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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十二章 子爵令嬢は収穫祭を迎える
121/199

118.子爵令嬢は通信兵と見回りをする

 広場の方から一際大きな歓声が上がる。

 父上が開会を宣言したのだろう。

 今年は開会と同時に魔術で花を降らせると聞いている。少し見てみたかったな、と思いながらも足を進めた。


 町中が祭りの会場となっていて、あちこちにベンチが置かれている。

 鮮やかな色で染められた布が通りを挟む左右の家々から垂れ下がり、時折吹く風で揺れている。

 空を横切るように張られた細布はリボンのようで、見慣れた街とはまるで違った印象に仕上がっていた。


 花の少ないこの地では祭りと言っても花は飾れない。その代わりにタイルに描いた花や鮮やかな布を飾る。

 布のあちこちに縫い付けられた同色の花も共布で作ったものだ。

 町中を飾るための布の花をどれだけ作っただろう。

 町の女性たちだけでは間に合わないからと、布の仕入れ先にもお願いして飾るための布と一緒に納めてもらった。

 本職の作った花は本当に美しい。メインとなる露店の通りと広場は全て本職の手による花を使った。

 わたしたちが作ったのは、市門の入り口や壁外に臨時に設けられる市場と宿泊エリアを飾る。

 昔に比べれば指を刺す率はぐっと下がった。おかげで血まみれの花にならずに済んだけれど、やはり刺繍と違って勝手が狂う。

 不細工に仕上がったものは、あまり目立たないところに置いてもらった。本職のものと並べたら花にも見えない仕上がりなんだもの。


「開会式、見なくてよかったのか?」


 今日の護衛はなぜかクリスだった。

 表向き通信兵の彼は、祭りの警備担当から外れているらしい。

 警備には我が家の兵も多く参加している。屋敷の警備に必要な人員はもちろん残してあるけれど。

 昼間は父上も母上もわたしも祭り会場にいるから、会場の警備を厚くする方が効率は良いのよね。


 その代わりにとわたしの護衛に差し出されたのがクリス。

 まあ、ほかの兵士たちと比べれば体つきも細いし、頼りなく見えるのかもしれないけれど。……最強の護衛をわたしにつけるとか、お師匠様は何を考えているのだろう。


「わたしが行ったら見るだけで済まなくなるもの」


 フェリスが来る予定でなかったら、きっと雛壇にはわたしも登らされていただろう。

 あれから半年が過ぎた。

 日々の事柄に埋もれて、思い出さないようにしてきた。

 領内の人たちも気遣ってくれているのがわかる。

 でも、祭りに来るのはそんな人たちばかりじゃない。

 わたしはまだ、その悪意にさらされることを恐れている。


 ……変な話よね。

 王宮にいた時は、何を言われようと毅然と顔を上げて笑っていられたのに。

 今日少し耳にしただけでも逃げたくなった。

 こんな状態で、壇上で皆の視線にさらされるなんて出来っこない。街中を歩くのだって人の目が怖くて仕方がない。


「まあ、確かになあ」


 裏道を市門の方へ向かいながら、警備の者たちに会釈をする。向こうも略式の礼を取りながら頷いて返す。

 今日のわたしは黒いドレスに青い肩掛け姿だ。本当は乗馬服で男装でもよかったのだけど、王家の代理人を出迎えるにはふさわしくないからと、母上に禁止されてしまった。仕方がないので黒い垂れ耳をつけている。

 クリスは一応護衛任務中だから仮装はない。兵装の上、腕には青いハンカチを結びつけてある。巡回中を示す印だ。

 表通りは人がごった返すから警備は手抜かりないけれど、人通りの少ないあたりは手薄だから、不埒な輩が出没することもあるらしい。


 不必要に接触すると、巡回と知られて狙われるから、直接言葉は交わさない。

 何かあった時だけ声をかけるルールだ。


 広場から市門に抜ける裏道は問題がなかった。市門から市壁外に出て、一回りしたら次の巡回と交代になる。


「それより、リリーを祭に誘わなかったの?」

「誘えるわけないだろ。……宰相夫人を」


 宰相夫人、という言葉だけ小さな声で言う。

 たしかに、領内の人たちは事情を知らなかったから、リリーを見ても宰相夫人とは思わないだろう。

 でも、他所から来る客に事情を知る者がいたら問題になる。

 この地に間諜が多数入っていることは兄上も言っていたし、お師匠様からも聞いた。

 気をぬくことは許されないのだ。

 ここは我が邸ではなく、外なのだから。


「せっかくの祭りなのに」

「……傷口に塩塗りこむなよ。てか、なんであんたにそんなこと言われなきゃならないんだよ」


 傷口であることは否定しないのね。

 ちらりとクリスを見ると、口を歪めている。……やはりわたしの想像は当たっていたみたい。


「あんたこそいいのか? 今日は何も入ってなかったろうに」


 祭り、楽しまないのか、と問うクリスの口調に眉根を寄せる。……事情を知っているくせに。


「いつ来ると知れない客をじっと待つより楽だわ。それに、市門近くにいれば客の出入りも見えるもの」

「まあ、確かにな」


 無理を言って代わってもらえたのはこの見回り一回だけ。かなり渋ったお師匠様がクリスが一緒に回ることを条件に特別に許してくれたのだった。

 シフトの予定を組み直すことになっては本末転倒だからとそれ以上は許してもらえなかったけれど。

 王家の代理人を受け入れる準備は、我が家の優秀な家令や侍女長の手で完璧に終わっている。わたしが差配することも残っていない。

 六年ぶりだから、と祭りを楽しむ時間をくれようとしてくれているのは嬉しい。でもきっと一人で祭りを回ったら、要らぬ悪意を拾ってしまう。


 市門を抜けると派手な音と歌が聞こえてきた。広場とはまた違う賑やかさだ。

 臨時に設えられた荷下ろし場に荷馬車を寄せる隊商が見える。これから到着する人たちはまだまだ増えるだろう。

 人の合間を縫ってぐるりと市壁外を回る。露店エリアで多少のいざこざはあったものの、担当者が飛んで来て収めたのでわたしたちの出番はなかった。

 無事引き継ぎをすませると、詰所でようやく腰を下ろした。クリスが持って来てくれたスープの温もりがじんわり染みる。日差しもあって寒いほどではなかったのだけれど、裏道を選んだせいだ。


「で、この後はどうするんだ?」

「しばらくはここにいるつもりだったけど……そうも言っていられないみたいね」


 今わたしたちがいるのは、詰所の奥にあるスタッフ用の休憩エリアだ。警備担当がさっきからひっきりなしに呼ばれては出て行く。彼らが一息つくための場所にわたしがいては休憩にならないだろう。


「やっぱり見て回るか? 露店を避ければ人は少ないと思うが」

「そうね……」


 それか一度館に戻ろうかと口にしかけた時、荷下ろし場から歓声が上がった。

 詰所にいた者たちが駆けていく。わたしはクリスと顔を見合わせて、腰を上げた。

 歓声だとトラブルとは限らないけれど、何かが起きているのは確かだ。

 詰所を出たところで警備兵が血相を変えて戻って来た。


「何があった?」

「王家の紋章の入った馬車が」


 兵士の言葉を聞き終わる前にわたしたちは駆け出した。

 王家の紋章ということは、代理人が乗っているのだろう。予定より随分早い。

 人を掻き分けるクリスの後を追って荷下ろし場に着けば、見慣れた馬車の扉が開くところだった。

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