壁外でこっそり技の競い合いをしたりして、密かに話題になっているらしい。
「北の砦の騎士たちは屈強の強者なのでしょう? チェイニー領から連れてきた護衛たちがどれ位通じるのか、試してみたかったの」
ちらり、とライラ様が視線を向けた先には、ライラ様の二人の護衛が立っている。横に立つクリスが貧弱に見えるほど筋肉隆々とした姿で、表情にも自信が浮かんでいる。
声が届かないところまで離れているから、こちらの話している内容は聞こえていないはず。逆に向こうの話し声も聞こえないけれど、どうもクリスをからかっているらしくて、しきりに話しかけてはクリスの反応を伺っているみたい。
「力比べなら広場で明日の朝からだけれど」
「飛び入り参加はできるのよね?」
「ええ。でも試合の順番は当日にならないとわからないし、本気のやり合いはできないわよ」
「それは……残念ね」
ライラ様はあからさまにがっかりした顔をする。
こればかりは仕方ないのだ。
兵士たちには警護の仕事があるから、シフトに合わせてトーナメントの順番は決められている。飛び入りの場合は、その隙間に組み込まれるから、いつ呼ばれるかわからない。
基本的には仕事の合間の息抜きだから、警備に支障が出るほどのけがを負わせたら失格。
使うものも木剣で防具なし。優勝すると多少の賞金は出るけれど、本当にわずかばかりだ。
本気のやり合いを見に来たのなら期待外れだろう。
でも、祭りが終わるまでは朝の鍛錬もないし、手合わせしてもらえる機会を作るのは難しそうだ。
そう伝えると、ライラ様は頭を振った。
「いいわ、それで。わたくしはそのために来たんですもの」
護衛二人を呼び寄せるライラ様は本当に楽しそうだ。
それほど期待されているとは知らなかった。
チェイニー領では定期的に武道会が行われていることは知っている。けれど祭りの力比べはそれと比べると規模も小さい催しだ。
がっかりするライラ様の姿を今から予想して、そっとため息をついた。
明日(2019/01/31)12時に臨時更新します